第13話

 バードル大学校を訪れる日がやってきた。一昨日にメアリが見せた、テッドを見守るような暖かい笑顔がずっと引っかかっている。彼女は自分とどこまでも一緒に行く覚悟を決めている。その気持ちが嬉しいながらも、簡単にそれを受け入れられない、もどかしさがあった。約束の時間が近づいているが、セントラル大学校に行った日のように、気軽に彼女と会うことができない。待ち合わせの30分前になっても、彼女の家に向かうことが今日はできそうになかった。


「そろそろ行かないと・・・」口に出しながらも、テッドは行動に出せない。昨日はまだなんとか会えたが、今日はいつもと違い、彼女と会うのに気が乗らない。

「よし」掛け声をあげて、ベットから立ち上がり、そのまま床に置いてあったリュックに手をかける。


 もうどうあがいても、自分は行くしかない。そこで何があっても、自分は変わらない。そう思いながら、その時になって、自分が今と同じ気持ちでいれるかどうか。そのことが一番の心配事だ。

 リュックを背負い、部屋を出る。出てすぐに、自分の部屋を見返す。この部屋に帰ってくるのは、いつのことだろうか。なぜかそんなことを考えてしまい、首を振って、自分が変なことを考えていると、反省をして、自分の部屋を後にした。

階段を降り、テッドは玄関にそのまま向かう。自分が出かけるときは、いつも母が送り出ししてくれるのに、今日は珍しくやってこない。リビングの方を振り向き、テッドは不安な顔をしてしまう。母はなぜ来ない。玄関に向かうのを途中でやめ、リビングに向かい、リビングの扉を開く。母がのんびりとソファに座っている姿が見え、テッドの姿に気がついた。


「あら、今日どこかに出かける予定してたっけ?」母はいつも通り、のんびりとした口調で言った。

「うん、今日はメアリとバードル大学校に学校見学のために、文化祭を見に行くんだ」 

 テッドはできるだけ冷静を装って話した。

「そうだったわね。最近、メアリちゃんといい感じじゃない?どうなの?」

 テッドの母は2人の関係に興味津々だ。


「最近?うん、仲がいいのは相変わらずだよ。でも確かに、前より一緒にいる時間が多くなったかな」

「仲がいいのは知ってるわ。キスくらいはしたの?」

「まだそんな関係じゃないよ」テッドは母が自分の様子の変化に気づいていないようだと思った。

「そうなの?でも、毎日家に来ているじゃない?そう考えると、メアリちゃん、絶対あなたに気があると思うわよ」

「そうかもしれないけど、全部は大学校に受かってからだよ」

「そうね。2人ともまだ若いんだもの。焦ることないわね。それにしても、そういうからには、あなたも脈があると思ってるのね」

 テッドの母はそう言って、安心した表情をした。


「じゃあ、僕、もう行くね」開いていたリビングの扉と閉めようとしたところで、テッドの母は再びテッドに話しかけた。

「あなたがどんな選択をしても、メアリちゃんは受け入れてくれると思うわよ」母が言ったことに、テッドは驚き、「え?」と思わず再び母の方を見る。


 母は相変わらずソファに座り、先ほどまでこっちを見ていたが、今はもうテッドの方を見ていない。さっきまで読んでいた本にもう一度を目を落として、テッドにはあとは任せるとばかりに背を向けている。

 何もかもがお見通しなのかもしれない。きっと今、息子の身に何かが起こっていることにも、何となく気がついている。テッドにはそう思えて仕方がない。


「行ってきます」テッドは背を向けている母に言葉を送り、リビングの扉を閉める。玄関に向かい、靴を履いて立ち上がる。玄関から自分が生まれた時から過ごしてきた家の中を見渡す。

「行ってきます・・・」再び口にしてから、忘れまいと思い、自分が過ごしてきた家の中を見渡す。


 馬鹿のことを考えていたなと思い、テッドは首を振った。自分はまたこの家に戻ってくるんだ。テッドは妙な考えを打ち払うように、リュックを背負い直し、家の扉を開き、メアリとの待ち合わせに場所に向かうべく、自分が生まれた家を後にした。


 家の外に出ても、テッドはすぐにそこから離れられずにいた。少しばかり家の外観を見て、その家の形や色、装飾、細部に渡って見ている。あそこはこんな風になっているんだと、家の様子を改めて見ることが、なぜか自分の心をなだめる。心が落ち着いたところで、家から離れて、メアリの家の方を向くと、すでにメアリが家の前で待っていた。そのことに気づき、テッドは慌ててメアリの元に向かう。


 目と鼻の先とはいえ、待たせるつもりがなかったので、メアリのところまで息を切らせながらたどり着く。

 メアリは「まだ約束の時間じゃないわよ?」と可笑しそうに笑っていた。

「え?でも・・・家の前にいたし」

 テッドは呼吸を整えながら返事をする。ほんの少しの距離だが、全力疾走したためか、なかなか息が戻らない。


「こないだは待たせちゃったし、今日は逆に待ってようと思ったの。でも、私もさっき出たばっかりだから、まだそんなに待ってないよ」

「そうなの?」息を整え、テッドはようやくまともに話せるようになった。

「でも、どうしたの?家から出てきたのはいいけど、いきなり自分の家をぼうっと見たりして。なんか悪いことでもあったの?」


 メアリには、先ほどの家の前での行動の一部始終を見られていたようだ。

「えっと、まぁ、なんというか・・・」

 テッドは自分が何を考えているか、メアリにはっきりと説明していいものか迷った。テッドが言いあぐね、話を先に進めないうちに、メアリはしびれを切らした。


「言わなくてもいいわよ。どうせ、まだセントラル大学校でのことで悩んでるんでしょ?」あっさりと言い当てられてしまう。

「もう覚悟決めたら?壁の向こう側に行ってみたいんでしょ?そこに何があるのか、見たいなら、私も付いて行ってあげる。というか、あたしは行くわ。そうでもしないと、テッドは覚悟を決めれないでしょ?」


 すっかり覚悟を決めてしまったメアリを見ていると、自分も覚悟を決めるしかないと理解した。テッドは今までメアリのことを過小評価していたのかもしれない。彼女は本当に勇気があり、たくましい女性だと考え直した。彼女なら、テッドの何もかもを受け入れてくれる。母親が言っていたことが少しわかった気がする。


「あ、でも、あれよ。その変な男の人の話がちゃんと信憑性があるものなのかを聞いてからじゃないと、付いて行っちゃダメね。テッドが言うから、今のところは信じているけど、普通に考えたら、うさんくさい話の可能性が高いんだから、もっとじっくり話を聞いて判断しないとね」


 メアリはいつもよりずっと頼もしい様子だ。

「頼りにしてるわよ」弱気になっているテッドの手に自分の手を重ねる。

 その行為に背中を押され、テッドもようやく彼女に少し笑顔を見せて、「うん、ありがとう」と答えることができた。

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