第14話

 メアリにすっかり励まされたおかげで、肩の荷が少しばかり下りたが、テッドの不安が完全に消えたわけではない。これから2人はバードル大学校に向かう。その先で待っている男に付いて行くとなった場合に安全は保障されない。そこから来る不安がまだ拭えない。メアリが言う通り、冷静に考えれば怪しい話だ。メアリにそう言われ、自分がなぜあの男が言ったことに心を動かされたのだろうかと思う。


 それだけ自分にとって、ずっと心に抱えたものだったに違いなく、頭上の壁の向こう側にあるだろう「空」に憧れているということだ。そのことを改めて認識したが、そのためにメアリを巻き添えにすることになってしまっている事態が情けない。自分もまだまだ子どもで、一人前にはほど遠いなと反省しながら、励ましてくれたメアリの手をしっかり握り、駅までの道のりを歩いていた。


「ねぇ、テッド。今日の予定はどうするの?」

「え?」

 テッドはメアリの質問に間抜けな反応をしてしまう。今日の予定について、頭から完全に抜け落ちていることに、テッドは気がついた。本来の今日の目的は、バードル大学校への文化祭に行って、構内の様子や文化祭の雰囲気などを見ることだ。テッドにとっては待ちに待った日だし、今日はいろんな情報を持ち帰ろうと1ヶ月も前から少しずつ準備していたはずが、その気持ちがぽっかりと抜け落ちている。


「ああ、えっと、うん。今日の予定は・・・」テッドは背負っていたリュックを肩から下ろし、腕に引っかけるような形でリュックを体の前に持ってきた。

リュックのファスナを開け、中からノートを取り出し、口が開いたままのリュックをそのままにして、ノートをめくる。

「あれ、どこに書いたんだっけ?」

 テッドが今日の予定について書いたページを探すも、目当てのページは見つからない。


「ちょっと貸して」メアリは横からテッドが持っていたノートを奪う。

 何ページかをめくって、中身を確認するが、持ち主でないメアリがわかるはずもなく、「本当にこのノートに書いたの?」と言って、ノートを持ち主であるテッドに返す。

「あれ?これに書いたはずなんだけど・・・・・・」

 情けない小さな声を出しながら、もう一度中身を確認するが、見覚えがあるページが見つけられない。


「違うノートに書いてたんじゃない?」

「うーん、だとしたら、今日の予定は覚えてないなぁ・・・・・・」

 テッドはますます自分が情けなくなり、声が小さくなる。

「仕方ないわね。じゃあ、あたしのプランで行きましょうか?」

「え?」

 テッドはメアリの突然の提案に驚く。


「きっとこうなると思ってたの。だから、今日はあたしがエスコートしてあげる。と言っても、前の時のテッドの予定を参考にしただけだから」

「メアリ・・・・・・」

 テッドはメアリの言葉にとても温かいものを感じた。歩きながらとはいえ、テッドは周囲も気にせず、メアリのことをじっと見つめてしまう。誰もいなかったが、その様子にメアリも恥ずかしくて、「ちょっと、テッド。見過ぎよ」とテッドをたしなめる。

「ご、ごめん」


 テッドはようやく冷静になり、メアリから視線を外し、恥ずかしくなってうつむく。テッドは、今の自分が本当にダメだと情けなくなる。ただそれと同じくらい、今日はメアリの存在が頼もしい。気持ちが沈みつつも、メアリの優しさで心は暖かい。セントラル大学校に行ってから、メアリからいろんなことで助けてもらってばっかりいる。せめて、ここからは自分がしっかりして、彼女を守らないと思い、気持ちを引き締め直した。


 テッドがリュックを背負い直し終えたタイミングで、メアリから一枚の紙を渡された。

「何これ?」紙を受け取りながら、メアリに聞くと、「これが今日の予定よ」と自信有り気に微笑んだ。


 その表情を見て、テッドは自信満々な彼女の様子に可笑しさを感じつつも、真面目な表情を崩さず、すぐに紙を開いて、中身を確認した。紙には細かいスケジュールが書かれているわけではなく、簡単な行動プランの予定しか書かれてなかった。朝の何時から出発して、何時から何時頃までが列車の移動時間とか。そんな内容しか書いていなかったので、自分が立てた予定の方がもっと細かく記載していたので、心許ない気が少しする。


 しかし、予定を書いたノートを忘れてしまったので、すっかりノープランとほぼ変わりない状態になった自分としては、メアリが示したくらいのスケジュールが今の自分にはちょうど良いかもしれない。それほど見て回る時間があるかもわからないので、これくらいのスケジュールの方が機能的と考え、彼女が立てたプランにそのまま従おうと思った。

「うん、こんなものでいいんじゃない?」テッドはメアリから受け取ったスケジュールを返す。

「本当にいいの?」


 メアリは困った笑いを見せながら、テッドの様子を確認している。このスケジュールを見せたら、テッドはきっと怒るだろうと思っていたのだが、意外とすんなり受け入れられたので、拍子抜けしている。彼女からしたら、意外な反応だったようだ。


「スケジュールを書いたノートは忘れたけど、大体の予定は頭の中に残ってるよ。行きたいと思っている場所も覚えてるから、行ってから何しようとかにはならないと思う」

「あれ、そうなの?それなら、あたしはやっぱり付いて行くだけね。全然心配いらないわね」

「うん、まぁ、それは任せて」言いながら、メアリが立てたプランはどうなるんだかと心の中でこっそりと思いながら、口に出しては言わなかった。


 2人で会話を続けながら、歩いていると、街の駅に近づいてきた。セントラル大学校に行った時と同じ駅員さんが切符売り場にいた。テッドとメアリが近づくと、駅員さんは決まり文句のように、前回と同じく、「二人ともデートかい?」と声をかけてきた。

「ええ、そうです。だから、バードル大学校の最寄り駅までの切符2つください」

 テッドが「違いますよ」と言おうとする前に、メアリがあっさりと言ってしまい、テッドと駅員さんはそろって、メアリの方を見てしまう。


「そうか、デートね。バードルまでね。ちょっと待ってね」

 メアリの言葉を聞いて、駅員さんはすっかりご機嫌になり、バードルまでの切符を手早く用意してくれた。

「はい、どうぞ。2人分」

「ありがとうございます」


 メアリが朗らかに挨拶して、切符を受け取り、売り場から離れる。その後にテッドが付いて行こうとしたタイミングで、駅員さんから服の袖を引っ張られる。

「なんですか?」

「頑張ってこいよ」

 駅員さんがテッドの背中を軽く叩く。メアリが言った言葉で、テッドが困惑している様子を見て、楽しんでいるように思える。


「テッド?」

 メアリがテッドの方を向いた時には、駅員さんは、何事もなかったかのように切符売り場の中に顔を隠す。

「なんでもないよ」


 メアリに声をかけて、彼女の方に足を向けつつ、一瞬だけ駅員さんに視線を向

けると、頑張れよと意思表示するように、再びテッドの方に熱い視線を向けていた。自分たちのことをいつも考えてくれる街のみんなのことを考えると、この街は自分にとって、大事な場所だなと改めて感じた。この場所に必ず帰ってくる。もし、頭上の壁の向こう側に行くことになっても、それだけは絶対に守ろうと誓いつつ、テッドはメアリの後に付いて、列車が待つホームに足を踏み入れた。

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