第25話

「お待たせしました。もう下りてください」

 ケリィが後部座席のドアを開けて、車の外に出るように促す。それに従って、メアリが先に下りようとしたが、テッドはそれを制した。

「僕が先に下りるから」テッドに言われ、メアリはうなずいた。

 どこまで行っても、危険を感じるところでは、自分を優先していることを理解していたので、彼が言う通りにする。車内でお互いの位置を入れ替えるのは、窮屈で難しかったが、どうにか体の位置を入れ替えて、テッドが先に車から下りた。


「なんだ、ここ?」

 テッドは今いる場所を改めて確認したが、やっぱりわからない。今の自分では理解できないところに連れてこられているのだと、先程のケリィとの会話で分かっていた。しかし、実際に車の外に出て、外の要素をその目で確かめて、ますます奇妙な場所だと想う。どこを見渡しても、ほとんどが真っ白に覆われている。ただ一部だけ、大きいガレージの入り口のようなものが見えている。エレベータに乗って、上の世界に行くと聞いていたので、おそらくその入り口だろうと予測する。


「テッド、もう下りていい?」メアリが車から少し顔を出しながら、テッドに声をかける。

「あ、うん、ごめん」

 手を差し出すと、メアリはその手に取って、恐る恐る車の外に出てきた。そして、テッドと同じように、どこを見ても真っ白い世界であることを確認して、唖然としている。

「何、ここ?」


 メアリが車から下りたので、ケリィが後部座席のドアを閉じて、彼らの前に立った。

「ここはもう壁の中です」

「壁の中?でも、壁はもっと上にあるんじゃあ・・・・・・」

 テッドは言いかけて気がついた。その様子を見て、ケリィは説明を続ける。

「お気づきかもしれませんが、頭上の壁を支えている場所がいくつか存在します。しかし、それは普通には辿り着きません。特殊な仕掛けが施されていて、普通に目で確認するだけでも、わたしには見ることはできません」


 そう言ったケリィは、テッドたちから目を逸らし、奥のエレベータの入り口と思われる方を見る。

「こんな場所があちこちにあるんですか?」

 メアリの質問に、ケリィは振り返って答える。

「ここが柱の一つであることは間違いありません。ただし、私が知っている場所はここだけです。上の世界の住人とはいえ、すべてを知っている訳ではありません。正確にお答えできるとしたら、あるらしいということだけです。」

 ケリィの答えにテッドは様々なことが理解できた。ケリィは下の世界の住人と接触できる権限を与えられているが、その地域も限定されているのだろう。少なくとも、ここから行動できる範囲でしか、彼は活動できない。


 メアリの様子が気になり、彼女の方を見た。すでに覚悟ができていたのか、メアリはテッドの方を見て黙って頷いた。わざわざ聞かなくても、彼女の意思は決まっていた。

 テッドは、エレベータの入り口を指差しながら、ケリィに呼びかける。

「あそこから上の世界に行くんでしょう?僕たちの準備は大丈夫です。さっさと行きましょう」


「そうですね。それでは、向かいましょうか。あなたが言われたように、あのエレベータに乗り、上に向かいます」

 ケリィが先頭を歩き出し、テッドとメアリがその後に続く。テッドは、ここまで乗ってきたリムジンの方を歩きながら少しだけ見た。運転手の男性が乗ったままでいる。顔を下に向け、その表情を窺い知ることはできなかった。前を向きなおすと、ケリィはこちらの様子を気にせず、エレベータの入り口に向かっている。


「どうしたの?」メアリはテッドが見た方向を見た後に、彼に声をかける。

「あの運転手さんとは、結局一回も話しなかったなと思って・・・・・・」

「あ、確かに」メアリはもう一度リムジンの方をみる。

 知らない人とは言え、ここまでの道中で一言も話をしている姿を見たことがない。それだけ重要な仕事として任されているのかもしれない。自分たちが今まで知らなかった世界に触れている。今更ながら、とんでもない体験をしているなと思った。


「本当にこれから僕たち、どうなるんだろ・・・」

「本当にね・・・」2人揃って不安な表情をする。

 覚悟とは裏腹に、不安はやはり拭えない。そんな気持ちを少しでも和らげようと、メアリはテッドの手を急に握った。突然の行動にテッドは驚いたが、そのまま慣れた様子で握り返す。今は他に頼れるものがない。自分がしっかりしなくてどうする。テッドはもう一度気持ちを引き締める。


 ケリィの後に付いて、エレベータに向けてひたすら歩く。その距離は思っていた以上に遠かった。テッドが後ろを振り向くと、リムジンの姿はもうなかった。僅かな間にこの場を去ってしまったようだ。

「リムジンがない・・・・・・」

 テッドの言葉を聞いて、メアリも振り向く。彼女は何も言わなかった。2人揃って前を向く。その様子をケリィが見ていたが、何も言わずに再び前を向いて歩き出す。


 15分程度歩いて、ようやくエレベータの入り口前まで辿り着いた。遠くから見ても大きく思えたが、近くまで来ると、その大きさに更に驚くほかない。

「でかいね・・・・・・」

「うん・・・・・・」

 横の幅はおそらく200メートルくらいあるだろうか。縦の幅も10メートルくらいあり、何を運ぶためにここまで大きくする必要があったのかと思える程だ。


「どうして、こんなに大きなエレベータを作ったんですか?」

 テッドはケリィに聞いてみた。しかし、彼も詳しいことは知らないらしく、珍しく反応に困った表情を見せる。

「昔から存在するものなので、わたしもよく知りません。単純に下から上にたくさんの物を運ぶために、大きくしておく必要があったのではないかと思います」

 ケリィからそう言われて、テッドも確かにそれくらいしか理由がないような気がした。しかし、その答えから想像すると、昔は全ての人が下の世界に住んでいたのではないかと疑問が浮かぶ。何故上と下の世界の間に大きな壁を作る必要があったのか。その答えも知ることができるかもしれない。


「しばらくここにいて下さい。少し揺れますので」ケリィが少し移動して、見えない場所に手をかざす。

 かざした場所で、ケリィの指が何かに引っかかる。そこには、端末の蓋があり、目で見ただけではわからないようになっていた。蓋を開け、端末に入力する。遠くから見ても、何を入力しているかわからない。入力し終えて、ケリィが蓋を閉じると、端末の位置はテッドからはもう見えない。すぐに地面が揺れ始めた。

「じ、地震?」メアリが慌てて叫ぶ。

「メアリ、落ち着いて。エレベータが開いているんだよ」テッドがメアリを落ち着かせるように言った。


 テッドの言った通り、エレベータの扉がゆっくりと上に開いていく。扉があまりにも大きいので、開く様子を見ている間に、どんどん視線が上に向いていく。

「すごい迫力だね・・・・・・」

 テッドがその迫力に呆気に取られ、零した言葉に、メアリは無言で頷く。どんどん開く入り口から見える、エレベータの中は口の大きさに加えて、その奥行きもすごかった。横幅と同じくらいの奥行きが存在して、ここに来る前に行っていた、バードル大学校のグラウンドがあっさりと入ってしまうくらい、遥かに大きなスペースがある。


 扉が開ききったところで、ケリィが2人の前に立つ。

「どうぞ、乗って下さい。すぐに出発します。リムジンに乗っていたとき程、時間は掛かりませんが、もう30分程度我慢して下さい」

 言い終えると、エレベータに乗るように促す。

 言われた通り、テッドはメアリの手を取って、2人揃ってエレベータに乗り込む。余りにも大きなエレベータなので、乗ったとしても、まだまだスペースがある。2人が乗ったことを確認して、ケリィも乗り込む。

 3人乗っても、全体の大きさの隅の部分しか使用していない。下から上の世界に移住が実施された当時は、目一杯のスペースが利用されていたのかもしれないが、今はその必要が全くない。テッドはここに来るまでにケリィとの会話の中で交わした情報から、そういうことになるのかなと想像していた。


 ケリィがエレベータ内の端末を操作する。先程操作していた端末とは違い、エレベータ内の操作は、ボタンを押すだけのようだ。彼が操作している端末には、単純に上と下を示す、2種類のボタンがあるだけで、当然上のボタンを押す。ボタンを押した瞬間、開いていたエレベータの扉がゆっくり下りてくる。

 メアリの方を振り向くと、また不安そうな表情をしていた。そんな彼女の手を黙って握った。手を握られたことに気づき、メアリは黙って彼の方を見る。テッドはできるだけ彼女が安心できるように柔らかく笑う。彼の笑顔を見て、メアリは少しだけ落ち着くことができた。

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