第27話

 広いエレベータ内を適当に散歩した後、テッドとメアリはケリィの元に戻った。

「気が済みましたか?」

 ケリィに聞かれても、メアリは黙って頷くだけだった。その様子を見ても、ケリィの表情は特に変わらなかった。

「まだかかりそうですか?」

「あと5分程度だと思います」時計を見ながら彼は答えた。

「もう少しすれば、トンネルに入ります。そうなると、外の様子は見えなくなります。もっとも最初こそ感動したかもしれませんが、もう見飽きたのではありませんか?」


 テッドはそのことについて同感だと思い、率直な感想を返した。

「そうですね。同じような景色ばかり見ているのは、さすがに辛いです」

「そうですか」ケリィが愛想笑いを浮かべる。

「ケリィさんは上に戻られるのは久々なんですか?」

「あなたも彼女と同じで好奇心旺盛ですね」


 ケリィが笑いながら言う。テッドはやっぱり聞こえていたかと思った。聞き方をメアリより失礼がないようにしたつもりだったが、余り効果はなかったようだ。少しだけメアリの方を見たが、彼女から抗議の視線が向けられていた。

「別に気にしなくていいですよ。それくらいならお答えできますから。心配なさらなくても、お答えできないことはできませんとはっきり言います。久々と言う程ではありません。最初にあなたと会った後に戻っています。あるとしたら、何度も往復するのは面倒だな・・・・・・と言ったところでしょうか?」

「そうなんですか・・・・・・大変ですね」会話はそこで終わった。


 テッドは隣でケリィの様子を伺っているメアリを気にしたが、説得されたこともあったので、メアリはすっかり大人しくしている。

 しばらく沈黙が続いた後、ケリィが言った通り、エレベータはトンネルの中に入った。外の景色が見えなくなるが、トンネル内に入っても、中は不思議と暗くならない。トンネル全体が明かりを放つ不思議な物質でできていることにテッドは気がついた。


「もうすぐ着くの?」メアリはテッドに尋ねる。

「うん、そうみたいだね」テッドは落ち着いた様子でメアリの質問に答える。

「テッドが言ってたことが本当だといいね」テッドの手を握りながら言った。

 自分が壁の向こう側で知らなければならないことが他にもあるような気がする。それは世界の大きな秘密に触れることになる。テッドはそう考えていた。

「もう少しで、あなたが待ち望んでいたものが見えますよ」


 ケリィはエレベータの天井に視線を向ける。ケリィが見た方向を同じように見る。テッドの視線は自然とトンネルの先に向けられる。長い長いトンネル内を上っていく様子が見える。トンネルの先に小さな光が見える。徐々にその光が大きくなっていくことがわかる。今まで見たことがないような熱を持った光だと感じる。あの光の元に行けば、ずっと見たかった空が存在する。テッドの心は期待と不安で揺れる。


 トンネルから見えていた光がどんどん大きくなり、その光がどんどん溢れるようにテッドたちを照らしていた。テッドとメアリは、はじめて見る光の強さに目を細めてしまう。

「間もなくトンネルを抜けます」

 ケリィが言った通り、トンネルの出口はもう間もなくだ。徐々に強くなる光に目を細めながらも、テッドはその光から目を逸らさなかった。トンネルを抜ける瞬間、余りの眩しさに一瞬、さすがに目を逸らしてしまう。


「ま、眩しい・・・・・・」と、メアリも視線を天井からそらし、光が収まるのを待ってから目を開けた。

 目を開き見えてきたのは、頭上に広がる薄い青色が広がっている世界だった。光の色に青を加えたような優しい色をしている。光が奥深く深くに存在し、青くて薄い膜を何重にも重ねたように、柔らかい光がゆっくりと下りてきている世界。

「これが・・・空・・・」

 光に満たされている。頭上を見ても、そこには果てがない。吸い込まれそうで、ずっと眺めていたくなる。テッドがその言葉を口にすることが精一杯なほど、素晴らしく美しい光景だった。


「本当にあったんだ・・・」メアリは目を見開いて、唖然としている。

 テッドと小さい頃に読んだ、おとぎ話だと思っていた世界が目の前に広がり、信じられない気持ちになっていた。テッドが言っていることを疑っていた訳ではない。ただ彼女にとって、学校で教えられたことの中にはなかったし、頭上にある壁の存在について、疑問に思うことはなかった。あったとしても、その上に別の世界があるなんて、きっと考えもしなかっただろう。


「すごいね、爽快!」メアリは喜びの声をあげて、テッドの方を見る。

 テッドはまだ放心状態から抜けていないようで、メアリに声をかけられても、呆然としている。

「テッド?大丈夫?」メアリは心配になり、テッドの肩を揺すって、彼の意思を確認する。肩を揺すられて、彼はようやくメアリに気がつく。

「ご、ごめん。大丈夫だよ」

「本当に?しっかりしてよ。まぁ、こんな爽快な風景を見たら、ぼけっとしちゃうのも仕方ないけど・・・・・・」

「ご、ごめん」

 テッドはまだ気持ちが落ち着かず、メアリの話にうまく返事ができない。

「そろそろ止まりますよ」


 ケリィが言ったように、テッドとメアリが気づかないうちに、徐々にエレベータの速度はゆっくりになっていた。速度が遅くなりにつれ、全面透明になっていた壁などが出発したときと同じように、無機質な白色の物質に変化していく。外の景色が全く見えなくなり、テッドは残念に思いながらも、ようやく気持ちを落ち着かせることができた。

「はぁ・・・」テッドはため息をつく。

「ちょっと・・・・・・興奮し過ぎじゃない?」

「ごめん。まさか自分が思っていたことがそのまんまだったから、ものすごい興奮しちゃって・・・・・・」テッドは恥ずかしそうに笑う。

「そうね。気持ちはわかる」メアリは優しく笑いかける。


「それでケリィさん。この後、あたしたちはどうなるの?」

「わたしからお答えできません。あなたたちをお連れするのがわたしの役割ですから。この後の話については、別の者が担当していますので、そこまではお連れします。そこで確認してください」

「え?そうなの?」

「上の世界に訪れた方がどういう扱いを受けるのか、わたしから詳しく説明できません。安全は保証します。ただ説明できないことが多いのです。何人も連れてきた身としては、訪れた方がどうなったかは知っています。ただし、これは本人のプライバシィもありますので、申し上げることはできません。それはご了承ください」


 ケリィはテッドたちの方を見ながら、たんたんと答える。その表情は最初に会ったときと比べると少し寂しそうに見えた。彼がもう自分の仕事は終わりだと語っているように思えた。

 エレベータが完全に停まる。少しの揺れがあり、少ししてからエレベータの扉がゆっくりと開き始めた。ゆっくりと開く扉から徐々に光が差し込んでくる。テッドとメアリはその光に眩しそうに目を細めて、ゆっくりと見えてくる外の景色に目を向けていた。

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