第15話

 すでに乗る予定の列車はホームにたどり着いていた。この列車に乗り、途中の駅で乗り換え、合計で1時間半程、列車に揺られれば、今日の目的地のバードル大学校の最寄りの駅にたどり着く。

「列車来てるよ!」

 メアリは大きな声で叫びながら、列車のタラップに足をかけている。それに対して、テッドは列車を見上げるようにして立ち尽くしている。

「いよいよか・・・」


 テッドは、メアリにも届かないような、小さな声でつぶやく。憧れの大学校に行く興奮で、少し緊張している自分を自覚する。また、そこで待っているかもしれない、謎の男の存在にも興味が注がれている。いろいろな感情がテッドの中で入り混じっている。頭の中の複雑な気分を払拭するには、もう行くしかない。

「テッド!」

 メアリからの大きな声が再び届く。彼女もいるのだと思うと、勇気が少し持てた。彼女の声がした方向に歩き出す。


「ごめん、ごめん」

 メアリに謝りながら、彼女のところまで戻る。メアリは怒るどころか、心配そうな表情をしていた。

「本当に大丈夫?いやなら、無理に行かなくていいと思うよ」

「いや、僕は行くよ。メアリにあそこまで言われたんだから、僕は大丈夫。メアリこそ本当に大丈夫?怖くない?」

「怖くないよ。だって、何かあっても、テッドがどうにかしてくれるでしょ?」

「ああ、まぁ、そうだね」彼女の言葉に軽く笑う。


 彼女なりの励ましなのだろうと、テッドはそれを快く聞き入れることができる。そう言われた方が、テッドにとっても気が重くない。自分が彼女を守らないと。そう思えばこそ、余計なことを考える必要もない。テッドは彼女なりの気配りがやっぱり頼もしく思えた。

「大丈夫、大丈夫。テッドがいれば、問題ないよ」

 メアリから軽い調子で言ってもらえるだけで、なんだか自分が強くなれる気がする。


「それは楽観的すぎじゃないかな?」

 テッドは苦笑いながらも、彼女の励ましに感謝せざるえない。ここまでずっとずるずると引きずっていた気持ちもどんどん削られたかのように、今は思っていた以上に軽い。

「バードル大学校ってどんなところだろうね?」

 メアリがテッドに尋ねると、覚えている範囲でバードル大学校周辺について、テッドは答え始めた。


「えっと、確かね・・・・・・セントラルに比べると、少し田舎っぽいところだと思うよ。前に行ったから知ってると思うけど、セントラルはなんだかんだで商業的な施設も結構あるからね。国の最高教育期間というだけあって、周辺の街へのお金のかけ方もすごいみたい。それに比べて、バードルは学業優先で、あんまり娯楽施設はないみたいだね」

「ふーん、そうなんだ。テッドからしたら、学業優先なバードルの方がいいのね?」

「そりゃあ、もちろん。僕が好む条件は全部バードルにあるね」

「バードルに通うとなったら、1時間半の通学時間に加えて、大学校での講義でしょ?何だか遊んでる時間とかは全然なさそうね」

「メアリ、あのね・・・・・・」

 テッドが言いかけたところで言葉をさえぎり、メアリはさらに話を進める。


「わかってる。大学校ヘは勉強しに行くのは当然でしょ?でも、時には息抜きも必要でしょ?あたしはテッドと一緒の大学校に行きたいし、学校帰りに一緒に出かけたいと思ってるわけ。これはテッドにとって、嫌なことじゃないでしょ?」

「うん、それは嫌じゃない」

 テッドはメアリに言われるままうなずく。

「でも、どうしよう。そんなに時間がかかるなら、やっぱり一人暮らしを考えないといけないね?」テッドはメアリの言葉にうなずく。

「うん、だからね、ちょっと提案があるんだけど・・・」

 テッドが言いにくそうにしている。


「何?」メアリは不思議そうな表情をして、テッドの言葉を待つ。

「バードルに通っている学生は、意外かもしれないけど、セントラル大学校近くの住居をけっこう借りているんだ。理由としては、列車の途中がセントラル大学校の最寄りの駅に必ず止まるから」

「あ、うん、そうなんだ」


 メアリはテッドの言葉にうなずく。バードル大学校への列車での道のりは、セントラル大学校の最寄りの駅からさらに先へ列車で30分程度乗らないといけない。そのため、テッドの話によれば、セントラル大学校の近辺に住んでいれば、駅から30分程度移動するだけで、バードル大学校の最寄り駅まで移動できる。少なくとも、テッドやメアリの実家から直接通うよりかは、往復2時間程度の余裕ができる。国の制度を利用して、距離的な問題を解決するために、無料で住居が借りれるのなら、利用した方がいいとメアリも思っている。


「それで、それで?テッドは何が言いたいの?」と言って、メアリは早く答えを聞きたそうに、テッドに先をうながす。

「えっと、だからね・・・」

 テッドは恥ずかしがり、続きの一言が口から出せない。

「もう!早く言って!」


 メアリが苛立っているのを感じて、ようやく口に出すことができた。

「ふ、2人で暮らす方法もありかなと思っているんだけど・・・・・・」

「まぁ、それは検討しておくわ」

 テッドが恥ずかしながら言った言葉も、彼女には予想通りだったようで、満足ながらも余裕の笑みを浮かべていた。


 途中での乗り換えを含めて、列車に揺られて、1時間程度でセントラル大学校の最寄りの駅に着いた。ここに来るのは先週ぶりだ。見たことがある駅のホームを見ていると、ここに来たのが昨日だったような気がする。それくらいに記憶に新しい。


 先程メアリとの2人暮らしの話などをしてしまったばっかりに、窓側に座っているメアリが外に視線を向けている横顔を見ていると、ひょっとしたら来年の2人のことを考えているのかなと勝手な想像をしてしまう。


 来年の自分はどうしているだろうか。今日1日で色んなことが変わってしまうかもしれない。そんなことをまた考えてしまい、少し自分の想像が怖くなる。自分はどこにも行くつもりはない。来年も今日と同じように、メアリと2人で列車に乗って、通学する。それが毎日になり、当たり前の日々になる。月日はあっという間に過ぎいていくかもしれない。毎日毎日を同じように過ごして、2人の生活に慣れて、その積み重ねが時間の束の間に折り重なって、深い意味になっていく。


「テッド?」

 メアリがテッドの顔を見ている。テッドはその視線に気づく。勝手に2人の将来について想像を膨らませ過ぎていた。恥ずかしくて顔が赤くなる。メアリはテッドの心の中までは見えていない。しかし、テッドの様子が変なことには気づく。

「どうしたの?」と言って、彼女は笑っている。


 恥ずかしくて、自分が今どんな顔をしているのか。自分の赤くなった顔を見て、彼女に笑われているのか。視線を合わせられない。

「僕、変な顔している?」

「赤くなってる。何を想像していたの?」


 来年からの2人の暮らしについて、想像していたなんて言えない。それを聞いたら、メアリは呆れて笑うだろう。嬉しそうに笑うかもしれない。日々の中で積み重ねてきた思い出が自分の中で勝手に盛り上がる。きっと話をすれば、彼女は笑ってくれる。そう考えただけで、テッドには十分だった。


「ごめん、それは言えない」

「どうして?気になる」

「今は言えない。でも、想像したことが現実になったとき、話してあげる」

「なによ、それ。それまではお預け?」

「そう、お預け」

「そう、じゃあ、あたしも黙っておくわ」メアリはテッドの一言に拗ねてしまい、視線を外してそっぽを向く。

「黙っておく?何を?」

「お預けよ。叶ったときに教えてあげる」

「そうか、わかったよ」テッドはメアリの言葉を受けて、素直に了承した。


 言い出したのは自分だ。テッドはそう理解していたし、今はまだ聞かなくていいと思う。これは約束だ。2人がここまで来て、何を想像して、何を思ったのか。誰も知らない、お互いも知らない、2人だけの秘密。それを交えることができたとき、2人はどんな顔をして、毎日を過ごしているのか。まだわからない未来を想像している。


 列車内に出発のコールが流れる。開いていた扉が閉まり、再びゆっくりと列車が動き始める。テッドはメアリの方を見る。メアリは窓の外と見ている。この先、30分列車に揺られると、バードル大学校の最寄り駅に到着する。この先で待っている、セントラルで会った男は一体何者なのか。自分をどこに連れて行こうとしているのか。そして、その先に自分が欲しがっていた答えがあるのか。不安と期待が入り混じる。列車の窓から流れるように見える景色を眺めながら、今はただ揺れる列車に身を任せることにした。

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