怖い話は書けますか?
①
二階の黄色くなった畳が敷き詰められた、机とろうそくが置いてあるだけの私の部屋の中で。
「では、まず、内容を決めましょう」
お宮様は、偉そうにそう言う。
(別にやりたくないんだけどな~)
心の中では、そう思っていた。
「えっと、おばけに追いかけられる話はどう?」
「おばけね~、それは、人の形をしたもの? それとも人魂?」
「人魂、だって、人の形をしていたら怖いし……」
「怖い話を書く場合は、自分がより怖い物に寄せるべきですよ」
「ええ~」
(じゃあ、人の形をしたおばけを書かなきゃいけないの?)
もう、ぞっとしていた。
「怖いからやめようよ」
「いいえ、あなたが怖い話にすると言ったのです。とことんまでやりましょうよ」
「ええ~」
(そんなつもりではないのだけど)
思いつきで言っただけで、こう大げさにされると、迷惑だ。
「あ、あの、やっぱり、無理」
私は、部屋の外に逃げてしまった。
(だって、怖い話なんて書けないよ)
人の形をしたおばけを考えるだけで怖かった。
(それを本にするなんて)
怖くて仕方がなかった。
震える手で、お宮様の様子を見ると、私をにらんでいた。
「ひっ!」
「青さん、あなたは出来るのですから、がんばってみましょう」
「ええ~」
盛大に声が出た。
「何ですの、その態度は」
「だって、私に小説なんて無理なのに……」
「なぜ無理なのです? あなたは、貸本屋の娘でしょう」
「うう~、そうだけど」
「それなら、お話は大好きなはずよ、これだけの本に囲まれて生活しているのだから、嫌いって事はないでしょう?」
「決めつけです! それは、私は、本が借りられるところを見るのが好きだけど、それ以外は、全然興味がないんです」
「それで、いいと思うわ、それは、本が好きだからだもの」
「そうなのかな?」
「ええ、そうよ」
お宮様は、自信満々にそう言った。
(本が好き?)
嫌いではないが、好きかと言われるとわからない。
(私は、貸本屋に生まれただけで、普通の人と大して変わらないのにな~)
「あなたは、いつから字が読めた?」
「簡単な物なら、四才から読めたよ」
「それだけでも、恵まれているのよ。私は六才くらいから読めたのだけど、あなたは、活字に囲まれていると言うだけで、もうすでに才能だったのよ」
「えっ……そうなの?」
「ええ、間違いないわ、あなたは、人より半歩前を歩いている事に気が付いていないだけだったのよ」
「そうなの! 私ってすごいの?」
「ええ」
お宮様は優しく笑った。
「でも、人の形をしたおばけは、ちょっと、怖い」
「そう、血を流していたり、体が透けていたり、足が無かったり、どんな形態でもいいじゃない」
「ぎゃあ、今日、一人で厠(かわや)に行けない」
「そんなに怖いかしら? 私は、文字としては、見慣れているわ」
「でも、想像してみなよ、血を流したおばけ」
「う~ん、わかったわ、想像してみるわね」
お宮様は、一生懸命考えだした。
「う~ん、おもしろいと思うけど」
「普通、血を流していたら、何か刺さっていたり、大きな傷があったり、恨みを持っていたりするのよ」
「そうなのね!」
お宮様は、驚いたようにそう言った。
「確かに、血を流しているだけじゃこわくないけど、そう言う事が想像できれば怖いわね」
「そうでしょう」
「そうね、あなたの想像力には、驚かされるわ」
「普通でしょう」
「普通じゃないわ、あなたってすごい」
お宮様は、喜んで手を取った。
(すごいのかな?)
少しだけ調子に乗ってしまった。
「それで、書くの? 書かないの?」
「……書かない」
「え?」
お宮様が不満そうにこちらを見る。
「本当に後悔しないのね」
「私は、後悔なんてしないよ」
「それじゃあ、また来ます」
お宮様は、そう言って貸本屋を出て行く。
(あきらめないんだ)
軽くため息をついた。
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