第43話 舞踏会

「これ、ちょっと重くない?」


「リリス、初めて着る感想がそれか?」


「すごくきれなドレスだとは思うけどさ」

 僕は鏡に映った自分の姿を見る。


 純白のドレスを身にまとっているその姿は、とても自分自身だとは思えないほどだった。

 胸元が大きく開いていて、胸の谷間が溝のように落ちくぼんでいる。背中の部分も、いつものメイド服よりもいっそうぱっくりと開いている。

 頭には銀色に光るティアラと、それからレズビアと一緒に買ったヘアピンをつけている。


「わ、私はどうだ……?」

 レズビアは恥ずかしそうに僕に聞く。


 彼女は黒のドレスを身に着けている。そのドレスの裾には大きなフリルが何十にもついていて、滝のように床にまで流れ落ちている。


「超お美しいです。レズビア様」


「そ、そのキモい口調やめろ」

 レズビアは僕から顔を背ける。耳まで赤くなっている。


 控え室を見渡せば、僕、レズビア、カーミラ、スウィングのほかにも、様々なドレスをまとった女の魔族でひしめいているのがわかる。


「リリスさんもレズビア様もとってもきれーいですね」

 メルビーさんが言った。


 魔王城のメイドさんたちは、控え室で舞踏会の参加者のドレスやお化粧のセットを担っていた。僕もメイドなのに、こうやって参加側にいるっていうのは、何だか落ち着かない気分だ。


「リリスちゃん、レズビィちゃん、いぇい!」

 カーミラが僕らのところに来て、ピースサインをする。


 彼女はバラ色のドレスを着ていて、そのドレスはバラの飾りで埋め尽くされていた。頭にもバラの花の飾りをつけている。


「カーミラ、とってもかわいいよ」


「ありがとう! リリスちゃんも魔界一かわいいよ」

 カーミラが僕に抱きつこうとする。

 

 が、ドレスの裾を踏んだらしく、僕に倒れこんでくる。

 すんでのところで、僕は彼女の身体を支える。


「これ、歩きづらいね~」


「裾長すぎだよね。この裾のところにモップつけたら、床掃除できて一石二鳥って感じ」


「そんなバカな発想をするのは、リリスだけだ」


「そうかな?」

 ほかにも考えてそうなひと、いっぱいいる気がするけど。


 スウィングも僕らのところにやってきて、

「私の美しさに恐れをなすがいいわ」


「いや、怖がらせちゃダメでしょ」


 スウィングは紺色のシンプルなドレスを着ていた。が、ネックレスやブレスレット、イヤリングといった様々な装飾品が、彼女の見た目を華やかにしている。髪はシニヨンにしていて、その団子状の髪にも、いろんな装飾がぶっ刺さっている。


「お父様とお母様にも見せてあげたかったわ。私がこうして着飾って社交界に戻ってきたのをね」


「じゃあ、みんなで写メ撮ろうか」

 と、レズビアが言う。


「それなら、私が撮ってあげますね」

 と、メルビーさんが言ってくれる。

 それでカーミラは彼女にスマホを渡した。


「みんな集まって、集まって」

 カーミラが手招きする。


「これ舞踏会というより、ただの女子高生のノリじゃないの」


「スーちゃん、だってあたしたちJKだし」


「リリスさん、もうちょっと左に寄ってください」


「はい」

 と、メルビーさんに従う。


「リリス、乳当たってるわよ」


「じゃあ、もっと当ててあげる」


「いらないわよ」


「こっち向いてくださ~い。撮りますよ~」

 

 ぱしゃ。


「メイドさん、ありがとうございます!」

 カーミラがはしゃいでメルビーさんからスマホを受け取る。


 それを見てみると、四体の魔族の少女が幸せそうな顔をしている、とてもいい写真が写っていた。



   ※   ※   ※



 僕らは階段を上って、会場に向かう。

 階段の両脇には大輪の花が飾られ、真紅のじゅうたんが敷かれている。


「何だかわくわくすっぞ」


「リリス、その口調やめろ」


「じゃあじゃあ、お嬢様言葉でいこうよ」


「カーミラさん、たしかにそのほうがよござんすでございましゅうことね」


「あらあら、リリスさん、よくご理解のほどご存知上げでお遊ばせことですわ」


「あたくしもお慣れしないものでございますから、ご寛恕いただければ幸甚の極みでお遊ばしますわ」


「あら、お遊ばしますこと」


「カーミラさんこそ、お遊ばしますこと」


「おい、意味不明な会話するな」


「はぁ、まったく。これだから下層階級は困るわ」


「お前が言うな」


「今日は舞踏会でトップをとって、絶対にここでコネを作ってみせるわ」

 と、スウィングが決意したように宣言する。


「そんな野心を剥きだしにして……お前のこと、呼ぶのではなかったな」



   ※   ※   ※



 会場の扉が開かれると――


 うおっ、まぶしっ!


 百万燭光の、目がくらむほどの輝きがあふれてきた。

 豪華絢爛なシャンデリアが、まるで満艦飾といったふうに、天井からいくつも吊り下げられていた。そして、その明かりが、空間全体を白や黄色やオレンジのきらきらとした光で満たしていた。

 大理石の床は、顔が映りそうなくらいにぴかぴかに磨き上げられている。


 参加者についていうと、男性は燕尾服か軍服、女性はみな華やかなドレスを身にまとっていた。


 江戸時代のひとがロシアに流れ着く映画でくらいしか、こんなの見たことがない。


「リリスちゃん、すんごいね~」


「そうだね~」


 カーミラが僕のドレスの袖をちょいちょいと引いて、

「ねえねえ、リリスちゃん、あっちの部屋、食べ物置いてあるよ」


「え? マジ?」


 たしかに会場の隣の部屋に、おいしそうな食べ物が並べられているのが見える。


「食べに行こうよ」


「うん、食べに行こ」


「何いきなり食べに行こうとしているのだ」


「だって、もうスーちゃん行っちゃってるし」

 と、カーミラが指差す。


 その先には、食べ物のにおいにつられたのか、ふらふらっと隣の部屋に向かうスウィングの姿があった。


「何が上流階級だ。あの爬虫類……」



   ※   ※   ※



 むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ……。


「リリスちゃん、この謎のケーキもおいしいよ」


「どれどれ」

 僕はカーミラから謎ケーキを受け取って、口に入れる。むしゃむしゃ。

「たしかにうまい。食材謎だけど」


「ここでたくさん食いだめしとかないといけないわ」


 もぐもぐもぐもぐ……。


「スーちゃん、あんまり急いで食べると、喉詰まらせるよ」


「舞踏会が台無しではないか」

 

 もぐもぐ……。


「レズビアも食べてるじゃん」


「私だけが食べないというのも、癪だからな」


 もぐもぐ……。


「リリスちゃん、この謎ドリンクもおいしいよ」


 ごくごくごくごく……。


「謎だけどおいしい」


「リリス、口にクリームがついているわよ。食べ方汚いわね」


「スウィングこそ、ドレスにこぼしてるし」


「しかたないわよ。これ、なんかぼそぼそしてるし。その謎ドリンク、私にも取って」


 ごくごく……。


「今まで壁の隅にいたから、こんな部屋があるなんて気づかなかった」


「けど、晩餐会もあるのよね」


「でも、食べるの止まらない。謎おいしいんだけど」


「リリスちゃん、これおっきいからシェアしよう」


「ありがとう」

 

 もぐもぐもぐもぐ。むしゃむしゃむしゃむしゃ。


「バカ女ども、いったい何やってんだよ!」

 部屋の入り口にアルビンが立っている。


「バカって、言うほうがバカなんだぞ、アルビン」


「いいかげん食うのやめろ」


「アルビンくんも食べるぅ~?」


「いらねーよ」

 アルビンは呆れたように額に手を当てる。が、急に真剣な目をして、

「リリス」


「僕? 何でございましょう」


 アルビンは僕の前に歩いてきて、ひざまずく。


「もしかして、僕と踊るって?」


「お前くらいしか頼めそうなのがいないからな」

 アルビンが恥ずかしそうに言う。


「ごめん無理」


「って、おい!」


「リリス、男から誘われたんだ。行かないといけないぞ」


「……わかったよ」

 

 僕はアルビンに手を引かれて、再び会場に向かう。もぐもぐ。


「って! 食いながら来んなよ!」

 

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