第44話 ダンス
僕はアルビンと手を合わせながら、右に左にとステップを踏む。乳が当たらないように慎重にね。
「こういうのは初めてか?」
「うん、二日前に練習しただけ。うまく踊れないし、やっぱり僕と踊るのはもうよしたほうがいいんじゃない?」
「踊りなんて何でもいいんだ」
「じゃあ、オタ芸とかやる?」
「何だよ、オタ芸って」
「知りたい?」
「どうせ卑猥な意味なんだろ」
「そんなんじゃないし。アルビンこそいっつもエロ妄想してんでしょ」
「ばっか。そんなんしてねーし」
と、アルビンが顔を赤くして言う。そして、声をひそめて、
「お前を元に戻すって話だが、何とかなりそうだ」
「ほんとに?」
「ばか、声がでけーよ」
「ごめん」
「数日以内に術が完成する。月の満ち欠けの影響なんかもあるから、三日後の夜がチャンスだ。そこを逃すと、もう無理かもしんねえ。俺はもう二度と術は組まねーからな」
「ありがとう。でも、三日後か……」
「何だ? やっぱ寂しいのか?」
「うん……」
「ずっとここに残りゃいいじゃねーか」
「そういうわけにはいかないよ。親にもしばらくあってないし。それに、魔界でこの姿でずっとやっていくのは不安なんだ。魔族って何百年も寿命があるわけだし、年取ったらおばちゃんになって、おっぱいもへちまみたいにびろーんってなっちゃいそうだし」
「俺だって、将来は不安だ」
「アルビンは僕にずっとここに残ってほしい?」
「そんなん思っちゃいねーよ。さっさと行っちまえ」
あと、三日か。その間に、この魔界での生活を楽しんで、悔いが残らないようにしないと……。
でも、本当にそれでいいの?って頭の中でもうひとりの自分が問いかけてくる。
※ ※ ※
アルビンと踊り終わったあと、僕は壁の花になっているレズビアのところに行った。
「レズビア、一緒に踊ろう?」
「女どうしなんて、変じゃないか」
「別に変じゃないと思うよ。それに僕、男だし」
「こんな男がいるわけないだろ、バカ」
「とにかく、一緒に踊ろう」
僕はレズビアの手を引いて、会場の真ん中のほうに行く。
そして、彼女と一緒に踊る。
「最初はすんごく嫌だったよ。この姿も、レズビアのメイドになるのも」
「何でいきなりそんなことを言ってくるんだ」
レズビアは口をとがらせて言う。
「この姿にしたのが、レズビアの超個人的な理由だっていうのも、知ったときはちょっとイラっとしたけどさ。でも、今はここに来てよかったって、レズビアのメイドでよかったって思ってる。この姿にも慣れてきたし」
「全部私の勝手だ。無理にそう思う必要なんてない」
「無理になんて思ってないよ。これは僕の本当に素直な気持ち」
「そんなこと言っても、甘やかしたりしないからな」
「大丈夫。これからちゃんと朝起きるから」
と、僕は言ったけれど、「これから」というのはあと数日だけのことだ。
もちろん僕はレズビアに帰るよ、なんて言わない。黙って元の世界に帰るわけだ。それがすごく心苦しい。胸がきゅーっと痛くなる。
ふと、魔界でのこの五日間くらいの記憶がよみがえってきた。
レズビアと銭湯に入ったこと、デパートに行ったこと、ピクニックに行ったこと。まあ、触手モンスターの件は忘れよう。そして、昨日寮の部屋でみんなで遊んだこと。
痛いこと、苦しいこと、恥ずかしいこと、情けないこと、そういったこともいっぱいあったけど、総じて言うと、やっぱり楽しかったな。
「レズビアと会えて、よかったよ」
と、僕は言った。
すると、レズビアは狼狽した様子を見せたが、
「わ、私も……」
と、面映そうに言った。
※ ※ ※
その後、僕はベリトさんに誘われて踊った。
「リリスちゃん、すごく美しいね。メイドにしておくのなんてもったいない」
「いえ、僕はメイドですから」
「リリスちゃんは、魔界のこと好き?」
「もちろんです」
僕は笑顔で言った。
「そうか……」
ベリトさんはつぶやいた。
「ちょっと速くするよ」
「でも、僕は……」
「僕に身体を預けて、同じ方向に動いてくれるだけでいい」
ベリトさんは僕の背中に手を回す。
ひゃっ! そこはだけてるところなんですけど。
ベリトさんは動きを速くする。
僕はあたふたしながら、なんとかついていく。
「回るよ。ちょっと身体を後ろに倒して」
「え? 回るって……」
ベリトさんは僕の腰のあたりに右手を伸ばし、そして片手だけで少し上に持ち上げた。
「う、うおっ!?」
そして、くるりと一回転。
「わわわわわっ!?」
さらにもう一回転。そのまたさらにもう一回転。
目が回る目が回る目が回る。
回転が終わって、地面に着くと、ちょっとふらっとした。
「大丈夫? ちょっと調子に乗りすぎちゃったかな」
「いえ、面白かったです。公園の遊具みたいで」
「よかった。でも、変なたとえだね」
と、ベリトさんは笑って言う。が、すぐに悲しげな顔をして、
「これで、もう終わりだ」
「え? ああ、ありがとうございました」
「踊りだけじゃなくて、何もかもだよ」
「何ですか? まだ終わる予定の時間じゃないですけど」
「いや、もう終わりだ。リリスちゃんみたいな純粋な子を犠牲にするのは、多少は心が痛むけれど」
「犠牲? 何の話ですか……?」
僕は少しずつベリトさんから少しずつ後ずさる。
ベリトさんは僕の問いには答えず、会場の出入り口の扉を見つめた。
扉が開かれた。
そこに立っていたのは、十数人の武装した集団。
――人間だった。
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