第4話

 次の日の朝、いつもより早い時間にメアリがテッドの家を訪ねてきた。いつもなら約束の時間が決まっており、メアリの家の前で待ち合わせする。それが今日に限っては、メアリがテッドの家を直接訪ねてきたので、テッドは慌てて起床することになった。とりあえず着替えを済ませ、リビングまで行くと、メアリはテッドの母と談笑していた。


「おはよう、テッド。こんな時間までまだ寝てたの?もうちょっと早く起きた方がいいわよ」

「これでも今日は早い方よ。メアリちゃんが訪ねてくれたから、いつもより早く起きてきたけど、いつもはもうちょっとゆっくりよ」

「余計なことは言わなくていいよ」

 テッドは母親の発言に思わず、口を挟んでしまう。メアリに自分の恥ずかしいところを言われるのが、何だかたまらなかった。


「大丈夫よ、テッド。思ってた通りだから。でも、来年で中学校を卒業するのよ。もうちょっとしっかりしないとね」

 テッドの母の言葉に乗って、メアリまでそんなことを言い始めた。自分の家のはずが、すっかりテッドは肩身が狭い気分になる。


「メアリ、もう行くよ」

「あら、テッド。朝ごはんは?」

「今日はいらない」

 テッドはその場にいるのが堪らず、さっさと家から出ようとしたが、メアリは黙っていなかった。

「ダメよ、テッド。朝ごはんは食べないと。朝から頭が働かないよ」


 メアリに言われると、何故かテッドはそれを退けることができない。黙って、メアリの方をじっと見てしまう。何だか自分が子供のように思える対応だ。メアリと母の2人相手に逆らう訳にいかなくなり、結局朝食を食べることを選択した。

「わかった。食べるよ。母さん、お茶が欲しい」

「仕方ないわね。あ、大丈夫です。お茶は私が淹れます」

「そう?じゃあ、メアリちゃん、お願い。テッドは座ってなさない」

 二人が朝食の準備を始めてしまい、テッドは黙って座っているだけになってしまった。それ程待たずに、メアリがお茶を淹れ終えて、テッドのところに持ってきた。


「はい、どうぞ。ミルクはいる?砂糖も?」

「あ、うん。ミルクだけでいい」

「OK。ちょっと待っててね」

 メアリは自分の家でないにも関わらず、何故かテッドの家の冷蔵庫を開けて、ミルクを取り出して持ってきた。いつから彼女はテッドの家の台所について把握したのか。それ以外にも、食器棚を開けて、スプーンやフォークをテッドの前に並べる。朝食を乗せるための皿も取り出し、それをテッドの母に渡している様子を見ると、その把握範囲は見事としか言いようがない。テッドはどこまでメアリが自分の家のことを知っているのか、興味を持ちつつも、彼女に聞くことができなかった。


 朝食を急いで食べ終えて、家を出てすぐにテッドはメアリに話しかける。

「メアリ、一つだけ確認したいんだけど、いいかな?」

「何よ?急に改まって」メアリの機嫌はいつもより良いように見える。その様子にほっとしながら、テッドは話を進める。

「今日は何で僕の家に直接来たの?いつも通りにメアリの家の前の通りで待ち合わせで良かったと思うんだけど・・・・・・」


 テッドの質問に、メアリは合わせていた目を少し逸らす。テッドの質問に考える素振りを見せる。テッドからの質問に答えるのに、彼女がそんな反応を見せるのは珍しい。言葉を慎重に選んでいる様子で話し始めた。

「そうね・・・・・・。ちょっと今日から自分の生活を改めようと思って。あと、せっかく勉強教えてもらうんだったら、図書館とかよりもっとリラックスできるところでやった方がいいかなと思ったの?」

「それって、どういうこと?」話が噛み合ってるようで、噛み合っていない。


 メアリの答えは、テッドの直接的な返答になっていない。テッドはそのことを気にしながらも、メアリの話の続きを聞くことにした。メアリはもう一度考える仕草を見せて、テッドにさらに自分の希望を口にした。


「どうせなら、テッドの家で勉強した方がいいかなと思うの。図書館とかわざわざ行くのが面倒だし、テッドの家だったら、私の家からすぐ近くにあるから、安心して通えると思うの。だから、どうかな?」

 どうと言われて、テッドには彼女の考えがわからなくはない。テッドの家で勉強を行えば、メアリの家はすぐ近くだし、ほとんど彼女の家で勉強しているのと大差がない。ただ図書館で勉強した方が何かと本がたくさんあって、調べ物をするのには便利だ。環境としても静かなので、勉強に集中しやすいと思う。彼女がそのことを考えなかったとは思えない。実際、彼女と電話で話したとき、図書館で勉強するつもりで話をしていたことを覚えている。それから何があったのか、メアリにとって、テッドの家で勉強した方がいいと思えることがあったようだ。テッドはその原因に心当たりがある。この話の続きをしようか迷ったが、しつこく追及すると、また機嫌を損ねてしまうかと思い、そのまま彼女の意見に従うことにした。


「わかった。メアリの言う通り、僕の家でしようか?」

「OK。それじゃ、今日の帰りにそのままテッドの家に行かしてもらうわ」

 メアリがテッドの家に行くことは、今までからしても、珍しいことではない。それなのに、メアリの態度を見て、今までと違う雰囲気を感じている。その雰囲気は、テッドにとっては嬉しくもあり、不安にもなれる不思議なものだ。手に取るようにわかるようで、とても責任の大きなものだ。テッドはそれを直感的に理解していた。


「じゃあ、今日もいつも通りに学校からの帰りは一緒にね」

「うん、了解」

 いつもそんなことを彼女が言わないこともテッドは気づいていた。帰る頃になれば、いつも彼女が自分の席に勝手にやってきて、「帰ろ」の一言で済むことだ。

 大学校に通う頃には、二人の関係性がさらに濃いものになっているのだろうか。そんなことをうっすらと思いながら、元気よく先に行くメアリの後を歩いていく。

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