第22話 夢

 僕は人間の男の姿に戻っていた。

 でも、おかしいな小学生の頃の姿だ。黒いランドセルをしょっている。


 海辺の公園のベンチに座っている。

 隣には、瀬崎くんがいる。僕の親友だ。

 毎日のように一緒に遊んでいたけれど、中学校に上がるときに転校してしまって、それっきり連絡を取ってない。


「山田は将来何になりたい?」


「僕? そうだねえ……総理大臣とか野球選手とか科学者とか漫画家とかバンドのボーカルとかボカロPとかユーチューバーとか……」


「いっぱいありすぎだろ……」

 瀬崎くんは呆れながら言う。


「瀬崎くんは?」

 と、僕が聞くと、


「俺は公務員になって堅実に生きる」


「夢ないね」


「俺はそういう冒険はしないタイプなんだ」


「もったいないね。瀬崎くんは僕と違って、運動神経もいいし、頭もいいし」


「別にたいしたことねーよ」


 ふと、ちょうど近くを女の人が通った。

 瀬崎くんは目を大きく見開き、その女の人を見つめた。

 そして、ぎゅっと目をつむるように二回まばたきをして、

「山田、今の見たか? すげーおっぱいでけえ」


「うん、まあ」

 僕はそのときは「おっぱいでけえ」の意味することがあんまりわかんなかった。小学生だったし。


「なあ、山田。おっぱいでかい女がバッターボックスに立って、バッターボックスからおっぱいがはみ出でたとする。それで投球がそのおっぱいに当たったら、どうなるんだろうな?」


「ぼよんって弾き返されるとか」


「そういう意味じゃねーよ。デッドボールになるかどうかってこと」


「うーん、デッドボールじゃないかな?」


「だって、胸の高さまでストライクゾーンだろ? ちゃんとストライクゾーンに投げたのに、デッドボール取られちまったら、ピッチャーかわいそうだろ」


「当てられたほうがかわいそうな気もするけど」


「山田はわかってねーな」

 と、言うと、瀬崎くんは笑い始めた。


 僕も特におかしくはなかったけど、一緒に笑い始めた。


 ……………

 …………

 ………

 ……

 …


「おい! この駄メイド、いつまで寝てるんだ!」


「むにゃ?」


 いっっってぇ!


 尻尾が引っ張られてる。

 痛い! 痛いて! 尻尾ちぎれるから!


 朝起きて元に戻っているとか、そういうことはなかった。

 僕は淫魔族の女の子、リリスの身体だった。

 しかも、レズビアは腕に僕の尻尾をぐるぐると巻きつけて引っ張っている。


「起きる! 起きるって!」

 僕は慌てて起きる。


「メイド服に着替えて、洗濯物を干しに行って、朝食も取らないといけない。あまり時間がないぞ」


「僕は朝ごはんいらないし」


「お前はどうでもいいんだ。私が朝食を食べたいのだ。ほら、さっさと顔洗って着替えろ」


「わかったよ……」

 僕は眠気まなこをこすりながら、洗面所に行って顔を洗って、歯を磨く。

 鏡には、かわいい女の子の顔がある。

 ただ、ピンク色の髪の毛は、デッド・オア・アライブのボーカルみたいになってる


 洗面所から戻ってくると、レズビアはブレザーの制服を着ていた。

 紺色のジャケットに、タータンチェックのプリーツスカート。


「めっちゃ青じゃん」

 肌も服もブルーだし。


「なんだその感想は」

 レズビアは不満そうに言う。


「ええと、魔界学園って制服あるの?」


「ああ。ただ、ほとんどの学生は着用していないが」


「そうなの? 昨日着てた黒ローブは?」


「昨日は学園は休みだ。休みの日はあれを着ている」


「そっちのほうがずっとかわいくていいと思う」


「なっ……。か、かわいいとかはやめろ」

 レズビアは恥ずかしそうな顔をする。

「と、とにかく、リリス、そこに座れ」

 彼女はベッドを指差す。


「でも、これからメイド服着て洗濯物を干しに行くんじゃ?」


「その髪をどうにかしないといけない。やばいことになっているぞ。私がくしけずってやる」


「わかったよ」

 僕はベッドに腰掛ける。自分で髪をとかすのは厄介そうだし、ここはレズビアに任せよう。


 数分後、僕の髪はさらさらになった。


「髪長いのは、しょうがないとして、結んだほうがよくない?」


「そうだな、明日はツインテールをためそう。ただ、今日はそれでいけ」


「僕、メイドってだけじゃなくて、愛玩動物的なものにされてない?」


「まあ、そうだが」


「えー」


「いろいろかわいい服を着せてやろう。どうだ? やっぱり美少女になれたのだから、そういうのもやってみたいだろう?」


「別に」

 と、僕は言った。でも、本音を言うと多少は興味ある。


 レズビアは不満そうな顔をすると、メイド服を投げてよこしてきた。


 僕はいそいそとメイド服に着替える。

 なんかしっくりきてしまっているのが、腹立たしい。


「これから洗濯物を干しに行くけど、中庭ってどこ?」


「一階に下りれば、すぐにわかる。私がいないと不安か?」


「そんなことないし」

 と、僕は言って部屋を出た。

 けど、すっごく不安だった。

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