第31話
マクドウェルとの食事を終えて、一旦2人は用意してもらったホテルに移動した。食事の時間は、豪華なディナでもてなされた。下の世界で食べたことがない料理のフルコースを2時間かけて、談笑しながら頂いた。今までの人生で食べた中でもっとも美味で豪華な食事だった気がする。マクドウェルはメアリのことが大変気に入ったようで、食事が始まった当初、テッドが2人の会話に割り込む余地があまりなかった。
メアリの話には必ず自分が登場して、必ずテッドの失敗談に話が及び、その度に恥ずかしい気分にされた。食事が進むにつれ、自分ばかり言われるのは納得がいかなくなり、テッドも話に割り込む様になっていた。おかげで2人の恥ずかしい過去や失敗談をお互いに披露することになり、食事が終わる頃には、マクドウェルは食事と同じくらいに2人の話題についてお腹いっぱいな様子だった。
「いくら何でも話すぎだよ・・・・・・」
憮然とした表情をしながら、テッドはメアリに言ったが、彼女は食事が終わった後も面白かった食事のことが頭に残っているのか、笑いながら答えた。
「だって、テッドの子供の頃の失敗談、マクドウェルさん、興味津々だったから、ついつい調子に乗せられちゃった。でも、テッドだって、あたしのこと、いっぱい話してたじゃない?お互い様よね。とっても楽しかったから、あたしは満足よ」
メアリの表情を見ていると、テッドは悪い気はしなかった。ただし、その話をずっとしている訳にもいかない。メアリが急に真面目な表情になり、テッドに話しかける。
「で、テッドはどうするの?」
メアリの質問に、テッドは返答ができない。食事の後、マクドウェルが別れ際に言った言葉がある。
「楽しい食事が堪能できました。今夜は私たちが用意したホテルにお泊まり下さい。それと大事なことを一つ話忘れていました。明日までに十分に考えて欲しいことがあります。上の世界に残るか、下の世界に戻るか、選択をお願いします」
明日の朝までに2人は選択しなければならない。今まで通りの生活に戻るのか、それともここでの新しい生活を取るのか。テッドは今まで通りの生活に戻ることを第一に考えていたが、ここに来て正直迷っていた。納得できない点があるにしても、自分が特別な存在だと選ばれたことが嬉しい。下の世界に普通に暮らしていれば知ることができない世界に触れることができる。
ここに来て、他の人に対する優越感が自分の中に生まれ、ここでの生活に憧れ始めていた。マクドウェルの話が全て本当だという根拠はどこにもないが、ここに来るまで垣間で見せられた技術力を知れば、彼が言っている話に納得できるところがあると思えた。
「メアリはどうしたい?」テッドは困り果てて、メアリに質問を返す。
「あたしは・・・・・・帰りたい。でも、テッドを置いてはいけないわ。あなたが残るなら、あたしもここに残る。それに、ここでの生活も楽しそうじゃない?特に今日のディナは本当に最高だったわ。あんなのが毎日食べれるのかしら?」
メアリは食事のことを思い出して、うっとりした表情をする。その様子を見て、テッドは呆れた表情をする。テッドも今日のディナが今までの食事で一番良かったと思うが、それだけでここでの生活を選んでしまうのはちょっと軽率だと思う。メアリも本気ではないだろうが、テッドの決定に従う方針なのは相変わらずだ。
「どうしようかな・・・・・・」テッドは自信無さげに呟いてしまう。
急に迫られた選択肢にどう決めればいいかわからない。本当はどうしたいかは決まっている。しかし、ここに来て判断が揺れている。それには、ここまで自分が連れてこられた経緯にある。自分が他の人より優秀だと見込まれた。これはとても有意義なことにも思える。そんな時にぼんやりと浮かんだのは、マクドウェルが少しだけ口にした、テッドの父の話だった。
「あれは何だったのかな?」テッドが呟くと、メアリが振り向く。
「何か言った?」ベッドに寝転びながら、テッドの方を見ている。横にはなっているが、まだ寝る様子はない。ホテルのベッドが落ち着かないのかもしれない。
「マクドウェルさん、僕の父の話をしたよね?何か知っているのかな?」
「そういえば、そうね。あたしも気になってたけど、結局あの後聞き逸れちゃった」
「そうだね・・・・・・」テッドは決断する前に、マクドウェルともう一度少し話をしようと思った。
結論は明日までと言われたが、細かい時間については言われていない。思っている以上に時間的余裕があるかもしれない。帰る時間が遅くなるのは仕方がないが、人生で2度あるかないかの決断だ。そう考えると、もっと踏み込んだ話をしておけば良かったとテッドは後悔した。
「テッド」メアリがベッドから身を起こす。
「何?」テッドが返事すると、メアリは室内になる扉の一つを指差す
「あたし・・・・・・お風呂入るわ」メアリが言うと、テッドは黙って頷く。
「覗かないでね・・・・・・」真剣に言うメアリに、黙ってもう一度頷く。
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