第7話

 駅から降りたら、セントラル大学校へは、真っ直ぐの道しかない。文化祭というだけあって、駅から降り立つと、何組ものグループがセントラル大学校へと向かっていた。大勢の人が向かうのを見ているだけでも、この国の最高教育機関だということを物語っている気がする。

「すごい人だね。これだけの人が集まるのを見るのは、都会とかに行かないとないよね。そういえば、久しく行ってないね、そういうところ。今度時間があったら、行かない?それこそデートみたい?」


 メアリは大勢の人が歩いている様子を見て、かなりはしゃいでいる。その様子を微笑ましく思いつつも、テッドは人の多さに少し辟易していた。こんなに人がいることを予想していなかったのが正直な気持ちだ。今のところ、移動には苦労していないが、セントラルの校内に入れば、きっと移動は面倒だろうと予測がつく。

「メアリ、はしゃぐのもいいけど、あんまり僕から離れないでよ。この人の多さだから、きっと校内はたくさんの人で溢れかえってる。下手したら、中に入ってから、離れ離れになっちゃうよ」


 テッドがそう注意すると、メアリは「じゃあ」と言って、テッドの手を握る。その行為を自然とされてしまったので、テッドは照れている余裕すらなかった。一度握られた手を離すのはもったいないし、何よりなんだか自分までメアリの楽しそうな気分に飲まれてしまいそうだ。

「放したら、だめだよ。しっかりと付いて来てね」と言って、テッドが先に歩き出す。


 テッドに連れられて、メアリも歩き出す。小さい頃によく手をつないで、2人で歩いていたことを思い出す。近所の公園などに一緒に行くときは、必ずと言っていい程、そうしていた。そんなことをテッドは考えていた。メアリも同じだろうか。

 テッドは彼女の方を振り向く。急に自分の方を向いたテッドを見て、メアリは驚いて、目を丸くした。それでもすぐに、笑顔を返す彼女を見て、テッドは心が落ち着いた。足取りが軽くなる。これは夢でない現実だ。テッドは心からそれを信じた。


「いっぱいの人だね」テッドは隣を歩くメアリに話しかける。

「それ、さっき、あたしが言った」と返すメアリ。

「そうだった」テッドは照れ臭く笑う。

 テッドは自分が知らない間に、はしゃいでいたことに気づく。周りを見回すと、テッドとメアリのように、手を繋いているカップルが何組かいることに気がつく。その様子を見て、まだ付き合っていない男女が簡単に手をつないでいいものかと思い始めた。手を放そうかと思ったが、離れ離れにならないようにするために行なっていることなので、決して他意があるわけじゃない。そう誰にも聞こえない言い訳を心の中で呟き、セントラルの校門に向かっていく。


 校門に辿り着いていないが、外から見ても、大学校の内部はたくさんの人で溢れかえっている。見学だけでなく、観光という意味でも訪れる人が多いという話は聞いたことがある。その規模がテッドが想像していたよりかなり多い。

「すごい人だね。世界中の人が集まっている気がする」

「それはさすがにないけど、本当にすごい人」

「どうする?もうこのまま行く?」

「うん、どうせならは早く中の雰囲気を見たい」


 ここに来るまで興味がなかったが、これだけの賑わいを見ると、やっぱり人の気持ちは変わってしまう。何だかお祭り騒ぎで仲間に入らないと、損をしている気分になる。

 テッドはそう感じて、最初から乗り気なメアリを引き連れて、校門への道を歩いていく。校門にさらに近づき、人の多さは前方の視界を塞いでしまうほどになる。校門をくぐる頃には、身動きが徐々にとりにくくなる。

「メアリ、あんまり離れないようにね」テッドが注意を促す。

「はいはい、わかってますよ」


 メアリは少し緊張に欠けるような返事を返す。しかし、テッドの手をしっかりと握って、離れないように体も寄りそうようにしている。

 賑やかな校内は笑顔の人で溢れかえっていた。その様子を楽しむように、2人は校内の奥に向かって、人混みをかき分けるように進んでいく。


 校内に入り、人混みの中を縫うように移動していく。その間にさまざまな催しがされていることに気がつく。大学校には、各学部に属しているゼミと呼ばれる、講師の下で研究するクラスのようなものが存在する。それらを紹介するための出店が校内に軒を連ねている。それ以外の出店として飲食系のものもいくつかあるが、基本的には大学校の宣伝という意味が大きいので、出店のほとんどはゼミの宣伝だろう。一つ一つに違いがあるようだが、見た目だけでは判断できない。テッドは一つ一つのお店を確認する気はあまりないが、メアリは興味がありそうだ。


「何を出店してるんだろ?」

「気になる?」

「気になる。ちょっとだけ見てもいいかな?」


 メアリが興味を持ったものが気になったので、テッドはその後に付いていく。先ほどまではテッドが手を引くような形で移動していたが、今はメアリの方が手を引いている。興味に惹かれるままに動く彼女に付いて行くのが面白い。彼女はどんなものに心惹かれたのか。人混みの間を順調に抜け切り、奇妙な展示をしているお店に辿り着いた。

「いらっしゃい」出店のカウンタ越しに立っている店番の青年が迎えてくれる。

「こんにちは、何を展示しているんですか?」

「これ、何かわかりますか?」

「何これ?テッドはわかる?」メアリがテッドに尋ねる。


 出店のカウンタに不思議な形をしたものが飾られていた。天使の輪のような形をしたそれを見て、一体何をするものなのかがわからない。

「これは何ですか?」テッドは見たことがなく、心当たりがないので、素直に聞いた。

「これはこう使うんですよ」店番をしている青年は、その不思議な物体を少し傾けるように持ち上げ、底にある電源スイッチを入れた。

「何、この音?」電源を入れた瞬間、不思議な音を発するようになった。その音を聞いて、メアリが驚く。この機械は何だろうか。テッドとメアリのどちらも、この機械の存在を知らない。


「これは何かの楽器ですか?」当てずっぽうではあるが、テッドが聞く。

「いい勘していますね。その通りです」店番の青年が驚いた様子で答えた。

「これが楽器?全然そうは見えないよ?」

「これの元になった機械が別にありましてね。その機械が出す、不思議な音を利用しようと考えた人がいて、そこからこの楽器が生まれたんです。そして、こうやって演奏します」


 店番の青年は機械に両手を徐々に近づける。そして、ある一定の距離から近づけるほどに音が変わる。今度はその機械の輪っかをなぞるように手を動かすと、手を動かすごとに機械が発する音が変化する。天使の輪っかの機械を中心に、さまざまな位置に手を動かし、聞いたことがある曲を演奏してくれた。

「あ、この曲知っている」

「そうです。有名な曲ですから」

「そうですね」

 テッドは音楽を聴いている内に、楽器を操作している青年の話に興味を出てきた。演奏している青年に質問を持ちかけると、気前よく答えてくれた。


「これは一体どういう原理で動いてるんですか?」

「これはですね・・・。ふたつの高周波発信器を使って、高周波の電気信号を発生させ、その差の周波数を音として取り出す仕組みで動いています。と言っても、僕も原理について、あまり詳しいことは勉強中です。今年、ゼミに所属されたばかりで、これから周波を使った技術について学んでいくところです。今日は文化祭なので、自分が所属しているゼミの宣伝です。地方の学生さんだけでなく、企業の方も来ています。正直あまり気を抜いて、店番できなくて、面倒ですけどね」

「そうなんですね。大変ですね」テッドは青年に労いの言葉を送る。

「そうですね。でも、交代制だから、それほど苦ではないですよ」


 そう言って、店番の青年は再び演奏を始める。不思議な楽器が奏でる音楽が面白くて、もう少しだけ聴いていたいが、メアリが他の場所にも行ってみたいのか、服の袖を少しばかり引っ張っている。

「ありがとうございます。参考になりました」

「こちらこそ、ありがとうございました。良かったら、また来てください」

 テッドとメアリは青年に一礼して、一緒にその店から離れる。少し離れたところに移動して、さっきの店の様子を伺うと、彼はまだ演奏を続けていた。

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