第24話

 ジュースを飲み終えて、車が走っている間、テッドとメアリはしばらくの間、お互いに黙ったままだった。こういう事態になった今、2人とも何をすればいいかわからず、車内の適当な場所をじっと見ることしかできない。

「ねぇ、テッド。暇だから、何かしない?」

「何かって、何を?」

「それを考えてよ。こんな時間がまだまだ続くとか、ちょっと考えられないわ。あたしはテッドのために付いてきたんだから、もうちょっと気を使ってよ」

「う、うん・・・・・・」


 メアリの要求を理不尽だと思いながらも、自分もこのまま時間を無為に過ごすのは勿体無いと思っていた。そのため、あれこれ考えているが、窓一つない車内には何も時間を潰せそうなものは無さそうだ。

「あ、そうだ」急に何かを思い出し、座席の下に置いていたリュックを持ち上げ、ファスナを開いて何かを探し始めた。

「何?何かいいものを思い出したの?」


 メアリが期待を込めた目で、テッドの行動を見ている。その期待に応えられる自信はないが、何もないよりマシだろう。そんな気持ちでリュックの中を探している。

「あぁ、あった。これ」

「それ、トランプじゃない?」

「うん、まぁ、そうだ」

 メアリの反応にやっぱりなと思ったが、こればっかりはどうしようもない。


「まぁ、何もないよりましだけど・・・・」

「そもそも、こんな長時間の移動をするとは思ってなかったし・・・・・・」

「え、それを言うの?そこは何となく予想が付きそうじゃない?」

「じゃあ、メアリは何か準備してたの?」

 一方的に言われてばかりでは納得いかず、メアリがどういう準備をしてきたのか問い質す。

「え?うーん・・・・・・ちょっと待って」


 持ってきたカバンの中を探り始めた。カバンの中を探りながら、テッドの様子を見ている。自分の視線を気にしているようなので、テッドはメアリから視線を外すことにした。その間に、この先のことを想像してみる。ケリィの目的は一体何なのか?彼は自分にしか用事がないようなことを、メアリがいないときに話していた。セントラル大学校でテッドにだけ話しかけたのも、そういうことだったのだ。彼の目的とは、一体何なのか。少なくとも自分を頭上の壁より更に上にある場所に連れて行こうとしている。連れ行った先で自分をどうしようとしているのか。勝手な想像だけではわからないことが多過ぎる。それ以上の想像が纏まらず、ため息をつく。直接自分の目で確かめるしかない。


「はい、あったわよ」メアリの声にテッドは振り向く。

「何これ?」

 テッドは、メアリから見せられたものを見て、目が点になった。メアリの手に乗っているのは、小さな丸い形をした、ひよこの人形だった。

「ぴーちゃんって言うの。可愛いでしょ?」

「うん・・・・・・可愛いけど、これをどうするの?」

「どうしようもないけど、あたしが時間潰しに使えそうなものっていうと、これくらいしか持ってきてないの」


 メアリは、ひよこのピーちゃんを手のひらに乗せて、テッドの方に向ける。自分も同じように唇を尖らせて、アヒルみたいな表情を作って、テッドの方を向く。大小の鳥がテッドの方を向く。その様子を見て、呆れたまま口が塞がらない。

「あ、うん。もういいや」

「何よ、その態度!」

 テッドの呆れた態度に対して、メアリが大きな声で怒鳴る。すると、後部座席に設置されている電話が鳴り始めた。


「はい」テッドが受話器を取る。

「もう少し静かにしてもらませんか?」

「はい・・・・・・すみません」テッドは情けない様子で謝る。

 メアリの方を向くと、恥ずかしそうに下を向いていた。受話器を下ろして、小さな声で話す。

「僕らの会話、前にも聞こえているようだね・・・」

「そ、そうね・・・」

 あまりの恥ずかしさに、2人揃って下を向き、またしばらく沈黙の時間が続いた。


「テッド、ちょっと起きて!」

 メアリに呼びかけられて、テッドは目を覚ました。外がまったく見えない車内で揺られている間に気がつけば、自分は寝ていたようだ。それはいいとして、メアリに起こされたのには、何か理由があるに違いない。

「何かあった?」

 テッドはメアリに聞いたが、答えは意外な方向から聞こえてきた。


「ぐっすりお休みなところ、大変失礼しました。ですが、もうすぐ到着します」

 ケリィの声が前から聞こえて、テッドは驚いて前を向く。気がつけば、前の座席と後部座席を遮っていたシャッタが取り除かれている。窓は相変わらず、外を見ることができないように黒いシャッタで覆われている。

「もうすぐ着く?」

「はい、もう間もなく着きます」


 ケリィと話している間にも、テッドは車内の前方に視線を向けて、間もなく到着する場所についての情報を探す。わずかではあるが、運転席と助手席の間から前方の様子が見える。ただ、見る限り、前方は真っ白な世界が続いている。道がずっと続いていることはわかるが、その先に何があるのかは、じっと見ていても全然わからない。


「なんだ、ここは・・・」

 テッドが声に出して、感想を述べると、ケリィは後部座席を振り返りながら、目の前の白い世界について、語り始めた。

「ここはわたしたちの世界にとって、とても重要な場所です。壁の上の世界と、下の世界を繋ぐために作られた場所。場所を知っていても、ここに入ることは簡単にはできません。この場所にたどり着くためには、特別な権限が必要です」

「特別な権限?」

「はい。この場所について、恐らくあなたたちの世界に住んでいる方はほとんどご存じないでしょう。下の世界に住んでいる人たちにとって、この場所は本来来ることが許されていない。来れたとしても、1度か2度程度です。」


 ケリィが言った言葉をそのまま信じると、自分たちだけでは本来入れない領域にすでに来ていることになる。

「僕たちはどうなるんですか?もしかして、元の世界には戻れない・・・・・・?」

 まさかと思っていた事態が近づいているのではないかと思い、ケリィに必死に話しかける。安直に自分の意志さえしっかり持っていれば、元の生活に戻れると思っていたのは、間違いだったのではないかと考え始めていた。


「大丈夫です。あなたたちが望めば、また戻れます。ただし、いろいろと制限は付きますが」

「制限?」

「はい、また上に着いた時に話をします。大丈夫。たいしたことではありませんから」

 ケリィはまた前を向いてしまう。彼の回答を聞いて、少し安心したが、制限というのが気になる。強制的なものなのだろうか。もし破れば、処罰されてしまうのか。そんな恐ろしい妄想を一瞬するが、ケリィの口ぶりからすると、そのようなものではない気がする。わからないことをそれ以上考えても仕方がない。


「テッド、だ、大丈夫だよね」メアリが不安そうな表情をしている。

「ケリィさんも言ってたし、大丈夫だよ」

 メアリの不安を打ち消すように、テッドは気丈に振る舞う。内心の不安は多少あるが、ここまで来た以上、今更引き返しても同じことだろう。

 リムジンの速度が徐々に遅くなってきた。そろそろ目的地に着くのだろう。前方を見ると、ケリィがこちらを見ている。彼と視線が合う。

「目的地に着きましたよ」

「はい、わかりました」


 テッドは答えた後、メアリの方を振り向く。

「メアリ、着いたって」

 話しかけると、「うん、わかってる」と固い表情をしながらも、鞄を持って車から下りる準備を整えていた。彼女の準備が完了していることを確認し、テッドも自分のリュックを背負う。

「ドアはこちらから開けますから、それまで待っていて下さい」

 ケリィから声がかかり、テッドとメアリは荷物を持ったまま待機し、そのときを待つことにした。

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