第32話

 翌朝、テッドとメアリは、ホテルで朝食を終えると、すぐにマクドウェルとの面会を申し込んだ。朝から忙しいらしく、スケジュールを30分程度空けてもらうのが精一杯だった。前の日に訪れたマクドウェルの部屋を再び訪れると、彼はすでに中で待っていた。

「忙しいところすみません」

「大丈夫ですよ。それで何でしょうか?」

「いくつか確認したいことがあるんですが、いいですか?」


 マクドウェルは、2人に「どうぞ、お座り下さい」とソファに座るように促す。メアリと一緒にソファに腰を下ろすと、すぐにテッドは話を切り出した。

「僕の父はこちらの世界に住んでいるのですか?」

「やはり、気になりますか?」

「はい」テッドは頷く。


 昨日からの話の流れで気にならない訳がないというのが、テッドの気持ちだ。それに対して、少しの迷う素振りも見せずにはっきりと断られた。

「残念ですが・・・・・・そのことには答えられません。もし、そうだとしても、今のあなたに真実を伝えることはできません。この世界のことを教えることでさえ、本来はリスクを伴うことですから」


 マクドウェルの回答に対し、テッドは少し残念に思うも、この回答は予想できた。そして、テッドにとって、この先の話がより重要となる。

「わかりました。その件はもういいです」

「よろしいのですか?」

「はい」

 マクドウェルは、テッドがもう少し父親の話に拘るかと思っていたようだが、テッドの反応は淡白だった。

「もし僕らが元の世界に戻った場合、日常的に見張られる対象になりますか?」


 テッドの質問を聞いて、同じことが気になっていたメアリは彼の方を一瞬見て、すぐにマクドウェルの方を向く。

「その通りです。命を取るようなことはありませんが、今までよりも厳しい監視下に置かれると思ってください。下の世界で役立つ情報などは全く教えておりませんが、上の世界の存在を知られただけでも十分危険だと我々は考えています。僅かでも話が漏れたと判断された時点で、強制的に上の世界に来て頂きます」


「一度こちらの世界の住人になれば、もう下の世界には戻れない?」

「それもその通りです。一度上の世界の住人になれば、下の世界に戻ることは基本的に許されません。セキュリティホールになりますからね。上の世界で得た情報を下の世界に持たらすことは十分な検討してから行なっています。個人の判断で行なって良いことではないとしています。だから、一部の者を除いて、下の世界の人々との接触は避けています」


「わかりました。それでは最後の質問です」

「はい、どうぞ」マクドウェルが促され、テッドは話を続ける。

「上と下の世界を隔てている壁の存在を、あなたは必要だと思いますか?」

 最後の質問に、マクドウェルは先程までと異なり、答えることを躊躇っている。少し考えた末に、言葉を選びながら話し始めた。


「私はその質問に答えることはできません。あくまでも、実務的な立場でこれまで話をさせてもらっただけですから・・・・・・。しかし、壁の存在について、疑問に思ったことはあります。最初はそう考えるのが自然だと思います。そして、人間の歴史を学んでいくに従い、全ての争いの引き金を引いてきたのは、間違いなく、人です。どれだけ凶悪な兵器があっても、それを使用したいと思ってしまう人の心が一番恐ろしい。人と人の間に争いを作る要素を無くすことが可能ならば、籠の中に住まう、何も知らない鳥がたくさんいることになっても、それは十分な幸せに値することではないかと思っています。あなたにとって、受け入れ難い現実かもしれませんが・・・・・・」


 マクドウェルの答えにテッドは黙っている。昨日まで何も知らなかった自分が、その答えをどう受け止めればいいかわからない。

「もう次の予定の時間です。申し訳有りませんが、私からお話しできるのはここまでです。他に何かあれば、ケリィを通して貰えれば、あとでお返事できると思います」

「いえ、もう十分です」

「結論は出ましたか?」マクドウェルが尋ねると、テッドは黙って頷いた。


 次の予定でマクドウェルが不在となった部屋で待っていると、入り口の扉を開く音が聞こえる。テッドとメアリが振り向くと、ケリィが部屋に入って来た。

「お待たせしました。もう準備はよろしいですか?」

「はい、大丈夫です」

「わかりました」ケリィが扉を開いたまま待っていると、テッドとメアリはマクドウェルの部屋をすぐに出た。2人が部屋を出たことを確認してから扉を閉める。


「こちらです。どうぞ」ケリィが先頭を歩き出す。

「せっかく連れて来てもらったのに、申し訳有りません」

 テッドがケリィに申し訳なさそうに謝るが、彼は気にした素振りを全く見せず、逆に笑っていた。

「別に謝る必要はありません。それよりも、これからは色々と人の目が気になると思います。こんなことを言うのもなんですが、過去に下の世界に戻って、人の目が気になり過ぎて、疑心暗鬼になった方の話を聞いたことがあります」

「え、そうなの?」

「はい。あくまでも聞いた話ですが」


 その話を聞いて、メアリが少し不安そうな顔をする。しかし、テッドは不安に思っていないようだ。

「それは上の世界でも同じですよね?」

「・・・・・・よくわかっていますね。その通りです。結局のところ、この世界はどこにいても、誰かの監視の中にいます」

「言い方は良くないですが・・・・・・・最初から僕らは監視の中で生きている。その存在に今回気付かされただけと思っています」

「私たちのことはお嫌いですか?」

「嫌いではないです。ただし、あまりいい印象は持てないと思っています」

「はっきり言いますね」ケリィの言葉がいつもに比べてどこか楽しげだ。


「私はあなた達のことが気に入りましたよ」

 彼から言われた言葉で、テッドとメアリは顔を見合わせる。メアリの方はまんざら悪い気がしない。

「あたしはケリィさんのこと好きよ」

「ありがとうございます」ケリィが会釈する。

「でも、一つだけ気になることがあるわ」

「何?」

「だって、あたしたち、ずっと監視されてきたんでしょ?それって、やっぱりお風呂とかも覗かれていたってことじゃない?」


「それは・・・・・・」ケリィの方に視線を向ける。

「そんなことはしていませんよ。監視しているとしたら、あくまでもそれは言葉で流れる情報までです。1人1人の個人の行動を四六時中見張っていることはありません。先程は監視の目が厳しくなるようなことを言いましたが、正直あまり気にする必要はないと思います。ここで聞いたことを下の世界で漏らさなければ、ほとんど今まで通りの生活が送れます」


 ケリィの言葉は、本当に気にする必要もないのかもしれない。メアリもケリィに言ったことを受け入れたのか、それ以上このことを話題にしなかった。

「また、上の世界に来れるのよね?」

「来れるよ。でも、そうなると、下の世界とはお別れになるよ?」

 メアリの質問に、テッドが答える。回答にメアリは頷きながら、話を続ける。

「下の世界に未練がなくなった時に、ここに来ればいいんでしょ?ここだったら、老後の生活に快適じゃないかしら?少なくとも1度は見込まれて話を聞きに来たんだから、それくらいの権利はあって当然よね」


 メアリが堂々と宣言して、テッドは困惑を隠せない。困ったテッドは先を歩くケリィの方を見る。ちょうどエレベータホールの前に辿り着いたので、彼は立ち止まり、エレベータのボタンを押す。その後、テッドとメアリの方を振り向く。

「その計画は面白そうですね。是非とも実現してほしいと思います」

ケリィ自体はその計画に賛成らしく、楽しそうに笑っていた。

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