第45話 頭の角は「悪」のしるし

 人間の集団の中心には、ものすごくイケメンな男がいた。さらさらとしたブラウンの髪、白い肌と左右対称の顔のパーツ。背も高く、すらりとしている。銀色のぴかぴかと光る鎧を着て、手には装飾のついた剣を持っている。

 何もかも完璧だ、そんな印象を受けた。


 その集団のうちのひとりの、飾りのついた大きな杖を持った少女が、

「伝説の勇者様のお成りよ。さあ、魔族さんたち、覚悟しなさい。皆殺しよ。み~な~ご~ろ~し~」


「リーザ、あんまり物騒なこと言うなよ」

 と、イケメンの男が言った。

 たぶん、彼が「伝説の勇者」なんだろう。


 「伝説の勇者」がここにいるってことは、僕はそうじゃなかったってこと? やっぱりレズビアの勘違いで、しょせんは単なる噂話でしかなかったってこと? で、そうすると、その「伝説の勇者」は僕のほかにいるってことで、それがこうして僕の十数メートル先にいるってわけだ。


 勇者のパーティの、そのまたうちのひとり、僧侶ふうの少女が、

「カイル様、彼らは不浄な存在です。あの角なんかそうでしょう?」

 と、僕の角を見て言った。

「殺してあげたほうが彼らのためです。きれいな心を持っていたら、いずれ清浄な存在に生まれ変わることでしょう」


「イングリット、俺は魔王を倒しに来ただけだ。別にほかのやつには用はねえよ」


「カイル様は魔王を狙ってください。わたくしはほかの魔族を相手にします」

 と、イングリットと呼ばれた僧侶っぽい少女が言う。


「さあ、ショーの時間よ。経験値がいっぱい手に入るわ」

 リーザと呼ばれていた魔法使いっぽい少女が言った。


 勇者のパーティが会場内に雪崩れこんでくる。


 魔王が中央に歩み寄り、

「すぐに軍を呼べ! 女性と子供を避難させるんだ! 俺は勇者をやる」


 会場内の魔族たちは悲鳴を上げながら、逃げ惑う。

 「伝説の勇者」が超強力な存在なら、僕なんてひとたまりもないだろう。魔王だって勝てるかどうかわからない。


 これは相当ヤバい状況だ。早く逃げないと。せっかく元の世界に戻る算段がついたのに。こんなところで殺されちゃたまらない。


 ただ、僕はベリトさんが言っていたことが気になった。


「べ、ベリトさん……これはいったい……?」

 と、僕は彼を見上げながら聞いた。


「あの立ち入り禁止の廊下、あれは人界とつながってたんだよ。いろいろ準備は大変だったけど、うまいこと『伝説の勇者』をここに引き入れることができた。魔族はもう終わりだね」


「どうして……」


「魔族なんてくだらない存在だ。滅んでしまったほうがいい。リリスちゃんも逃げればいいさ。逃げられるならね」


 僕のところに勇者のパーティのひとりが来た。僕は慌てて宙に浮かんで逃げる。


「リリス、リリス! 大丈夫か?」

 レズビアの声が聞こえる。

 そのほうを見ると、彼女は応戦中だった。


「僕は大丈夫」

 僕はレズビアのところに行こうとする。


「来るな。さっさと逃げろ。カーミラを連れてスウィングと飛んで逃げるんだ」


「レズビアを置いてはいけないよ」


「お前が来ても足でまといになるだけだ!」


 たしかにそうかもしれない。僕にできることなんて、レズビアが言ったことくらいだ。

 僕はカーミラとスウィングを探す。


 すぐに見つけることができた。スウィングがカーミラを抱えて、僕と同じように飛んでいたからだ。


「スウィング! カーミラ!」


「リリス、無事だったのね」


「よかった。リリスちゃん」


「今から逃げ道をつくるわ。ちょっとカーミラを預かってて」

 スウィングはカーミラの身体を僕に渡す。


 僕はしっかりとカーミラの身体を抱いて、離さないようにする。


 ぴぃいいいいぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


 スウィングの口から、強烈な光線が発射される。

 それは会場の壁の上方にぶち当たり、そこに大きな穴ができた。


「逃がさないわよ!」

 リーザという魔法使いが、杖からビームのようなものを出した。


 それがスウィングの翼に当たる。


「痛っ!」

 スウィングの身体が落ちていこうとする。


 僕はすんでのところで彼女の腕をつかんだ。

 ふたりを抱えて飛ぶのは重くてしんどい。


「リリス、私を置いていきなさい」


「そういうわけにはいかないよ」


 リーザという少女が、もう一発ビームを打とうとする。


「させるかよ!」

 アルビンが攻撃をしかけ、それを阻止する。


「アルビン!」


「さっさと逃げろ!」


 みんな、無事でいて。

 僕はふらつきながら、壁に開いた穴からなんとか外に出てた。


 戦場とはうってかわって、夜空はきれいで静かだった。

 僕は急降下して、地面に降り立つと、カーミラとスウィングを離した。


「ここまで来れば大丈夫かな」


「スーちゃん、大丈夫?」

 カーミラがスウィングの翼を見て言った。


 翼膜が痛々しく焼かれて、大きな穴ができている。


「これくらい大丈夫よ」


「僕はまた戻るから」


「ダメだよ、リリスちゃん!」


「中にはまだレズビアもアルビンもいるし、ほかにも大勢の魔族がいる。助けにいかないと」


「あんたが行っても殺されるだけよ」


「僕には考えがあるんだ」

 そう言って、僕は空を飛び、会場内に舞い戻った。



   ※   ※   ※


 

 魔王と勇者の激しい応酬が目に入った。


 魔王は五メートルほどもあるような大剣を振る。それを勇者が受け止める。

 そして、勇者は大剣をなぎ払うと、すかさず魔王の腕を切断した。血がばっと噴きだす。


「ぐっ!」

 魔王が声をあげる。

 

 彼の腕と剣が宙を舞い、床に落ちる。


「くそがああああ!」

 レズビアはでっかいフォークみたいなやつの先端をまっすぐ前にむけながら、勇者に突っ込んでいく。


「レズビア!」


 しかし、レズビアの攻撃はかるくいなされる。武器はふきとばされ、床に垂直に刺さる。


 勇者はレズビアをきっと睨みつける。


 僕はさっと彼女のところに、舞い降りる。


「リリス、何で戻ってきたんだ」


「もちろん、レズビアを助けるため」


「早く逃げろ」


「僕に考えがあるんだ」


「勇者様、さっさとぶっ殺しちゃって」

 と、リーザが言う。


「ええ。早く終わりにするのです」

 と、イングリットも言った。


 魔王はやぶれかぶれといったふうに、勇者に向かって、残った腕で殴ろうとする。


 勇者は軽やかな身のこなしで攻撃を避けると、そのもうひとつの腕も剣で切断する。

 魔王は耐え切れなくなったのか、その場でうずくまった。


「俺は本当はこんなことはしたくねーんだがな」

 勇者は魔王にとどめを刺そうというのか、彼に歩み寄る。


 僕はばっと駆けて飛び出す。


「リリス!」


 そして、勇者のすぐ脇に行って、

「ねえ!」

 と、言って注目させる。


「ん?」


「これ見て」

 僕は自分の下乳を抱えてゆっさゆっさと揺する。


 レズビアのいうことが正しければ、「伝説の勇者」はペロンチョ界から召喚された人間のはずだ。僕みたいに性別が変わっちゃってる可能性もあるけれど、彼の言動をみるかぎり、どうやら男で間違いなさそうだ。

 男だったら、おっぱいが嫌いなはずはないだろう(貧乳好きの可能性もあるけれど)。それに僕は淫魔だ。どうにかしてとりこにすることができるかもしれない。


 勇者はぎゅっと目をつぶるように二回まばたきをして、

「すげーおっぱい」

 と、言った。


 もう少しだ。あと一押し。


 僕はドレスの胸元を引き裂いた。そして、ブラジャーもずらして、乳房を露出させる。


 それから乳房が当たりそうなくらい彼にぐっと近寄って、

「ね? 触ってみない?」


 彼は顔を真っ赤にしながら、うろたえている。

 しかし、自然とおっぱいに手が伸びてくる。


「カイル! そいつ淫魔よ! 目を覚まして!」

 と、リーザが言う。


 すると、彼ははっとようにすぐに真面目な顔つきになった。


「すまない」

 勇者はつぶやく。


 すぐに、何かが身体の中にずぶっと入り込んでくる感覚があった。

「うっ……」


 見ると、僕の腹に剣が突き刺さっていた。

 

 すぐに剣が抜き取られる。


「ああっ……」


 氷のような清冽な痛みが駆け抜けていく。

 全身から力が抜けていく。まるで糸が切れた人形のような感覚だ。

 その場にすとんと落ちるように倒れる。


「はぁ……はぁ……」

 呼吸が苦しくなってくる。身体が痙攣をして、言うことをきかない。


 痛み、苦しみ、だるさ、寒気、そういった不快な感覚が何十倍にもなって、津波のように一挙に押し寄せてくる。


「リリス!」

 レズビアの声がすごく遠いところから聞こえてくるような気がする。


 視界もかすんできて、よく見えなくなってくる。

 時間の感覚もよくわからない。短い時間しか経ってないような気もするし、何時間もこうしているような気もしてくる。


 ああ、僕、死んじゃうのかな。この魔界で、この淫魔族の女の子の姿で。おっぱい丸出しにしながら。

 たいしたことない人生だったけど、最期くらいはかっこよく逝きたかったよ。


 頭の中に今までの人生が駆け巡る。これが走馬灯ってやつか。

 

 レズビア、カーミラ、スウィング、アルビン、オキュラ、テレーズ、ベリトさん、アネリアさん、メルビーさん、触手モンスター(お前は出てくんなよ!)、父さん、母さん、瀬崎くん……。


「とどめを刺すのよ、カイル!」


「俺はこんな人殺しなんてしたくなかった!」


「そいつは人じゃないわ。魔族よ。ほら、あの邪悪な角を見てみなさい!」


「くそっ、俺は冒険なんてするような人生はご免だったのに……!」


 勇者の言葉を聞いて、僕の中で何かがつながる。


 まさか――


「せ……せっ……」


「この期に及んでまだセックスとか言っているの? 本当に汚らわしい淫魔ね。カイル、早く息の根を止めなさい」


「せっ……せざ……くん?」


「え?」


「で……デッドボール……おっぱいに当たって……それ……デッドボール……だと思う……」


「どうしてその話を知ってるんだ!」


「ぼ、僕は……」

 口の中にも血が溢れてきて、うまくしゃべることができない。


「お前、まさか……」


「うっ……ううっ……」

 

 どうしてもっと早く気づかなかったんだろう。声も姿も変わっているけれど、しゃべり方も、反応も全部瀬崎くんじゃないか。


「リーザ! イングリット! この子を助けてやってくれ! 回復魔法だ! 早く!」


「え? 何で魔族を助けるのよ?」


「早くしろって言ってんだろ! お願いだ……」


 僕の視界は徐々に狭まっていって、すぐに何も見えなくなった。

 もはや津波のような痛みや苦しみを押しとどめることはできない。

 抵抗するのをやめると、すっと楽になっていった。


 僕の思考もピントを絞るようにすっと小さくなっていき、やがて無の中に沈んだ。

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