第17話

 人々の流れに乗るような形で道を進んでいく。駅からバードル大学の構内までには、それなりの時間がかかりそうだ。セントラル大学校の方が駅からの距離は近いから、メアリはバードルに通う方がやっぱり面倒なことは多いかなと、テッドに内緒で思った。そんなことを思っているメアリをよそに、テッドは憧れていた場所に近づいていることを喜んでいるようだ。いつもにまして、彼が歩く速度が速いことにメアリは気がついていた。テッドの手に引っばられるように歩いていたが、徐々に足のかかとのあたりが痛くなってくる。


「テッド、もうちょっとゆっくり歩こうよ」

「あ、速かった?ごめん」

 テッドは自分の歩く速度について注意されることが珍しかったので、慌ててメアリの方を振り向く。

「気持ちが急いでいるのはわかるけど、女の子をリードしているんだから、もうちょっと気を使ってよ。あんまり急いで歩くから、足が痛くなってきちゃった」


 メアリが靴を脱ごうとして、バランスを崩してしまう。テッドが慌てて、手を貸し、メアリはテッドに支えてもらう形でバランスを保ちつつ、靴と靴下を脱ぐ。靴ずれを起こしていたようで、かかとのあたりが少し赤くなっている。

「ご、ごめん・・・」テッドはメアリのかかとの状態を見て、自分が無神経だったことを恥じた。

「あたしも、もうちょっと早い目に言えばよかった。でも、大丈夫よ。こんなときのためにいろいろと準備してあるもの」


 メアリが自信満々に言うと、肩にかけていたカバンを探り出す。そして、中から大きい正方形の形をした絆創膏を取り出した。

「これを貼れば、多少はマシになると思うの。で、テッド、よろしく」

 かばんから取り出した絆創膏をメアリはテッドに手渡す。

「うん、わかった」テッドはメアリに言われるまま、絆創膏を受け取る。

 メアリは、テッドに自分のかかとの状態が見えやすいように足を上げる。足を上げた拍子にまたバランスが崩れそうになったので、テッドはメアリの体を支え直した。


「ごめん、ごめん」謝るメアリに、テッドはほっと一息つく。

「しゃがむから両足で立てる?」テッドから言われて、メアリは一旦両足でバランスをとる。

「ここを持って」

 しゃがみこんで、自分の肩に手を置くようにメアリに伝える。そして、メアリが片足でもバランスがうまく取れる状態を作った。

「足を上げて」


 メアリに指示をして足を上げてもらう。赤くなったかかとの部分が見えたので、受け取っていた絆創膏からカバーを外す。できるだけ痛くならないように、絆創膏を怪我している場所に貼った。

「ありがと」

 テッドが無事貼り終えたことを確認し、テッドに支えたもらった状態のまま、靴下と靴を履いた。その後、メアリは試しに何歩か歩いてみる。

 その様子を見て、テッドは「大丈夫?」と聞いた。

「うん、大丈夫。これで全然問題ないわ」

「それなら良かった」


 テッドは、メアリの怪我の状態がこれ以上にひどくならないように気をつけようと思った。靴を履き直したメアリに対して、テッドは手をさし伸べる。その手をメアリが取り、2人は再び歩き出す。今度はメアリの歩く速度に合わせるようにゆっくりと歩く。 


 テッドはときどきメアリの方に振り向き、「大丈夫?」と声をかける。

「大丈夫よ。これくらいの速度だったら、全然大丈夫よ」テッドに向けて微笑む。

 その様子をみて、テッドは少し安心した。ここ数日メアリにずっと気を使ってもらっていた手前もあるので、これ以上迷惑をかけたくない。そう思えばこそ、ここからもう少ししっかりとしないといけないと感じた。


「あのね、テッド」メアリが歩きながらテッドに話しかける。

「何?」テッドは前を向いて歩きながら、メアリの声に答える。

「今日の靴、いつものと違って、新しいのを履いてきちゃった。だから、靴ずれしたんだと思う」

「え、どういうこと?」テッドはメアリが言っていることがいまいちわかっていない。

「だから、あたしのせいも少しあると思う。一方的にテッドが悪いみたいに言ったのはよくなかったかなと思って・・・」


 そう言われても、テッドはメアリの方を向かず、前を向いて歩くことを優先した。心の中ではそうかもしれないけど、ちょっと彼女に頼りすぎたかなと思っていたが、振り返って、何と言えばいいのかわからない。多分、彼女は今日のために新しい靴を用意していたのではないか。そう思うと、余計に申し訳ない気もする。


 しばらく2人黙ったまま歩いていたが、そのままの状態を放っておくのが嫌になったので、途中でテッドは立ち止まって、メアリの方を振り返る。急に立ち止まり、メアリはすこし困惑した表情でテッドを見ている。

「足の痛みは大丈夫?」テッドはメアリに優しく問いかける。

「うん、大丈夫」メアリは素直に答えた。

「よかった。じゃあ、行こうか」テッドはメアリに笑いかける


 テッドは前を向き、バードルへの道をもう一度歩き出す。その手に引かれて、メアリが付いて行く。心配していたテッドは、いつも通りに戻った気がする。もっと言うなら、前よりたくましくなった気がする。メアリは、その手に引かれることが何だか心地よかった。痛かった足のことを忘れてしまうほど、優しく先を歩く彼の姿が素敵だった。

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