隣人さんのコスプレは誰にでもできる!

ちびまるフォイ

隣人さんはもう1人

「日本で暮らすみなさんの安全のために隣人さんを導入します!」


ニュースで偉い人が言っていたがなんだかわからなかった。

しばらくして自分の隣に「隣人さん」が並び立つようになって意味がわかった。


「あの、こんにちは……私、鈴木紗枝です」


「…………」


「あのぅ」


「…………」


隣人さんはなにも話さない。


大統領のボディーガードのようにぴったりと私にくっついている。

食事も就寝もはてはトイレも一緒。


最初はいろいろ問題があったが人間の適応能力とは恐ろしいもので、

これが今や普通になってしまった。


「つか、あたし隣人さんがついてから痴漢されなくなったわ」

「わかるー」


「そういえば、ニュースでも犯罪減ったって書いてた」

「やっぱりねー」


クラスの話題はもっぱら隣人さん。

クラスメートと同じ数の隣人さんが教室につったっていても、

今やもう誰も気にしない。


「みんなーー。席につけーー」


先生と一緒に隣人さんが入ってくる。

これも今までと同じごく普通の日常風景。


でも今日だけは違った。


先生のあとに隣人さんと、男子がひとり教室に入って来た。


「家の都合で転校してきた松居君だ。みんな、仲良くしてくれよ」


「「「 はーい 」」」


テンション低めのクラスメートと反して私の心は高鳴っていた。

これが恋だと認識するまでに時間はかからなかった。




思い切って声をかけたのが幸いしたのか、

私と松居君は付き合うことになった。


「紗枝、キス……してもいい?」


「ダメだよ。見られてるもん」


「誰もいないじゃないか」


「隣人さんが……」


放課後の教室には誰もいないが、お互いの隣人さんはいる。


トイレやお風呂までついてくる性別不詳の隣人さんだとしても

こんなプライベートなところは見られたくない。


「そっか……」


松居君は残念そうに体を離した。


「ごめんね。なんかみられると……やっぱり恥ずかしくって」


「気にしなくていいよ。無理に隣人さんを離せば逮捕されるし……さ」


ふたりの関係がぎくしゃくし始めたのもこのころからだった。

キスを拒んだせいもあってか、松居君はどこかよそよそしくなった。


きっと自分の時間が欲しいのかと思っていたら、

唐突に別れを告げられた。


「……別れよう。もう無理だよ」


「松居君、どうして!? 私を嫌いになったの!?」


「それはこっちのセリフだよ! キスもさせてくれないくせに!

 本当は俺を彼氏っていうアクセサリーとでも思ってるんだろ!」


「ちがう……ちがうよ、それはただ隣人さんがいて恥ずかしいから……」


「それが恋人じゃないって言ってるんだ!!」


松居君は去っていった。

お互いに好きな気持ちがあるからこそ傷つけあう皮肉。


どうすれば、また最初の頃のように戻れるのか……。


「……ぜんぶ、ぜんぶ隣人さんが悪いんじゃない!」


私は思い切り自分の隣人さんを突き飛ばした。

倒れた隣人さんを無視して離れた瞬間に警報が鳴った。



『警告。隣人さんとの距離が離れすぎています。

 これ以上距離を離すと犯罪者としてあなたは逮捕されます』



「もうっ……!!」


足が止まった。

起き上がった隣人さんが追い付くと警報は止まる。


犯罪防止のためとはいえ、隣人さんを離すことは許されない。

でも隣人さんを離さないと松居君との関係は終わってしまう。


「どうすれば……」


ふと、隣人さんを見つめた。

性別不詳で体型もあいまいで顔もわからない。


これなら入れ替われるんじゃないか。




私は隣人さんになるために変装グッズを買い込んだ。


「うん、完璧! これならどこからどう見ても隣人さんだ!」


鏡には隣人さんと、隣人さんになりきった私が映っている。

どっちが本物でどっちが偽物かなんてわからない。


次に隣人さんを普通の人間に変装させる。


鏡には隣人さんの私と、人間の隣人さんが映っていた。


「あとは隣人さんを犯罪者として逮捕させればいい。

 そうすれば私は晴れてフリーの人間になれるわ」


人のいない路地裏に行って隣人さんを固定する。

今度は私が距離をあけていく。



『警告。隣人さんとの距離が離れすぎています。

 これ以上距離を離すと犯罪者としてあなたは逮捕されます』



警報が鳴った。

でも怖くない。


さらに距離を開ける。



『警告。隣人さんとの距離が一定以上離れました。

 あなたを犯罪者として逮捕します』



作戦成功。

すぐに警察がきて隣人さんを捕まえるだろう。


だって今の私たちは入れ替わっている。

誰がどう見ても私は隣人さんで、犯罪者は人になりきっている隣人さんだから。


パトカーのサイレンが鳴り響いて、隣人さんの前で停まった。


「やった! これで隣人さんが捕まって離れられる!」


中から警察官が出てくると、隣人さんに敬礼した。



「ご協力、ありがとうございました」


「…………」


「あなたのそばで隣人さんのフリをして

 ストーカーをしていた男を逮捕できました!」


「…………」


「では、この男をこれから署に連れて行きますので!

 おい、いくぞ。このストーカー!」


警察官は話している相手が変装させた隣人さんと気付いていない。


「ちがう! 俺はストーカーなんかじゃない!!

 ただ……教え子が心配でずっとそばにいたかっただけなんだ!!」


パトカーに乗っているストーカーを見て言葉を失った。

担任の先生は隣人さんの恰好をして手錠をかけられていた。



「それじゃ、今まで隣人さんと思っていたのは……」



隣人さんが定期的に入れ替わっていたことは、もう考えないようにした。

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