第30話

 マクドウェルが再び口を開いた。

「テッド君が壁の存在に疑念を持ったことを、なぜ我々が知ることができたか。そのことには答えないといけませんね。単純な話です。君たちが通っている学校そのものが私たちの組織の運用によって成り立っているからです。ほとんどの職員は、壁の上の世界のことを知りもせずにいますが、そこから君たち学生の情報を取得して、普段の行動や成績を見て、そこから壁の上の存在に相応しいか判断しています」


 マクドウェルは淡々と話を進める。話し慣れている様子を見ると、彼の普段の業務として、この様なことをいつも行なっているのだろう。テッドはそんなことを思いながら、彼の言葉に耳を傾ける。一方で、自分の父親の話はさっきまでの話でお終いなのか。話を中途半端にされて、父の話をどう受け止めればよいかわからない状態にあるが、今はマクドウェルの話を黙って聞くことを優先する。


「就職についても、学校での全体的な成績や得意な科目などを考慮して、君たちの進路はある程度決められているのは知っていると思います。それらのロジックについても、壁の上の世界の人間によって作られた方程式に則って決めています。ちなみにテッド君はこの点について疑問を持ったことはありますか?」


 質問を投げかけられたが、テッドはすぐに答えられず、少し考えてから答えた。

「いえ、ないです。そもそも僕は自分が希望した仕事には就けると思っていましたから、そのこと自体に疑問を持ちませんでした。ただそのことに不満を持っていたら、疑問を持っていたかもしれません」


「なるほど。その答えは正しいかもしれませんね。不満から疑念が生まれ、そこから矛盾に気づく。その芽を私たちは見張っているのです。そして、そう言った人材にはこちらから声をかけて、壁の上の世界に連れてくる」

「なぜ、そんなことを行なっているのですか?どうして、僕たちをここまで連れて来たのですか?」

 テッドの質問に、彼は少し間を置いてから答えた。


「なぜ、多くの人々が争い、血を流す歴史が長く続いたか。完全な平和を作る上で何が必要だったか。それは人々から不満を取り除くこと。過度な望みを持たせない仕組みが必要だったのです」

「人々を監視し、その生き方そのものをある程度コントロールする。つまり、僕らの人生は、あなた達の掌に乗せられているということになりますね」

 テッドが言った言葉を聞いて、メアリは驚いて彼を見た。彼の言い方は、普段のものよりかなり厳しいものだった。


「言い方を悪くすれば、その通りです。ただし、全くの支配下に置いている訳ではありません。あくまでも人の自由意志はコントロールできるものではありません。だからこそ、苦渋な判断で行なったことは、世界そのものを分断して、新しい才能や可能性を秘めた貴重な人材とそうではない平凡な人材とで、住む世界を分別する仕組みを作った。こうした意味はもう分かりますね?」


 マクドウェルの質問の答えをテッドはもう持っていたが、すぐに言葉にできない。メアリはテッドの方を見て、固唾を飲んで見守っている。一度下を向いてから、一息ついてから、テッドは顔を上げて答えた。

「過度の望みを持たせない。才能を持ち過ぎた人を見れば、自分もできるかもしれないと、出来もしない人が勘違いする可能性がある。その可能性はいずれ嫉妬や絶望に変わる。その小さな不満が連鎖反応で多くの人に繋がれば、大きな不満となり、それがいずれ争いの種になる。だから、その前に摘んでしまうということですね?」


 テッドが言った言葉を聞いて、マクドウェルは無表情で頷いた。

「そして、あなたたちはその可能性の一つで、私たちは壁の下の大地から摘んで、この上の大地に植え直そうとしている。望めば、ある程度の自由は約束されます。下の世界で学んでいたことよりも遥かに高い知識を学ぶことができる。ここに来るまでにそのことを実感できたのではありませんか?あなたたちが住んでいる世界も少しずつ発展しているとは言え、それは上の世界の恩恵を少しずつコントロールして分け与えているに過ぎません。テッド君の可能性はもっと広がると私は確信しています」


 マクドウェルの言葉には、熱が込もっていた。先ほどまで淡々と話していた印象とは違って、こんな表情もするんだなと思った。テッドは無意識に時計を見た。時刻は18時を超えていた。思えば、昼食もろくに取っていない。それなのに、お腹が空いていないことが不思議に思えた。

「テッド、あたしお腹空いた」メアリはそうでもないらしい。

「メアリ、今はそんな状況じゃないでしょ?」


 急に緊張感が抜けるようなことを言い出したメアリを宥めようとしたが、もう我慢の限界だったようだ。

「でも、お昼もろくに食べてないのよ。デートとしたら、最悪ね。そう思わない、マクドウェルさん?」

「それは確かにそうですね。テッド君、ここまで健気に付いて来てくれた女性に食事もご馳走できていないのは失礼過ぎる。いいでしょう。メアリさんの話は食事をしながら致しましょう。もっとも、すでに私は彼女のことを大変気に入りました」


 マクドウェルはテッドの方を向いて笑いかけた。メアリもマクドウェルに褒められたことに気を良くしたのか、テッドにしてやってりの表情を見せる。テッドだけが1人苦い顔をしていた。

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