第22話

 テッドは人混みをうまく利用して、先ほどの店から少し離れた場所で立ち止まった。短い距離とは言え、全力で走ったので、息が切れている。呼吸を徐々に整えて、深呼吸をする。息を吐ききったところで、ようやく落ち着いた。

「変わった人がいたもんだね」テッドはメアリに話しかけるつもりで隣を見たが、そこに彼女の姿はなかった。

「メアリ?」


 テッドは人混みに囲まれている中で、一生懸命に彼女の姿を探す。走っている間に逸れしまったようだ。ここに来るまでに彼女にどれだけ助けられたのか。そのことを考えると、彼女をあっさり見失ったことに、自分の不甲斐なさを感じる。とにかく冷静に探そうと、周りを見渡す。そして、テッドは思い出していた。確か以前も同じだった。謎の男と会ったのは、メアリと離れた僅かな時間の間だった。予想していた通り、その男はやっぱり現れた。


「こんにちわ。またお会いましたね」男は毅然とした態度で立っていた。

テッドは、彼としっかり目を合わせる。前に会ったときと違い、今は冷静に彼と向き合うことができる。

「こんにちわ。すみません、名前は存じ上げませんが、2度目ですね」

テッドは彼の方を見ていたが、メアリのことも気になり、視線を再び周囲に向ける。


「ガールフレンドのことが気になりますか?」

男の言葉を聞いて、テッドはまさかと思う。

「メアリに何かしたんじゃないでしょうね?」

テッドの言葉を聞いて、男は少し驚く。

「あなたの彼女に、私は何もしていませんよ。そんな野蛮な人間に見えますか?」

「そう思えたから、質問しているんですが?」テッドは男を睨む。

「全くの初対面の人を信用しろというのは、確かに間違いではありません。ですが、私はあなた達に危害を加えることはありません。それだけは信用して下さい」


 男は淡々と話す。彼の言葉をそのまま信用する気にはなれないが、誠実さがあるように思える。ずっと彼に厳しい視線を向けているが、怯むことなく平然と受け流している。その様子からして、こんな状況に慣れているかもしれない。

「メアリはどこに?」

「本当のことをありのままに伝えますが、私もわかりません。そもそも私が用があるのは、あなたですから」

「彼女が一緒じゃないと、僕はあなたには付いて行きませんよ?」

 男はテッドの言葉を聞いて、表情こそ変えないが、ため息を小さくついた。本当にテッドにだけ用事があるようだ。


「わかりました。そこまでおっしゃるなら、私も探しましょう」

彼がそんな協力的なことを言うとは思っていなかったので、テッドは困惑する。どう答えようか迷ったが、今は男を一旦無視して、すぐにでもメアリを探しに行きたい。

「その前に確認したいことがあります」

 テッドは面倒くさいと思いながらも、彼の言葉を待つ。

「壁の向こう側に興味はありますか?」


 セントラルで会ったときと同じ質問を投げかけてきた。あの時のように、テッドは動揺しなかった。毅然とした態度で、彼の問いに素直に答えた。

「はい、興味はあります。でも、僕1人では怖くて行けません。だから、どうしてもと言うなら、彼女が一緒ではないと無理です」

 テッドの答えに男は黙ってうなずく。

「わかりました。では、あなたの彼女を探すのを手伝います」


 男がテッドの方に歩み寄る。見ただけではわかりにくいが、テッドの答えを聞いて安心したのか、表情が少し柔らかくなった気がする。この人もこんな表情するのかと思い、少しだけ警戒心を抑えることができた。

「いた、テッド!」メアリの大きな声が響く。

「どこ行ってたの?」息を切らせながら、彼女が寄って来る。テッドにそのままもたれ込む。そんな彼女をテッドは、慌てて支える。


「だ、大丈夫?」テッドが心配そうに覗き込む。

「大丈夫じゃないわよ。あっちこっち、探し回ったんだから。おかげで余計な汗書いちゃったじゃない」

「でも、メアリ、今それどころじゃないんだ」

「それどころじゃない?」


メアリは、テッドから緊迫した様子を感じ取る。そして、テッドが向けた視線の先を見て、謎の男の姿に気がつく。

「あ、あの人が前に言ってた・・・」メアリが尋ねると、テッドは無言でうなずく。

「はじめまして。メアリさん・・・・・・ですか?お会いできて光栄です」

「はじめまして。こちらこそ、お会いできて光栄です」


 メアリは警戒しながらも、男の丁寧な挨拶に律儀に答える。

「ご丁寧にありがとうございます。彼とは違って、あなたは礼儀正しいのですね」

「え?」メアリはテッドの方を向く。

「いや、だって、何だか信用できないし・・・。それにはじめて会った時は、ちゃんと挨拶したよ」

「信用できないかもしれないけど、あの人はきちんと挨拶してくれたんでしょ?それだと、失礼になるじゃない」


 メアリはテッドをたしなめる。彼女といると、緊張感が妙に無くなってしまう。テッドは、1人で緊張していた自分が馬鹿らしくなってきた。

「礼儀正しいお嬢さんですね。それにしっかりされていらっしゃる。あなたが大事にしたくなるのも、よくわかる気がします。いいでしょう。彼女も一緒に付いて来ていただいて問題ありません。付いて来てください」


 男はメアリとテッドに背中を向けて、歩き始めた。テッドとメアリはお互いに見合わせ、うなずき合ってから、彼の後に付いていく。人混みの間を上手に抜けていく男の後に必死に付いていく。テッドは無意識にメアリの手をとって、彼女もそれをしっかり握る。しばらく人の間を縫うように、移動する時間が続く。

 人混みを抜け、テッドたちが入って来た箇所とは別の校門を抜ける。続けて、そのまましばらく移動した先に、一台の車が用意されていた。テッドやメアリは、はじめて見るが、本や雑誌では見たことがある。


「リムジンだ・・・」メアリが車種を口にして、テッドもその名前を思い出す。

「あ、あれに乗るんだね・・・・・・」メアリはうれしそうな顔をしている。

「メ、メアリ?状況がわかってる」テッドは彼女の様子を見て、不安になる。

「わかってるわよ。でも、ここまで来たら、行くしかないでしょ?」

「まぁ、確かにその通りだけど・・・・・・」


 はじめて見るリムジンに、メアリは興味津々だ。テッドは、彼女と対象的に男が何か仕掛けてこないか、心配して警戒していたが、リムジンに向かう間に危険が及ぶことはなかった。

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