第36話 コンビニ
僕がコンビニの品出しをしているとき、
「先輩って、童貞なんですか?」
と、黒沢さんが聞いてきた。
黒沢さんっていうのは、最近入ってきたかわいい女子高生だ。
「な、何をいきなり言ってくるんだよ。ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ」
「そんな嘘つかなくていいんですよ」
「嘘じゃないし」
「先輩、じゃあ……」
黒沢さんがそう言いかけたとき、レジのほうで大学生のバイトの鈴木が揉めていた。
「俺が出したのは一万円だろ。何で千円ってレジに打ってんだよ。ちょろまかそうとしたってそうはいかねーぞ」
「ただ打ち間違えただけですよ。そんな言うことないじゃないですか」
「え? 何だその態度は? ごるぁ!」
ちょっとまずいかもしれない。
「えっと、黒沢さん、僕は鈴木くんを助けにいくよ」
「先輩って優しいんですね」
………
……
…
「山田、あの正社員にあげるって話は、延期になった」
と、事務所で店長が言った。
「どういうことですか。来月から正社員にしてくれるって言ってたじゃないですか」
「いやさ、オーナーが資産運用でけっこうな損を出したらしくて……」
オーナーというのは、このコンビニのフランチャイズのオーナーのことだ。
「そんなの関係ないじゃないですか」
「そう言われてもね。俺だって、オーナーの意向を伝えてるだけだからな」
「そんな。でも……」
「まあ、わかってくれ」
店長は僕の肩をぽんと叩いた。
その日の夜、僕はバーでいつも以上のウイスキーを飲んだんだった。
………
……
…
目が覚めた。
レズビアはまだ寝ていた。
お、今日はレズビアより先に起きたぞ。
よっしゃ! 今日は乳揉まれたり、角削られたり、尻尾引っ張られたりしない。
僕はレズビアの寝顔を見る。
けっこうかわいいじゃん。
僕はそっとレズビアの髪を撫でる。
すると――
レズビアの目がばっと開かれた。
「わわわっ」
「リリス、お前、私に何かしようとしたのか?」
「そ、そんなことございません、レズビア様」
「ふーん」
レズビアは半身を起こして、僕のことをジト目で見る。
「まあ、いいか。今日はリリスについていくとしよう」
「どうして!?」
「散歩がてらそれもいいかと思ったからだ」
「じゃあ、洗濯物干すのとか手伝ってくれる?」
「調子に乗るな。この駄メイド」
※ ※ ※
洗濯物を干し終わって、部屋に戻ろうとしたとき、「立入禁止」の廊下の近くで、またベリトさんと出会った。
「ベリトさん、おはようございます」
「おはよう、リリスちゃん、今日はレズビアと一緒なんだね」
「まあ、はい」
「兄さん、リリスといったいどういう関係なんだ? まさか……」
「レズビア、違うからね」
「毎朝ここで会ってるんだよ」
毎朝っていっても、まだ三日目だし。誤解を与えるような発言はよしてほしい。
「たまたまここで会うだから」
と、僕は弁明する。
「リリスにちょっかいを出さないでもらいたい」
「ちょっかいなんて出してないさ。僕の散歩コースとリリスちゃんの通り道がかぶっているだけさ」
と、ベリトさんは言う。そして、続けて、
「そうそう、レズビアは、今年は舞踏会に出るのか? もう何年も出てないみたいだけど」
「兄さん、私はそういうのは似合わない」
「舞踏会って?」
「魔王の親族が一同に会して開く催しさ。三日後にあるんだ。リリスちゃんはどう?」
「いえ、僕はただのメイドですし」
「レズビアが推薦すれば、リリスちゃんも舞踏会に出られるけど。王族は三体まで魔族を招待できるんだ」
「そうなんですか」
と、僕はベリトさんに言う。そして、レズビアに向かって、
「じゃあ、僕とカーミラとスウィングで出られるね」
「何だ? お前、舞踏会に出たいのか?」
「別に僕はどっちでもいいけど」
と、言ったけれど、せっかくの機会だからどんなもんか見てみたい気がする。
「かわいいドレスとか着たいんだな?」
「僕は別に」
「着たいんだな?」
「き、着たいです……」
と、僕は言う。
「リリスがそこまで言うのならしかたがない」
どうやらレズビアは舞踏会に行きたいようだ。
「レズビア、何か変わったねえ」
と、ベリトさんが言う。
「ちょっと気が変わっただけだ」
「いや、このことだけじゃなくて、何だか性格がってこと」
「私はいつもどおりだ。変わったのは、兄さんのほうではないか」
レズビアはベリトさんが頭に巻いている包帯を見た。
「そうかなあ。僕も舞踏会を楽しみにしているよ。じゃあ、また」
そう言うと、ベリトさんは去っていった。
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