第8話

 再びメアリの手を引いて移動していると、今度は不思議な香りが漂ってきた。

「何、この匂い?」メアリも同じように香りに気づいた。

「何だろう?不思議な匂いだね」

 テッドとメアリは、匂いを発している場所を探し始める。2人で何度も匂いを確かめ、意見交換を繰り返した結果、匂いが漂ってくる方角はわかった。不思議な楽器を見せてくれた場所とは別の方角だ。大学校の校舎まで大きな通りがあり、どの出店もこの通りの並びに沿って配置されている。匂いの元は通りを挟んで、ちょうど反対側にある場所からのようだ。テッドがちょうど通りの反対側に目を向けていると、一軒の店に目が止まる。


「あれじゃないかな?」テッドが指差した店をメアリも見る。

「あ、あれね。何の展示しているのかしら?ぱっと見、わからないわね」

「とりあえず、行ってみる?」

「うん」とメアリが頷いたので、テッドは彼女の手を引いて、再び移動を始める。


 大通りには、当然のようにたくさんの人が溢れている。人々の間を縫うように前に進む。もし自分がセントラルに通うことになったら、毎日こんな人混みの中を歩かないといけないのか。文化祭のときだけだと思いながら、前に進んでいく。握っている彼女の手が離れないことに注意しながら、人の間を抜けていく。途中で人にぶつかりそうになりながら、人混みを抜ける。一息ついて、手を繋いだまま、メアリの方を振り返る。


「大丈夫?」少し乱れた髪を整え直しているメアリに聞く。

「ちょっと嫌になってる」メアリは率直に愚痴を漏らした。

「それは僕も同感。もうちょっとしたら、どこかで休憩しようか?」

「そうね。それには大賛成。どこか落ち着ける場所に行きたい。喫茶店とかね」

「わかった。とりあえず、あの展示を見てからでいい?」

「もちろん。あたしも興味あるから」


 2人は意見が一致したことを確認し、不思議な匂いを漂わす店に近づく。近づくほどに不思議な甘い匂いを強く感じる。気持ちが軽くなり、リラックスした気分にどんどんさせられる。お店の店頭には誰も立っておらず、奥の方に長い髪を束ねた女性が1人だけ背中を向けて、何か作業をしている。


「こんにちわ」テッドが挨拶すると、背後からでもはっきりわかるくらいに、女性は驚いた様子を見せて振り向いた。

「あ、こんにちわ。じゃなくて、いらっしゃいませ」慌てた様子で急ぎ、店頭に向かってくる。

 慌ただしくしている様子を見て、テッドは悪いことをしたかなと思った。

「不思議な匂いがしたので、来たんですけど、何を展示しているんですか?」

 さっそく質問に入ったメアリは、この匂いが気に入ったのか、興味津々に見える。


「ここはですね、匂いを使ったカウンセリングについて研究しているゼミなんです。で、今はこの匂いを漂わせて、どれだけ人が集まるかを試しているんです。でも、今のところ、思った以上の成果が出ていなくて、ちょっと成分を変えようかと思案していたところなんです。だから、すみません。全然いらっしゃっていたことに気がつきませんでした」


 店番の女性は非常に丁寧な様子で話す。後半の理由については、テッドは別に話さなくてもよかったのにと思いつつ、一生懸命話す様子を見て、いい人だと思った。

「人が集まってこ来ないのは不思議ですね。結構いい匂いだと思ったのに」

「そう思います?それはよかった。でも、それだと人が全然お店に近づいてくれないのは、どうしてなんでしょうか?」彼女はテッドに質問をしてきた。何故僕に聞くんだろうかと思いつつ、テッドは少し考えて答えた。


「僕が思うに、単純に匂いだけでこのお店に近づく人はいないと思います。この匂いの発生元が、このお店に見当たらないのが理由じゃないかと思います。歩く人を見て下さい。匂いを嗅いで、あちこちを目を向けて、話をしている人は結構います。でも、匂いの発生元がこのお店だとは気づかない。要するに目印がない。匂いを感じても、その匂いを辿って、行き着く目印があれば、もっと人が集まるんじゃないんですかね?」


 テッドが言い終えると、熱心に聞いていた女性は「なるほど」と言って、何度も頷いていた。

「ということは、看板か何かを立てておく必要がありそうですね」

「そういうわかりやすいものが必要だと思います」

 納得した彼女は、テッドに言われた通り、お店の内容がわかるような何かを準備しようと店の奥に振り返る。しかし、すぐにテッドたちに向き直り、不思議そうに彼らを見つめて尋ねた。


「ところで、他の人はここまで来なかったのに、あなたたちはどうしてこちらに来られたのですか?」

「二人とも好奇心が強いんです」テッドがそう答えると、少し後ろに立っていたメアリは悪戯っぽく笑う。

「なるほど、そういうことですか。仲が良いんですね。お似合いですよ」

 店番の女性が2人を見て、思わず漏らした感想に、テッドは照れ臭そうな表情をしていた。

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