第6話
駅員さんに切符に入場の証を付けてもらい、駅構内に入ると、列車はちょうどホームに入ってくるところだった。入ってきた列車にすぐに乗り込み、近くに空いている席が2人分存在していた。その場所を指差して、「あそこに座ろうか?」と声をかける。
「いいよ」とメアリが答えた。
2人で並んで座る。肩を並べて座ると、テッドは少しだけ緊張してしまった。座った後、列車が出発するまで少しだけ時間があったが、その間、2人の間に会話はない。テッドは気持ちが落ち着かず、まだ出発しないかなと周りの様子を伺う。そんなことをした後、メアリの方を見ると、彼女も同じように周りの様子を見ていた。待っている間にやっていることが同じだと気づき、彼女も同じように緊張しているのだなと思い、テッドは安心することができた。
「今日の予定は僕に任してもらっていい?」
メアリに話しかけると、テッドの方を振り向く。振り向いた彼女の顔が思った以上に近くて、少し驚く。表情はいつもと変わらない。しかし、漂って来る香りがいつもと違う。香水を使っているのかと気づく。
「うん、おまかせで」
その言葉を受けて、昨日の夜中に考えてきた今日の予定を、テッドは頭の中で思い出していた。夕方までにこの駅に帰ってくる予定で、それまでの行程をある程度細かくまでは決めている。できるだけ、自分の好みより彼女の好みを優先させようとしたが、あんまり2人っきりで出かけた機会がなかったことに気づき、結局自分好みに加えて、彼女が好きそうなものを予想した行程になってしまった。ただし、どれだけ考えても、メインはセントラル大学校への見学なので、それほどあっちこっちに行くわけでもなく、ランチを食べるお店、休憩するための喫茶店、文化祭の見学後に少しだけ過ごすための場所を決めたくらいだ。それほど大変な予定を立てたわけではなく、後は行き当たりばったりでも何とかなる程度のものとなっている。
そんなことを考えていると、ようやく2人が乗っている列車が動き出した。動き出した後、沈黙が訪れて、テッドは向かい側の窓から見える、外の風景をしばらく見ていた。列車が加速し、ある程度の速度になり、列車の速度が安定したところで、メアリから声をかけられ、テッドは彼女の方に目を向ける。
「楽しみだね。文化祭」
「うん、まぁ」
「楽しみじゃないの?」
「楽しみだよ」
「何が楽しみ?」首を傾げながら、探るように彼女は問いかける。
その問いかけにどう答えようかと思い、まっすぐ彼女を見る。そうすると、彼女もテッドの方を見ている。2人揃って目が合ってしまい、逸らすことができない。しばらくお互いを見続けていると、だんだん恥ずかしくなってきたのか、彼女の方から目を逸らした。
「まだちょっと早いかな?」と言った彼女に、「何が早いの?」と今度はテッドが聞き返す。彼女がテッドの方に目を向け、再びお互いに目が合うことになった。しばらく沈黙が続く。
「わかってるくせに」彼女が笑った顔を見て、テッドは笑い返すことしかできなかった。
列車に乗り、しばらく移動した駅で次の列車に乗り換える。待ち時間も含めて、その移動時間は大体1時間程度だった。セントラル大学校の名前だけは、受験ということで、すでに知っていたが、実際に行き方までは知らなかった。調べてみると、列車で通えば、実家からでも十分通える場所に存在することを、テッドは初めて知った。
そのことを列車の中でメアリに説明すると、テッドとは逆の反応だった。
「もっと近いと思ってた。そんなに時間かかるんだ。通学は面倒だね」という感想だった。
思っていた以上に遠いという感覚は、テッドにも良く分かる話だ。2人が通っている中学校でも、歩いて20分程度の場所に存在する。だから、メアリからしたら、とても遠い場所にある学校だ。何より毎日通学のために列車を乗り継いで行かないといけないのは、今までの学校生活に比べると、遥かに面倒となる。彼女が言っている感覚の方が断然正しいだろう。
「セントラルなら、まだそんなものだけど、バードルはもっと遠いよ」
そう言うと、メアリは非常に嫌な反応をした。バードルに通う気になっていたメアリからしたら、衝撃的な事実だったようだ。彼女は難しい表情をしたまま、
「どれくらいの移動時間なの?」と、テッドに質問した。
「1時間半くらい。セントラルよりも遠い」
その一言にメアリは目を丸くしていた。
「そんなに時間がかかるの?どうしよう・・・・・・」
彼女がセントラルで遠いという印象を持っているなら、バードルの通学時間についてのショックは更に大きなものだろう。悩む彼女を見て、多少の助け舟になりそうな話もテッドは伝える。
「でも、国の制度で大学校に進学する生徒に対して、無償で住居を提供する制度があるよ。今住んでいる場所より通学するのに、1時間以上かかるという距離的な条件があるけど」
テッドがそう説明するも、メアリは「それでも・・・」と前置きして、「やっぱり遠いね。気楽に考えたけど、通えるようになるまでに、もうちょっとしっかり自分で生活できるようになっておかないと、大変そうだね」と言った。
テッドは彼女がそう言ったことにほっとした。説明して、やっぱり止めると言われたら、どうしようかと思っていたからだ。そのまま話を続ける。
「そうだね、一人暮らしは覚悟しておいた方が良さそう」
その後も、テッドは自分が知っている限りの情報をメアリに伝えた。バードル大学校、セントラル大学校がある周辺の街がどんな場所なのか、国が無償で住居を提供してくれる制度について、それぞれの大学校の授業のカリキュラムについて、何日も渡って調べた、様々な情報をメアリに語った。
語ったが、テッドの話し方が良くなかったのか、メアリは途中からずっと眠そうに聞いていた。それでもテッドは熱心にメアリに語りかける。そんな会話を繰り返しながら、途中で列車を乗り換え、目的地へ向かう。気がつけば、1時間の移動時間を経て、2人はセントラル大学校の最寄りの駅までたどり着いた。
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