in the dark.
世界は終焉を迎えた……はずだった。
威焔は死んだはずだった。
彼が意識を取り戻した時、その視界は暗闇に閉ざされていた。
黒。
一切の光のない空間は、ただただ黒く塗りつぶされていた。
地面があるわけでなく、空気があるわけでなく、何かに引き付けられるわけでもない。
無と呼ぶに相応しい虚空。
彼はそこで目覚め、呼吸ができない苦痛の中で、予測していた絶望を噛み締めた。
無数の殺戮に明け暮れたのだから、天国に行けないのも当然か、と。
どれくらいの間その苦痛が続くのか、彼には見当も付かなかったが、沙汰を俟たずに投げ込まれた地獄で刑の終わりを待とうとした。
しかし、そこで彼はおかしな事に気付く。
生前と同じように、いや、まるで未だ呪いは解けていないとでもいうかのように、体が再生し続けるのだ。
身悶えすれば衣摺れの感触が訪れ、腰には生前帯刀していた愛刀の存在も伝わってくる。
滅びる前の世界では、様々な人々が死後の世界について語っていた。
ある者は天国と地獄があると言い、ある者はそんなものはなく無に帰すのだと主張した。
語られた天国と地獄には無数のバリエーションがあった。
今の彼の状態を言い当てた地獄はなかったと彼には思えたが、そういうことも有るのだろうと考えることを辞めた。
再会を夢見た妻と会えないという絶望、その苦痛の前では、肉体の苦痛など些細なことで、地獄がどのようなものであろうと意味を見出せなかったからだ。
(死んで、会いたかったなぁ……)
彼は泣いた。
溢れた涙は溢れ出るままに闇に溶けて消え、音を伝え得ぬ虚空は彼から叫びを奪った。
掻き乱れた思考が再び落ち着きを取り戻すまで、どれほど時間が経ったことだろう。
肉体の再生が、真空が苦痛をもたらす速度を上回り、乱れた精神――神経にまで及んでから暫し。
無理やり泣くことすら適わなくなった彼は途方に暮れ、未だ訪れず、訪れる気配すらない
それが訪れる確証など無かったが、落ち着いてしまっては仕方がないと、持て余した暇の潰し方を考え、実行することにしたのだ。
彼は、まず刀を振った。
無心に素振りでもしていればいいと軽く考えたが、支えるものが何もない空間でのその試みは至難を極めた。
重さを感じるための重力すらないのだ。
刀を振れば慣性は感じ取れたが、刀を振っているのか、刀に振られているのか、闇の中ではそれすら判別がつかない。
手応えを得られない試みを一旦諦め、魔法で光を灯してみることにする。
音を発し得ない真空でのその試みは、無詠唱での魔法の行使を必然として彼に課した。
光を灯す魔法の記憶を掘り起こし、可能な限り魔力の流れを思い起こして、何度も発現を試みる。
数百、数千と失敗を重ねた末にようやく発現した光は、肉体の再生のために魔力を吸収し続ける呪いによって、瞬く間に消し去られた。
(魔法は発現した。ならば……)
彼の次の
光も空気もない闇には、魔力だけは無尽に存在し続けていた。
その無尽の魔力を際限なく使って、光を灯す魔法の試行錯誤が繰り返される。
込める魔力量の調整に始まり、発現する距離や大きさの調整にまで工夫が繰り返される。
瞬きのように無意識に光の魔法のコントロールを可能にした頃、彼の興味は記憶にある自他の魔法の修得に移っていた。
彼と闇、無尽の魔力、魔法で生み出した光、他に何もないその場所で、修得を図れる魔法には限りがあったが、ゆっくりと薄れ行く記憶に縋るように、縫い止めるように、思い出せる限りの事物の再現を試みた。
魔力によって土を生み出し、水を生み出し、炎を生み出し、大気を生み出した。
生み出された何もかもが瞬く間に消え去ったが、無限の時間の中で夢中になって――必死に、追体験を追い求めた。
しかし、純粋な魔力だけによる生命の創造だけはとうとう適わなかった。
切り落とした自分の腕を媒介に生命の創造を試みて、ほんの一瞬、人に似た生命の創造に成功したが、それは目覚めの時を迎えることなく、ぼろぼろと崩れて死んでしまった。
当たり前になっていた孤独が一瞬、ほんの一瞬だけ癒され、それを死なせてしまった後悔が彼の心を押し潰した。
彼はまた泣いた。
泣きながら、死なせてしまったのが妻でなく、父でもなかったことに安堵している思考に気付き、自身の卑しさを嘆いて泣いた。
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