④
次の日、今日は、休みだったので、お宮様と小説を書こうと待っていた。
(こないな~)
いつもなら、一番に乗り込んで来るのに、なぜか来なかった。
(どうしたんだろう、来ないは、来ないで心配になるな……)
待っていると、花ちゃんが来た。
「青ちゃん、おはよう、お宮様は? まだ、来てないの?」
「まだみたい」
雨の降りそうな空を見つけて、二人で待っていた。
しかし、三十分してもこないので。
「さすがに、何かあったのよ」
「う~ん、確かに、お宮様が来ないのはおかしい」
「お宮様の家に行ってみない?」
「うん、行こう」
貸本屋を出ようとしたとき、お母さんが。
「どこに出掛けるの?」
そう聞いてきた。
「お宮様の所」
「そう、気を付けて行ってらっしゃいね」
「は~い」
そう言って手を振った。
「さあ、行くぞ!」
「お~!」
「ところで、花ちゃん、お宮様の家ってどっち?」
「知らないの?」
「うん」
「丘の上のでっかい家よ」
「そうか、やっぱり、でっかい家か」
「和風だから、瓦屋根が乗っかってて、畳の部屋が数え切れないほどある、びっくり屋敷だよ」
「そ、そうなの」
少しドキドキした。
(そんなにすごいところなのか……私たちが行って場違いじゃないかな? 追い出されたりしないかな?)
丘に向かって歩いて行くと、大きな屋敷の囲いが見えてきた。
「うわ~、この長い囲いの中、全部がお宮様の家なのね」
そこに広がっていたのは、どこまでも続くように見える屋根瓦だった。
「そうみたいね」
花ちゃんも、ごくっとつばを飲む。
「入れるかな?」
「大丈夫よ、私たちは、十兵衛姫だもの」
「そうね」
そう言って、門をたたく。
「すみません、すみません」
「何用だ」
青い着物を着た男の人が門から出てきた。
「きっと、門番さんだよ」
「本当だ! 本物を初めて見るよ、お嬢様って感じでいいね」
二人で驚いて喜んでいると。
「二人は、お宮様のご学友ですか?」
「はい、そうです。青と言います」
「花って言います」
「お宮様に確認を取ってまいりますので、少しお待ちください」
「お願いします」
そう言って、門番さんがいなくなるのを見ていた。
「しばらく待って居よう」
「うん」
二人で曇り空を見上げて、待っていた。
「雨、降らないといいね」
「そうだね」
「お待たせしました」
ほんの十分位で、門番さんが戻って来た。
「お宮様が、間違いなくご学友だと言っておりました」
「そうですか、それなら、入ってもいいのでしょうか」
「いいでしょうね、どうぞ」
中に入って行くと松が植えられていて、その周りに見たことのない花が、オレンジ色の花弁をこちらに向けて咲いている。
「素敵な庭ですね」
「そうでしょう」
門番さんは、自慢気だ。
「庭師の手入れが、いいだけでしょうけどね」
門番さんは、自慢したのをごまかすためにそう言ったようだった。
次に盆栽の並んだところに出たが、お宮様は見当たらなかった。
「あの、お宮様の部屋はどこでしょうか?」
「ここの庭を通らないといけないのですよ、離れですから」
「そうでしたか」
庭を進んでいくと、離れが見えて来た。
「ここです」
瓦屋根の小さな家一つ分はある部屋に入った。
中は、立派な緑色の畳が敷いてあり、掛け軸もある上に、茶道の道具までそろっている部屋だった。
「お宮様……すごい部屋だね」
「あら、皆さん、こんにちは」
「こんにちは」
「ごめんなさいね、色々あっていけなくて、心配させたかしら?」
お宮様が珍しく慌てている。
「どうかしたのですか? 体調がすぐれないとかですか?」
「いいえ、大丈夫ですよ」
「じゃあ、何で来なかったのさ」
「えっと……」
お宮様が困っている。
「宮様!」
そこに、お宮様の指導係のようなおばさんが入って来た。
「何ですか?」
「今日も失禁して!」
「しっきん?」
「おもらしの事よ、青ちゃん」
「えっ? お宮様が?」
「ばあや!」
お宮様の顔がみるみる赤くなる。
(あっ、やっぱり、怖い話や絵は、お宮様も怖かったんだ)
心の中でそう思った。
「笑いなさいよ」
お宮様は、真っ赤な顔でそう言う。
「え~と、夜一人で厠に行けなかったんだね」
「もしかして、私の絵が怖かったから?」
結局笑うどころか、お宮様の心配をしてしまった。
「えっと、笑わないの?」
「うん、だって、私も書くようになってから、一人で厠に行けてないから」
私は、なんでも無いことのように言った。
「そうなの……」
お宮様は、恥ずかしそうだ。
「でも、お宮様も普通の人間なんだね、安心したよ」
「うん、私も」
「ごめんね、今まで強がっていたけど、怖い物は怖いの」
お宮様は、白状した。
「無理しなくていいのに」
「ね~」
花ちゃんと顔を合わせた。
「そう?」
お宮様が、安心したように頷いた。
「でも、それじゃあ、せっかくの企画書が使えないね」
「そうなるね」
「いいえ、私は、怖い話を書き切るわ」
お宮様は、燃えながらそう言った。
「え~」
「やめておきなよ」
「何回おもらししたって書いて見せるわ、その位、書き上げたいの!」
「そこまでしなくてもいいじゃん」
私は、怒りを込めてそう言った。
「別に、本を発表したいのは、お宮様だけなんだから」
「そ、そんな風に思っていたの?」
お宮様が、ショックを受けたようにそう言った。
「えっ? 違うの?」
「青ちゃん、お宮様は、青ちゃんにもそう言う気持ちでいて欲しかったのよ、きっと」
「そうなの? 私に声をかけたのは、気まぐれとかじゃなかったの?」
「ちがうわよ、同じ気持ちになれる子だと思ったのよ、そうじゃなければ誘っていないわよ」
「そうだったの、何か、私、悪いことしたのかな?」
「私は、お金がかかっているから、やるよ」
花ちゃんは笑いながらそう言った。
「私だけ、本気じゃなかったんだ」
「気にしないで」
お宮様は、シュンとしてそう言った。
「ごめんね、本当に」
「でも、無理やり仲間にしたのは、事実だから」
お宮様が反省している。
「私、これからは、本気でやるよ、私、たぶん、本好きだから」
「本当?」
「うん、だから、怖い話を完成させるようにするよ」
「そうこなくちゃね」
花ちゃんが腕をまくった。
「それじゃあ、今日は、どうするの?」
「今日は、せっかくだし茶菓子でも食べて行って」
「うん、そうする」
私は、つい目を輝かせてそう言ってしまった。
「本当、青ちゃんって正直ね」
花ちゃんが呆れて言った。
☆ ● ☆
そして、運ばれてきたのは、金丸堂の花の形をした茶菓子だった。
「わ~、桃色の蓮の花」
「きれい」
見とれていると、お宮様が。
「今日は、こんな物しかないけれど、食べて行って」
お茶を立ててくれた。
「わ~、茶道具ってこういう道具を使うんだ」
丸くて、茶を混ぜる物、お湯を注ぐしゃく、すべてが目新しかった。
「普通の家にはない物ね」
お宮様は、当たり前のことのように言う。
「そう言えば、掛け軸の下の色々な色をした壺って、いくらなの?」
「う~ん、家を一つ買えるくらい」
「えっ!」
じーと色々な色をした壺を見る。
「本当に呪われる」
「大丈夫よ、それは、安物の方だから」
「安物!」
(お宮様の金銭感覚がおかしい)
心の中でそう思った。
「本当に高い物は、家を十も二十も建てられるらしいわ」
「すごいね~」
花ちゃんが驚いている。私も激しく同意した。
「でも、確かに、その位の壺を割ったら、殺されそう」
「そうでしょう」
お宮様の言っていたことがやっとわかった。
「そう言えば、さっきのばあやは使用人ってやつですかね?」
「何で、堅くなっているのよ」
お宮様は、笑っている。
「だって、壺の話が衝撃的すぎて」
「まあ、青ちゃんにしてみれば衝撃だよね」
「うん」
「それは、いいとして、使用人かどうかだったわよね」
「うん」
「もちろん、使用人よ」
「やっぱり、怖い話に出てくる人もあんな感じなのかな?」
「いいえ、もう少し若いわ」
「ばあやって何才なの?」
「まだ、四十代位だった気がするわ」
「そうなのか、じゃあ、怖い話の女の人は、二十代位なのかな? それとも、もっと若い人かな?」
「二十代ぐらいがいいと思うわ」
お宮様は笑っている。
「青ちゃん、茶菓子おいしいよ」
花ちゃんが一口だけ口に運んでそう言う。
「本当!」
「茶菓子を前にして長話してしまってごめんなさいね」
「いいよ」
蓮の花をくずして、中に入っている甘いあんとの絶妙な味をたんのうした。
「おいしい」
「喜んでもらえてうれしいわ」
お宮様も嬉しそうにしているので、みんな和やかなムードになって行った。
その時、外の日の陰り具合を見てしまった。
「もう帰った方がよさそうだね」
「雨も降りそうだしね」
「それじゃあ、気を付けて庭から出てね」
「うん」
下駄をはいて、外に出る。
「あっ、お宮様、明日は来てね」
「はい」
「おもらしの事は誰にも言わないから」
「お願いします」
お宮様が深々と頭を下げている。
「花ちゃん、雨が降りそうだから急ごう」
「うん」
二人で、家まで駆けて行った。
☆ ● ☆
そして、家に着いた頃には、空は晴れていた。
「あら、雲が無くなった」
「夕日が出ているね」
赤く染まった空は、まぶしくて、二人でしばらく眺めていた。
「雨が降った後だから、梯子が出来ているね」
「知っているよ、天からの光とか言うやつでしょう」
雲の間から光差して、赤い太陽が見えるようなきれいな光景だった。
「なんだかいいものを見たね」
「そうだね」
ニコニコしてそう言った。
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