やがて、貸本屋に人が来た。

「花道先生の新作はあるか?」

「ありますよ」

 お母さんがそう言って棚に案内する。そして、本を一冊抜き出して、手渡したのだった。

「そうそう、これこれ」

 喜んで手に取って男の人は、会計を済ませるといなくなった。

「喜んでもらえたね」

 お母さんにそう言うと。

「うん、だって、花道先生の新作は、飛び切りおもしろいのよ」

 お母さんはうれしそうだった。

「私は、本が好きなのかな?」

「そうね、あんまり、気にしなくてもいいんじゃないかしら、別に嫌いでも、かまわないわよ」

「なんで?」

「好きか嫌いかなんて、誰かが決める物じゃないし、自分の考えは、自分で持ってこそなのよ」

(自分で考えろと言う事か?)

 そうなると、私は、本が嫌いなのか?

 いいや、嫌いじゃないな、かといって好きなのかと言われると、わからないな……。

 考え込んでしまっていた。

「でも、青は、たぶん本が好きよ」

 お母さんは、そう言って笑う。

「何で?」

「小さなころ、一生懸命字を覚えて本を読もうとしていたじゃない」

「それは、私の家が貸本屋で、たくさん本があったからだよ」

「でも、本当に嫌いだったら、たくさんあっても読まないでしょう」

「そうなのかな?」

 たくさんの考えが頭の中に入り込んで、止めてくれない。

(私は、一体何を悩んでいるんだろう? 本が好きか嫌いかだろうか?)

 考えがまとまらない。

「そう言えば、順調にお宮様と小説は書けている?」

「まだ、企画段階で止まっているよ」

「そう、でも、お宮様は、期待しているみたいだったわ」

「うん、そうだろうね、私が貸本屋の娘だからでしょうけど」

「それは、違うわ、青だから一緒に書きたいのよ」

「? どういうこと?」

「お宮様は、青と友達になりたいのよ」

「えっ、そうなの」

「うん、みていればわかるわ」

 お母さんがニコニコしてそう言う。

「友達か……」

(お宮様は、いつも一人でいるから、一人が好きなのだと思っていた)

 案外寂しがり屋とかなのかも。

 そう思うとかわいく見える。

(いつも、怒っている様で、寂しいんだな)

 少し、顔が緩んだ。

(友達にはなってもいいかな)

 ふとそう思えた。


 そして、夜になる。風の音で目を覚ましたが、まだ夜中だった。

(どうしよう、厠(かわや)に行きたくなった)

 今日していた、おばけの話のせいで、怖くなった。

(どうしよう)

焦っていると。

「お母さん」

 近くでお母さんが寝ていたので、付いてきてもらった。

「十二才になっても、怖い物は怖いのね」

 お母さんは、笑っていた。

(お宮様のせいだもん)

 心の中でイライラしていた。

 厠から出てくると、真っ暗だった。

「どうしたの?」

 お母さんの持つろうそくが見えなかった。

「ろうそくの火を消さないでね」

「ついているわよ」

 そう言って、お母さんが、ろうそくを目の前に出してくれた。だから。ろうそくの光に、焦点を集めて、部屋を出て行った。

「今日は、一緒に寝ようか」

 お母さんがそう言ってくれたので、一緒に寝た。

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