第35話 流れ星
レズビアと堕落街に行き、夕食をとった。
それから魔王城の門のところに着くと、城の入り口のところに二頭立ての馬車が止まっているのが見えた。
ただ、引いているのは普通の馬じゃなかった。首が三つある馬だった。つまり、首が合計六つだ。なんだか邪魔そう。ていうか、気持ち悪い。
馬車の周りには、メイドさんたちがいた。その中にメルビーさんもいる。
僕とレズビアが近くによると、馬車の中からアルビンが出てきた。
どうやら馬車には引っ越しの荷物が積まれているらしい。
「さっそく準備してきたのか、殊勝な心がけだな」
「お前がさっさと来いって言ったんだろ」
「メルビーさん、こんばんは」
僕は挨拶する。
「あら、リリスさん、こんばんは」
「ええと、銭湯の仕事はいいんですか?」
「ええ。この時間はまだあまり入る方もいませんし、いったん銭湯を閉めて、アルビン様の引っ越しのお手伝いをするように命じられたんです」
と、メルビーさんが言う。そして、僕に小声で、
「リリスさんはアルビン様がどうして魔王城に戻ってこられたのか、何か事情なんか知っていますか?」
メルビーさんの質問が聞こえたのか、レズビアが、
「こいつは学園の寮で不埒を働いて追い出されたのだ」
「何勝手なこと言ってんだ」
アルビンがレズビアに詰め寄る。
「あ、もしかして」
メルビーさんが手を叩く。
「アルビン様とレズビア様は……」
「おい、違うぞ、メルビー」
「幼馴染ですから、そういう……」
「メルビー、頭の蛇を全部ぶっこ抜くぞ」
「私も引っ越しのお手伝いをしないといけないですから」
メルビーさんはそう言って、ほかのメイドさんたちと一緒に荷物を運びはじめた。
「リリスも手伝え」
「え? 何で?」
「アルビンもハダカデバネズミとはいえ、いちおう貴族だ」
「何だよ、ハダカデバネズミって。裸でも出歯でもネズミでもねーよ」
「リリスが突っ立って見ているのは、少し体面が悪い」
「うん、まあ、わかったよ」
と、言って、僕はメルビーさんのところに行って、手伝うことにした。
………
……
…
「この子、羽ついてるわよ」
メイドのうちのひとりが言った。
「じゃあ、空飛んで上まで荷物運んでもらえばいいわね」
「え、あの……僕……」
結局、手伝うというより、僕ががっつり荷物を運ぶことになってしまった。
便利な能力を持っているひとって、どこの世界でもこき使われちゃうよね。はぁ……。
僕は空を飛んで、木箱に入った荷物を、地上から上の階にあるアルビンの部屋のベランダに運び込む。
ほかのメイドたちは、その荷物を開封し、中のものを部屋の中のしかるべきところに置いてゆく。
僕は最後の荷物をアルビンの部屋に運び入れた。
メルビーさんがその箱を開けようとすると、アルビンが、
「いや、それは開けなくていい。これで仕事は終わりだ」
僕以外のメイドは、メルビーさんも含めてみんな帰っていった。
僕は部屋の中で、ぐでーんと大の字になった。
「おい、何ひとの部屋で寝てるんだ」
「だって疲れたし。お礼くらい言ってもいいんじゃないかな?」
「お前はメイドだろ」
「僕はレズビアのメイドであって、アルビンのメイドじゃないし」
「ちっ、わかったよ。ありがとよ。これで満足か?」
「うん、満足した」
「てか、マジで起きろよ」
アルビンは僕の手を取って、無理やり立ち上がらせる。
僕はひとつだけ残った箱を見つめる。
「そういえばさ、あれって何が入ってんの?」
「何でもねーよ。さっさと出てけよ」
僕はささっとすばやく移動して、その木箱のところに行く。
「何が入っているのかな~」
「おい、やめろ、開けるな」
「いいじゃん、男どうしなんだし」
「よくねーよ!!!」
アルビンは僕の尻尾をつかんで、部屋のドアのほうへ引きずっていく。
「痛っ、痛いって」
アルビンは僕を部屋の外に放り出す。
「わわわっ」
僕がずでんとしりもちをつく。
「じゃあな」
アルビンはドアを閉め、鍵を掛けた。
ちょうどレズビアが僕のところに来て、
「アルビンの部屋で何やってたんだ? 性行為か?」
「冗談でもそんなこと言うなよ!」
「リリス、疲れただろう? 風呂に行くぞ」
「うん」
アルビンに僕のことを元に戻してくれるように言うのは、どうしようか。タイミングを見計らないといけない。
今日の今日っていうのは、さすがにいきなりすぎるし、明日の深夜にでも、レズビアの部屋を抜け出して、アルビンの部屋に行こうかな。
ただ、何の見返りもなしってわけには、いかないよね……。
※ ※ ※
銭湯に入ったあと、僕とレズビアはその裏手に並んで座って、星を眺めた。
流れ星がきらりと光った。
「元に戻れますように、元にも……あ、行っちゃった」
「リリス、何だそれは?」
「流れ星が落ちるまでの間に、三回願い事を言うと、叶うって迷信があるんだ」
「迷信なら、言っても無意味だろう。それに、三回も言うなんて不可能だ」
「たしかにそうだけど。ねえ、リリアってどんな子だったの?」
「とてもすばらしい子だった。リリスとは大違いだな」
「うっせーな」
「気立てもよくて、優しくて、美しくて、頭もよく回った」
「どうやって知り合ったの?」
「リリアが夜中に魔王城の敷地内で迷い込んでいるところを私が見つけたのだ」
「警備は?」
レズビアは僕の後方にある壁を指し、
「そこの壁の一箇所が外れるようになっている。これはひとに言うな」
「うん」
「やっぱりリリアとまた会いたいよね? だから僕をこの姿にしたんだよね?」
「そうかもしれない。でも、私は本物のリリアに会うのが怖いというのも少しある」
「どうして?」
「昔とは何もかも変わっているかもしれない」
僕は国語の教科書に載っていた魯迅の小説を思い出した。
もしかしたら、瀬崎くんも変わってしまっているのかもしれない。
今頃何やってるのかな。公務員になったのかな?
彼のスペックなら、超エリートになってるかもしれない。だとしたら、僕みたいな底辺のコンビニバイトとは大違いだ。
どこでどうボタンを掛け違えてしまったんだろうな。やっぱり三流私文に入ったところからかな。
「リリアのこと、もう捜さないの?」
「情報を集めようとしたが、さっぱりだ。彼女は孤児で、親族もわからなかった。だからもう諦めた」
レズビアはぎゅっと目をつむる。
「もしかしたら……」
僕は淫魔族の女の子が「牧場」に連れていかれるっていう話を思い出した。
「リリアのことは思い出としてしまっておくことにする」
「でも、未練たらたらじゃん。僕をこの姿にしたんだから」
「たしかにそうかもしれないな」
「でも、この身体、おっぱい大きすぎないかな?」
「正直に言うと、それについては、調整をミスった」
「えー」
おっぱい調整とかそんなのあるの?
「しかし、メリットもあるはずだ。リリスは今日の授業中、乳を枕代わりにして寝ていただろう?」
「うっ……見てたんだ」
「てか、みんな見てたぞ。特にアルビンなんかものすごく見てたぞ」
「えー。マジキモい」
「あいつは普段澄ましているが、相当なスケベ野郎だ。前にアルビンの部屋でエロ本を見つけたことがある」
「いや、男だったら、ほとんどそうだけど」
「そうなのか?」
「そうだよ。知らなかったの?」
「リリスもか?」
「それ聞く?」
「どういう性癖なんだ?」
「ちょっと言いたくない」
「そういえば、昨日『おっぱい大きいとか自分が見るぶんにはいいけど』とか言っていたな。巨乳好きなのか?」
「うっ……」
僕はレズビアから顔そむける。
「図星なんだな。むしろ調整をミスったのが、かえってよかったのかもしれないな」
と、レズビアがにっこり笑って言う。
「よくねーよ」
僕は口をとがらせる。
ふと、レズビアの角の根元がきらりと光った。
それは、リボンが付いたヘアピンだった。今日の朝、堕落街で一緒におそろいのを買って、身につけたものだ。それで、レズビアは今日はずっとつけてる、と言っていた。
「それ、つけてたんだ」
僕はお風呂入る前までつけていたけれど、お風呂から上がったあとにまたつける、なんてことはしなかった。
「今日一日つけていると約束したからな」
「やっぱりそういうとこ律儀なんだ」
「まあな」
と、言って、レズビアははにかんだ。
藍色の夜空を見上げると、僕らを見守るように、ふたつの金色の月がぽっかりと掛かっていた。
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