第33話

 強い風に吹かれながら、橋を渡り、テッドとメアリは再び大きなエレベータに乗り込んだ。来た時は3人で乗ったが、帰り道にケリィは同行しない。エレベータに一旦乗って、下の世界にエレベータが降りるように端末の操作をしている。

「下まで降りれば、あとは迎えの者がおりますので、その者の指示に従って下さい」


 テッドとメアリの方を向いて言った後、それではと口に仕掛けたところで、ケリィは急に話を始めた。

「私の祖父の名前は、エドワードと言います」

「エドワード?」テッドはどこかで聞いた気がする。

「エドワード・・・・・・どこかで聞いたことがあるような・・・・・・」

 メアリも同じ反応をしている。自分だけでなく、メアリも聞いたことがあるようだ。考えている間にも、ケリィは話を続ける。


「私の祖父もあなた達と同じように下の世界で生まれ、上の世界にやって来ました。祖父は威厳があり、時には優しく、ジョークも面白く、家族からもとても尊敬されていました。そんな祖父が死ぬ間際に一度だけ、下の世界の話をして来れたことがあります。そのことがきっかけで私は今の仕事を選ぶことにしました。祖父が死ぬ間際に一度でいいから、帰りたいと言った下の世界を見てみたかったのです」

 テッドとメアリは黙って、ケリィの話を聞いている。彼が自分の話をするのが初めてだ。最後の別れになるかもしれないと思うと、自然と言葉を挟もうとは思わなかった。


「実際に下の世界を訪れて、憧れを感じたことはありません。上の世界に比べれば、古い世界だなと感じました。ですが、そこに住んでいる人たちにとっては、当たり前に暮らしていける現実があれば十分なのだとも思いました。上の世界のことを知らなくても、生きてはいける。祖父が何故帰りたいと言ったのかはわかりませんでしたが・・・・・・」

 ケリィが黙ると、テッドとメアリもしばらく黙っていた。その後、テッドが沈黙を破った。


「ケリィさんには、また会えますよね?」

 テッドから言われ、ケリィは困った表情をする。

「僕はまたあなたに会いたいです」

 ケリィに手を差し出し、握手を求める。戸惑いながら、ケリィもそれに応じる。

「なぜ?私にまた会いたいと・・・・・・?」

「ここまで連れて来て貰った事に感謝しています。来なければ、ずっと知らないままのことが多かった。知ったからと言って、これから何が出来るか分かった訳じゃありませんが、必要なことだった。そう考えています」

「これからどうされるつもりですか?」

「何も・・・・・・何も考えていません。ただ、またあなたと話をしたい。それまでに僕に出来ることをやってみたいと思います。次に会えた時のために」

 テッドの言葉を聞いて、ケリィは笑って答えた。


「わかりました。次にお会いするときを楽しみしています。また必ず会いましょう。それまでに、壁を壊す方法でも見つけて下さいね」

ケリィは冗談のつもりで言ったようだ。思いがけない冗談に、テッドは思わず困った笑いを浮かべる。彼からそんな発言が飛び出すとは思っていなかった。彼もそんな冗談を言うのだ。最後の最後にそんなことがわかった。急なことだったので、気の効いた返しはできそうになかったが、いい思い出になった。

「そうなったら、気軽に会えますね。次までに方法を考えておきます」

 握っていたケリィの手を離す。


「あたしも!」メアリが2人の間に割って入る。

 メアリが差し出した手に合わせるように、ケリィとメアリが短い握手を交わす。そして、ケリィとメアリの手が離れると、ケリィは後ろに下がる。テッドとメアリから離れると、その間を遮るように、巨大なエレベータの扉が上からゆっくりと降りてきた。


「それでは、お元気で。あなた達に出会えたことは光栄でした。またどこかで必ずお会いしましょう。それまでしばしのお別れです」

 ケリィが手を振っている。それに応えるように、テッドとメアリも手を振る。

「お世話になりました!」メアリが叫ぶ。

 テッドは叫ばず、ケリィから視線を外さず、彼をまっすぐ見ている。ゆっくりと降りてきたエレベータの扉が完全に閉まり、ケリィの姿が見えなくなるまで、ずっとその姿を目に焼き付けるように、彼の姿を黙って見ていた。

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