第16話
セントラル大学校の最寄り駅から列車に乗り続け、30分程度が経った。列車の窓から見える景色は田舎っぽい町並みが目立つようになってきた。高いビルが存在せず、生えている木々の方が高い。セントラル大学校の周りが都会だっただけに、郊外に出たというだけで全然景色は違うものだなと、テッドは思った。
「落ち着いた町並みだね。空気が綺麗そう」
メアリが感想を述べると、テッドも同様に思ったので、素直にうなずく。テッドに言わせれば、まさしく勉強に集中できる環境が整っている気がする。噂だけでしか聞いていなかったので、実際に来るのは初めてだ。しかし、列車の窓から見える景色から確認するだけで十分に思えるほど、テッドは自分が想像した通りの場所だと思った。
「想像通りだね」
「何が?」メアリが聞き返す。
「バードル大学校の周辺には、娯楽施設とかがほとんどない。だから、学ぶための環境としては、全然いいなと思う。やっぱり、僕はここに通いたい」
「理想通りってこと?」
「うん、その通り」テッドはメアリに満足した表情を見せながら言った。
「ふーん」メアリが言うと、テッドはその反応が気になった。
「メアリは気に入らない?」
「そんなことないわよ。何で?」
「何だか・・・反応があんまりだったから・・・」
テッドの反応を見て、メアリは可笑しそうに笑った。
「普通、そんなことではしゃがないでしょ?テッドの言う通り、確かに勉強するには、落ち着いていいところね」
メアリはそう言って、窓から外の風景を見る。そして、急に閃いたように、窓の端にセットされていた鍵を外して、列車の窓を開けた。ひんやりとした気持ちの良い空気が風に運ばれて、室内に入ってくる。
「気持ちいい!どう、テッド?」メアリは髪を風になびかせながら、嬉しそうにテッドの方を向く。
「うん、気持ちいい」テッドは笑っているメアリにつられて、笑顔がこぼれる。
テッドの笑顔を見て、メアリは満足したように髪をなびかせながら、開いた窓から外の風景を眺める。流れていく風景が窓を閉めていたときより、肌を通して伝わってくる。風が空気や匂い、温度、感触を伝えてくる。目に見えない何かを伝えてくる。自分が生きている世界。目に見えているものだけが全てではない。列車の窓からも頭上に広がっている壁が少しだけ見える。あの壁も世界の全てはない。所詮はその一部として存在するだけだ。あの壁の先に抜けたからと言って、自分が生きている世界が変わるのだろうか。
「テッド?」メアリから声をかけられて、思考が止まる。
「な、何?」
「また、あの壁のこと考えていたでしょ?今は考えない方がいいよ」メアリは心配そうにテッドを見ている。
「ありがとう。大丈夫」
自分が徐々に壁のことを考えることに慣れてきたなと思った。今まで誰も触れていない事実を知ったとしても、意外と自分は変わらないのではないか。そういう自信が少しずつ持てるようになってきた。何が自分を変えたのか。考えればわかる話だ。自分の好奇心よりも、手放してはいけないものがある。そう考えれば、最後の決断はもう迷いそうにない。
「本当に大丈夫?」メアリにもう一度聞かれる。
「もう駄目かも・・・」テッドは苦しそうな表情をしてうつむく。
「本当?嘘でしょ?」メアリはテッドの嘘くさい芝居をあっさりと見抜く。
テッドはメアリの反応を見て、いたずらっぽく笑いながら顔を上げた。
メアリは呆れた表情を見せてから、すぐに怒った表情になった。
「本当に心配しかけたじゃない!もう!本当に馬鹿じゃない!」
「ご、ごめん」
テッドはふざけ過ぎたと反省しながらも、彼女に怒られていることに気持ちが落ち着く。メアリはすっかり機嫌を損ねて、そっぽを向いてしまう。
「ご、ごめん」テッドは頭を深く下げて、何度も謝った。
何度目かの謝罪を終えたとき、列車内に駅にまもなく到着するアナウンスが流れる。
「テッド、下りる準備して」メアリはさっきまでの不機嫌を忘れたように、テッドに話しかける。
そんな彼女の切り替えの早さに驚きつつも、テッドは列車から下りるため、座席に置いていたリュックを背負う。2人の準備が終えるころには、列車はホームに入り、まもなく停車するところだった。
テッドが到着した列車から降りると、先に列車から降りていたメアリは目の前に立っていた。ようやく到着した駅は、走行中の列車の窓から見た街並みと同じように、少し都会とは少し違う、のどかな雰囲気を持っていた。列車から降りて、改札に向かう人は多いが、それに対する駅構内の雰囲気が少し不釣り合いに思えた。
「やっと着いてたね」
「そうだね」
メアリの言葉にテッドはうなずく。テッドは一度でいいから行ってみたいと思っていた場所に到着して、感慨に浸りそうになったが、メアリから「さっさと行きましょ」と声をかけらえて、途中で断念した。
メアリの言葉に従い、テッドはメアリと一緒に改札に向かう。改札では、駅員さんが2人がかりでたくさんの乗客が差し出す切符を捌いていた。それなりに混在している列にしばらく並んだ後、駅員さんに切符を渡し、2人は改札を抜けることができた。駅の外に出ると、周辺はセントラル大学校のときほどではないが、大勢の人で溢れかえっていた。
「結構な人がいるね」メアリは少しうんざりした表情で言った。
「ここも人気があるからね・・・」テッドもメアリと同じようにうんざりした表情をする。
テッドは何かジュークの1つでも言おうかと思ったが、何も思いつかない。仕方がないので、メアリの手を握ってみることにした。
「あら?」メアリは驚きながらテッドの方を見る。
自分から手を握りながら、テッドはどんな顔をしていいかわからず、メアリの方を向かず、ずっと前だけを見ている。
「どうしたの?」メアリから聞かれて、テッドは何も答えることができない。
少しだけ無言の時間が生まれる。その間もメアリはテッドの方をじっと見ている。
「い、行こうか?」
「そうね」彼女の表情を見たが、変わった様子は見られない。
その代わりに、握られた手がいつもより少しだけ強く握られる。口には出していないが、頼りにしてるわよと、言われている気がした。
握られた手の感触に背中を押されたように、テッドはメアリの手を引いて歩き出した。駅の前の人混みはけっこうなものだが、歩きずらいと思えるほどの混雑さではない。全然人とぶつかる様子もなく、順調に行きたい方向に進むことができる。人の壁に阻まれることもなく、先行きは良好だ。
「どっちに行くの?」
メアリから尋ねられて、テッドは進む方向を指差す。セントラル大学校を訪れたときのように、学校までの道のりがはっきりわかるように道はできていない。そのため、一目見ても、どう道を進んでいけばいいかわからない。それに対して、テッドはバードル大学校のことについて、よく調べていた。そのおかげで、迷うことなく進むことができる。
「本当にこっち?」
「こっちで大丈夫だよ。バードルは駅から学校までの道のりがセントラルほど、分かりやすくはなっていないけど、下調べはしっかりしているから大丈夫だよ」
メアリは安心した表情を見せて、テッドの言葉にうなずいた。周りを見て、彼が移動する方向にほとんどの人が向かっていることに気がつく。最近の様子を身近で見ていたので、テッドのことを心配していたのだけど、今の様子を見て、大丈夫そうだと安心することができた。
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