③
次の日、花ちゃんが恥ずかしそうに迎えに来た。
「あのね、昨日、お宮様が家に来て、私の絵を買いとることにするって言い出したのよ!」
「えっ、買い取る?」
「うん、一枚一文で買い取るんだって」
「ええ~、でも、それって嫌だね」
「そうかな。絵で稼げるってすごい事だと思う、職人みたいで、かっこいいと思う」
「そうか、確かにすごい事だよね」
(お宮様ってやることの規模が違うな、さすがお金持ちだ)
心の中で、困っていた。
☆ ● ☆
そして、寺子屋に着くと。
「おはよう、青さん、花さん」
お宮様が出迎えた。
「私たちは、これから三人で十兵衛なのよ」
「えっ、それって、仲間になるって事?」
「ええ、そうよ」
「でも、十兵衛って男の名前じゃ」
「じゃあ、私たちは『十兵衛姫』とか言うのはどう?」
「筆名は十兵衛、組名は十兵衛姫ね、いいわね」
お宮様ものりのりだ。
「さあ、本を完成させるわよ」
「お~」
三人で、手を重ねて空へ伸ばした。
「さて、それじゃあ、今日も青さんの家で、集まりましょう、設定画を描いてもらいましょう」
「いいね、気合い入る」
「がんばるね」
花ちゃんは、きんちょうしているようだった。
☆ ● ☆
そして、私の家に行き、私の部屋で、話し合いが始まった。
「このおばけは、もっと髪を斬ばらに」
「斬ばら? そんな設定だったっけ?」
「刺されて時に紐が切れたのよ」
「なるほど」
花ちゃんは、せっせと絵を描いていく。
「構図は、もう少し右に寄せた方がいい」
お宮様が、仕切っている。
「こうですか?」
描き直したのだが。
「目が怖い」
「はい」
花ちゃんは、お宮様に対して文句を言わなかった。
(お金がかかっているからなのかな?)
初めは、そう思っていたが、花ちゃんが本気なことに気が付いた。
(もしかして、花ちゃんって負けず嫌いなのかな)
一生懸命描いているので、その必死さを見たらそう思えた。
「どうでしょう」
「だめ」
花ちゃんは、何回も、何回も描く。
(すごい執念だ)
花ちゃんは、本当に本職になりたいのだと伝わってくるようだった。
「いいわね」
「本当」
花ちゃんは、やっと笑った。
「これだけ描ければ、誰も文句を言わないわ」
「そうだね」
そして、見せられた絵は、とっても怖い女の人の絵。
(怖すぎるよ~、また、一人で厠(かわや)に行けないよ~)
心の中でそう思っていた。
「まあ、絵師も手に入ったし、私たち十兵衛姫もいい風が吹いてきたわね、さあ、がんばりましょう」
「はい」
「おう」
お宮様の掛け声に気合が入った。
☆ ● ☆
そして、帰りに。
「花ちゃん、今日は、一生懸命だったね」
「うん、だって、悔しいんだもの」
「まあね、あれだけダメだしされたらへこむよね」
「ううん、逆に負けてられるか! と思って、筆が走っちゃった」
「そっか」
花ちゃんは、すごい人だと思った。
「かんざしの方だって、全部の構図が採用されるわけではないから、ダメ出しには慣れているの」
「そうか、すごい」
そう思うのが自然な気がした。
「そんなことないよ」
けんそんするのは、花ちゃんらしい。
「明日も、がんばろうね」
「うん」
手を振って別れた。
☆ ● ☆
「青さん!」
花ちゃんに夢中になっていて忘れていたら、お宮様の呼ぶ声が聞こえたので振りかえった。
「突然だけど青さん、あなた、夜眠れている?」
「えっと、まあまあ」
お宮様の言葉にそう答えてしまった。
(実はよく眠れてないなんて言えないや)
心の中で、困ってしまっていた。
「それならいいの」
お宮様は、ゆっくり歩いていなくなった。
(私の睡眠について聞いて、何になるんだろう? お宮様は、何が言いたかったのだろうか?)
疑問に思いながら、お宮様の背中を見送った。
「さあ、今日は、一人で寝れるといいな」
そうつぶやいて家に入った。
そして、結局一人で眠れなかった。
(あの絵を思い出すと怖いよ~)
花ちゃんの描いた絵は、私にとっては、本当に怖かったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます