第23話

 リムジンの近くまで移動して、男は立ち止まり、テッドとメアリの方を向いた。リムジンにすっかり興味を持ってしまったメアリは、テッドの心配をよそに、リムジンを指しながら、男に話しかける。

「あれに乗るんですか?」

「はい、あれに乗ってもらいます」


 男が答えると、メアリはリムジンの方に視線を向ける。メアリはリムジンの近くに駆け寄り、その長い車体をなぞるように車体を後ろから前へと見ていく。

「へぇ」と感嘆な声を上げて、リムジンの周りを歩いているメアリを見て、テッドは何とも言えない困った表情をする。


 テッドとメアリの方を交互に見て、男は不思議な表情でテッドに話しかける。

「面白い方ですね。初めて会う方は、私のことを怖がるとばかり思っていましたが、彼女の場合はそうではないようですね」

 彼女の態度に感化されたのか、テッドは男に対する警戒心をすっかり忘れていた。

「そ、そうですね。僕も意外でした」

「意外ですか・・・・・・私もそう思いました」


 そんな2人のやり取りをよそに、メアリが戻ってきた。

「お待たせしてすみません。えっと、お名前は・・・」

「ケリィです。そうお呼び下さい」

「わかりました。ケリィさんですね。あ、そうそう。知っているかもしれませんが、彼がテッド。で、私がメアリです。よろしくお願いします」

「はい、ご丁寧にありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」

 ケリィとメアリが勝手に自己紹介を始めている間、テッドは蚊帳の外に追い出された気分になっていた。もうちょっと警戒心を持ったらどうだと、彼女の様子に少し苛立つ。


「ちょっと、すみません」

「どうしたの、テッド?」

「どうしたの、じゃないよ。メアリ、いくら何でも気を許しすぎじゃない?」

「何、嫉妬してるの?仕方ないわね。大丈夫よ、ケリィさんとは、今知り合ったばっかりですから」

「それはわかってる」


 テッドとメアリが話す様子を見て、ケリィは思わず吹き出しそうになっていた。

「本当に面白い方ですね」

 ケリィが笑いを堪えながら、リムジンの方に足を進める。そのまま後部座席のドアを開ける。

「いつまでもここにいても、仕方がありません。どうぞ、お乗り下さい」


 開けられたドアの中には、豪華な装飾がされた車内が見える。ここに乗り込めば、相手の手のひらに乗ることになる。テッドは、先に乗ろうとしたメアリの手を引く。

「どうしたの?」

「僕が先に乗るよ」

 リムジンの中をのぞき込むように顔を入れて、車内の安全を目視で確認する。ドアの辺りも入念に見るが、危険な様子は感じられない。


「簡単に信じてもらえるとは思いませんが、危険なものは何もありませんよ」

「いくら何でも失礼じゃない?」

「彼の対応は普通ですよ。わたしでも同じことをするでしょう」

 テッドは2人の会話を聞きながら、入念に確認したが、結局何度も見ても、車内に危険そうなものは確認できなかった。


「大丈夫そうだ」テッドは先に車内に入り込み、メアリに手をさし伸べる。

いつも以上に慎重なテッドを見て、メアリは自分がいるからそうしているのだと気付く。そんな彼を自分も信用している。

 メアリは差し伸べられた手をとり、導かれるようにリムジンに乗り込んだ。


 2人がリムジンに乗り込んだことを確認してから、ケリィは後部座席のドアを閉めた。テッドはかなり緊張しているが、メアリは車内の豪華な装飾に気をとられている。

「テッド、見て。ここの装飾、とても綺麗じゃない?あたし、こんな綺麗なものを見たことない」


 メアリが触っている装飾を見て、テッドは確かに見たことない装飾だなと思った。ひょっとしたら、特殊なものなのかもしれない。座ってい座席もとても高そうな革でできている。座った感触もとてもしっかりしていて、とても安定感がある。

 ケリィが助手席のドアを開けて、車内に乗り込んで来た。

「出してください」あらかじめ乗っていた運転手に指示を出す。ケリィの指示に従い、運転手はエンジンをかけ、リムジンを発車させた。

「ケリィさん、これからどこに行くんですか?」


 メアリが質問すると、ケリィはこちらの方を見ながら、話を始めた。

「これから、頭上の壁を抜けるエレベータに乗ります。エレベータの場所は教えられませんが、ここからとても離れた場所です。申し訳ありませんが、万が一のことも考え、ここからは外の景色が見えないように、シャッタを下ろします。3時間程度かかりますので、しばらく我慢して下さい。わたしに用がある場合は、座席近くにある受話器をご利用ください」


 ケリィが言った受話器は、テッドとメアリが座っている間に存在した。メアリが試しに、その受話器をとって耳にあてると、勝手に回線をつなぎ、助手席と運転席の間から電話音が鳴り始めた。ケリィは受話器を取り、そのまま耳にあてた。

「はい、ケリィです」

「もしもし、メアリです」

「聞こえてますよ。まぁ、こんな感じです」ケリィは受話器を耳から話して、そのまま元の場所に置いた。


「わかりました。用事があるときは、こちらを利用します」テッドが答える間に、メアリが受話器を元の場所に戻している。

「はい、それでは、しばらくお待ち下さい。そうそう、後部座席には冷蔵庫があります。その中に飲み物や食べ物が入っています。たいしたものは入っていませんが、良かったら、お召し上がり下さい」


 ケリィが言い終えると、後部座席と前の座席をつないでいた空間の間に、黒いシャッタが下りる。それが前の座席と後部座席を完全に遮断しようとしている。そのシャッタに合わせて、後部座席の窓にも黒いシャッタが下りてきた。これでは、テッドとメアリには外の様子が全く分からなくなる。

「テッド、外が見えなくなる・・・・・・」


 メアリは今更になって、不安そうな顔をする。急にテッドの手を取り、力一杯握ってくる。

「さっきまでの威勢はどうしたの?」

「だって、こんな隔離までされると思ってなかったもの」

「大丈夫だよ。何とかなるよ」

 自分自身でも不安に思っていたが、メアリをこれ以上不安にさせまいと、気丈に振る舞う。

「そうだよね。大丈夫だよね」メアリは自分に言い聞かせるように胸に手を当てながら、心を落ち着かせようとする。


「ここまで来てわかったけど、ケリィさんは多分信用できる人だと思う」

「あ、うん。それはあたしもそう思う。でも、テッドはまだ信用してないんじゃないの?」

「そんなことはないよ。でも、油断はしない方がいいと思っている。ちゃんと2人揃って帰らないとね。母さんにも、メアリのお母さんにも、申し訳が立たない」

 テッドが言うことに安心して、メアリは少しずつ落ち着いてきた。

「そうね。ちゃんと無事に帰らないとね・・・・・・」

 メアリもテッドと同じように、きちんと両親の元に帰るつもりでいる。その気持ちを変えるつもりはない。


「それはそうと、ケリィさんがせっかく言ってくれたんだから、何か飲まない?」

「え?」

 テッドが言葉を発するより前に、メアリはすでに冷蔵庫の取っ手に手をかけていた。

「何が入っているかな?」楽しそうに言いながら、メアリは冷蔵庫を開けた。


 中には見覚えのある炭酸系や果実系のジュースが入っていた。それ以外にも、見たことがないパッケージに包まれたジュース、お酒も入っていた。

「やだ、けっこういい趣味してるじゃない?このジュース、あたし、好き。テッドはどれにする?」

 メアリはお気に入りのジュースをすでに手に持っている。

「この中のもの、本当に大丈夫?」テッドは慎重な意見を述べる。

「何?ケリィさんのこと、信用できるって言ってなかった?」

「言ったけどさ・・・用心は大事だよ。ちょっと、それ貸して」

「え?何するの?」


 何をするのか疑問に思いながらも、メアリは自分が持っていたジュースを渡す。

「ちょっと試す」

「試す?」

「うん」と言いながら、テッドはジュースの中身が混ざるように振ってから、容器の口を開けて、一口のどに含む。

「え?」


 メアリがテッドの行動に驚きながら、じっとしている間、テッドはジュースの味を確かめるように口を動かす。そして、納得した様子を見せてから、口に含んでいたものを飲み込んだ。

「うん、変な味はしていないし、大丈夫みたい」テッドは手に持っていたジュースをメアリに返す。それを受け取るも、すぐに飲もうとしない。

「どうしたの?飲んでも大丈夫だよ」


 メアリは表情を強ばらせながら、テッドの方を見る。

「メアリ?」

「ねぇ、これってさ・・・」

「うん?」

「間接キスじゃないの・・・?」

 テッドはメアリが固まっている理由がわかった。そして、自分がしたことに全く気が付いていなかった。


「あ、いや。これはその・・・・・・」話しかけても、反応はなく、メアリは持っているジュースを黙って見たまま固まっている。

「あの、メアリ・・・・・・」

 大きく深呼吸をして、メアリは持っていたジュースを置いて、テッドに振り向いた。

「テッドはどれ飲むの?」

「え?」

「どれ飲むの?」


「えっと・・・・・・」テッドは炭酸系ジュースの一つを選び、それを手に取った。すると、メアリはテッドが手に取ったジュースを強引に奪い取る。

「え?ちょっと・・・・・・」

 容器の口を開けて、ジュースの中身を少しだけ口に含む。行動だけを見ると、先程彼が行ったことと同じことをしている。

「あの・・・・・・」

 口に含んだ中身の味を確かめるように口を動かす。大丈夫だと納得できたところで飲み込む。


「はい」テッドに味を確かめ終えたジュースを渡す。

「はいって・・・・・・」

 ジュースを受け取りながら、テッドは困惑している。自分の分を毒味してくれたのだが、目的は別にあるような気がする。

「これでおあいこね。あたしだけ恥ずかしい思いするなんて嫌よ。ちゃんとそれ、飲んでよ。あたしだって、これ、最後まで飲むんだから・・・・・・」

「はい・・・・・・」彼女の言い分はよくわかったが、あからさまに関節キスだとわかったまま渡されたジュースを飲むのにかなり抵抗がある。


 テッドは彼女の視線を気にしながら飲み始める。飲んでいる様子をメアリはじっと見ている。その視線を浴びることが、とても恥ずかしくて途中から目を瞑ってしまう。メアリも残していたジュースを飲み始める。飲みながらも、視線はテッドの方を向いたままだった。

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