第11話
メアリとの勉強が一息つき、休憩しているとき、彼女から「ちょっとだけ話がしたいだけど」と言われた。
「何?」メアリが真剣な表情をしていたので、テッドも彼女に向き合うようにした。
「昨日は何があったの?」
メアリは、昨日テッドに何があったのかを気にしている。メアリが離れている僅かな間とは言え、戻って来たときのテッドの様子は明らかに変だった。
「うん、変な人に声をかけられて」
「あの男の人ね」テッドに話しかけていた男をメアリも目にしていた。あのときからテッドの様子は変わったので、メアリはほぼ確信的に原因だと思っている。
「あの人に何か変な薬でもかけられた?それとも、脅しをかけられた?」
「いや、そういうことはされてない」テッドはメアリが言ったことを否定した。
「じゃあ、何?」メアリは尚更気になっている。テッドを心の底から心配しているのだろう。その気持ちがテッドにはうれしかった。彼女の気持ちを無下にするのは失礼だと思い、昨日起こったことを全て話そうと決めた。
「メアリと離れている間に、変な男の人から声をかけられたんだ。別に格好が変とかじゃなくて、僕のことを知らないはずなのに、まるで知っているかのように話しかけてきた。そういう意味で変だった」
「それで?」メアリはテッドに会話の続きを促す。
「それで、その人が僕にこう言ったんだ。壁の向こう側に興味はありませんかって」
「壁の向こう側?どこの壁」メアリは見当が付いていない。その様子を見て、テッドは上を指差した。少し大げさなリアクションを取って、何もない空間を下から突くように何度も上を指差す。
「天井?でも、これを壁っていうのは変じゃない?」
「そうじゃなくて、もっと上にある。大きな壁があるでしょ?」
テッドの言葉を聞いて、最初はわからなかったが、しばらく考えた末に頭上に広がる壁のことだと理解できた。
「あの頭上にある壁?あの壁に向こう側なんてあるの?」
メアリは不思議なことを聞かされ、怪しげにしか思っていない。
「メアリは聞いたことない?壁の向こう側の話って?あの壁の向こうには空が存在していて、青くなったり、黒くなったりするんだって」
「その話聞いたことあるかも。あれ、なんだっけ?昔読んだ童話の本に載っていたような・・・・・・」メアリは何かを思い出そうとしている。
「これじゃないかな?」
テッドは立ち上がり、自分の部屋の書棚から一冊の本を取り出す。
「あ、これ。テッドの家で読んだんだっけ?懐かしいね、これ」
メアリは昔読んだ本のことを思い出し、懐かしそうに見ている。
「うん、懐かしいね。いや、今はそうじゃなくて、この本の中身について話してるんでしょ?」
「それはそうだけど、久々に見たなって懐かしく思ったの」
彼女が言う様子を見て、テッドは可笑しく思ったので、少し笑ってしまう。テッドのその態度にも一言言いたいようだったが、それを何とかなだめる。テッドは元の場所に座り、手に持っていた本を開いた。そして、その中から2人の話題になっている「壁の向こう側」に関するページを開いた。何度もそのページを読み返していたので、感覚だけでそのページを開けるようになっていた。
「このページだ」テッドが問題のページを開いた状態でメアリに見せると、「うん、このページだね」と言って、メアリも一目見ただけで、そのページだと理解した。彼女にとっても、何度も読んだ懐かしい話だったので、ページに載っているイラストを見て、すぐにわかったのだ。
「ここに書いている内容は覚えてる?」メアリに尋ねると、少しだけ考えて、結局首を振った。内容までも覚えていないらしく、それくらいは説明する必要がありそうだ。
「このページには、頭上に広がる壁には向こう側があって、その先には空というものが存在すると書いてある。そして、昨日僕が会った男は、頭上の壁の向こう側に興味はありませんかと言ったんだ」
「それって、つまり、壁の向こう側について知っているっていうこと?」
「そういうことだと思う」
会話の終わりに沈黙が広がる。テッドも、メアリも、次に何を話せばいいのかわからなくなる。壁に向こう側が存在するなんていう話は、学校でも教わったことがない。メアリはこの童話を読んだが、学校でもそんな話に触れられたことないので、作り話だと思っていた。そして、テッドはどう考えていたのか。メアリはそのことが気になり、テッドに質問をした。
「テッドはこの話信じてたのね」
「どうして、そう思ったの?」メアリの質問に戸惑いながら聞いた。
「テッド、よく上を見上げていたから。今この話を聞いて、何となく思ったの。この童話を信じているんじゃないかって」
彼女の真剣な眼差しに、テッドは戸惑いを隠せない。自分が考えていることを見透かされたことに対してか。そうではなく、メアリは普段のテッドの行動をよく見ている。それに加えて、この話をしたことから、きっと彼女なりの推論をたてたのだろう。そのことに別に問題はない。問題は彼女がテッドの考えをどう思ったか。心配になりながら、本当のことを言った。
「うん、僕はこの本を読んでから、ずっと信じている」
「そうなんだ・・・・・・。でも、テッドがそう言うなら、きっとそんな気がする。ねぇ、どうしてそう思ったの?」
メアリはテッドに再び質問する。彼女があっさりとテッドの考えを受け入れたことに戸惑ったが、すぐに彼女の質問に答える。
「何でっていうか、壁って地面に対して、垂直に立つものじゃない?それが頭上にある壁は地面と平行している。少なくとも、僕にはそう見える。だから、不思議だったんだ。あれが壁って、何なのって?それと、この童話の話。これだけ揃うと、頭上の壁の向こう側に何かがあるって、僕は信じらえる。本当はあの壁、人の手によって作られたものなんじゃないかって」
「そうなんだ・・・」
メアリはテッドを不思議なもののように見ている。その視線にテッドは戸惑いを隠せない。ずっと一緒だと思っていたメアリが、自分を今までと違ったもののように感じている。その感触に触れるだけでも耐えがたい。
「僕、変なこと言ってるかな?」テッドはメアリに思わず聞いてしまった。
その一言にメアリは沈黙をする。何か言おうとして口を開いて、また閉じる。黙ったままテッドの方を見ている。しかし、メアリからは何も言葉がない。長い沈黙が続く。さっきまで楽しいと思えた時間が、あっという間に苦痛な時間になる。何か言ってくれと、テッドは下を向く。数分に渡る長い沈黙の後、メアリがようやく口を開いた。
「ごめん。テッドが言っていることが正しいかどうかは、正直わからないけど、これだけは言える。その人に会えば、本当のことがわかるかもしれないんだよね?」
「メアリ?」彼女の言葉を聞いて、テッドは顔を上げる。メアリは何かを決意した表情をしていた。
「あたしも会ってみたい、その人に。そして、確かめたい。テッドが言っていることが本当なのかを」
「でも、危ないかもしれないよ?」テッドがそう言うも、彼女は引き下がらない。
「だって、テッドは確かめたいんでしょ?」
「え?」
「だから、ずっと悩んでるんでしょ?その人に自分がずっと思っていたことを言い当てられて、今すぐ確かめたくて悩んでるんでしょ?テッドが考えていることは、学校でも教えられていないことだよね。だから、きっと何か秘密がある。それは一般に触れてはいけないことだとも思ってる。でも、テッドは本当のことを知りたがっている。その人に付いていけば、きっと答えが手に入る。でも、答えを知ったら、何かが壊れるかもしれない。だから、あたしには言ったんでしょ?あたしなら理解してくれるかもしれないと思ったからでしょ?」
メアリがまくし立てるように話す。テッドが自分で気づいていないほどに、彼の心境を言い表していた。一気に話した後、メアリは大きなため息をついて、テッドに向けて、彼がもっとも予想していなかった言葉を言った。
「もし、テッドがその人について行くなら、あたしも行くわ。テッドからそんな話を聞かされて、あたしも確かめないと気が済まないもの」
テッドはメアリの言うがまま、うなずくことしかできなかった。
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