第23話 立入禁止

 僕はかごを提げて、銭湯の隣にある洗濯室に向かった。

 洗濯機という名のモンスターは、洗濯物を口の前に吐き出していた。


 僕は恐る恐るそのモンスターの前に行く。


 ひっ! なんか見てきたし。


 僕はばばばっと、洗濯物をかごの中に入れると、だだだっとすばやくそこから離脱。

 なんとかファーストミッションクリアだ。


 かごに入れた洗濯物は湿っていたけれど、唾液感はなかった。むしろフローラルのいいにおいがしてくる。

 なんか腹立つなぁ。


 とにかく、あとは中庭に行って、干せばいいんだな。

 ええと、中庭、中庭っと。


 僕は魔王城の中に再び入り、廊下を歩く。

 

 ……迷ってしまった。

 まずい、めっちゃ不安だ。


 ただでさえ、知らない街の住宅街とかに迷い込んだら不安になるのに、この魔王城の中で、こんな身体でふらふらと歩き回るなんて。


 でも、僕は考える。

 このまま逃げちゃおっかなーって。


 どうしようかな。

 でも、考えてみればこうやって朝洗濯物を干しに行くためにひとりになるチャンスは毎日あるはずだ。

 昨日はとっさに逃げようとしてしまったけれど、もうちょっと機会をうかがったほうがいいかな。


 そんなふうに逡巡しながら歩いていると、「立入禁止」と書かれた札がかかっているところに出た。

 その中は真っ暗で、ずっとずっと奥に続いているようだった。

 なんか禍々しい雰囲気があって、背筋がぞっとする。


 そのとき、ふと、ひとりの魔族が通りかかった。


 青い肌をしたけっこうなイケメンだった。

 イケメンといっても、僕が男を好きになるとか、そういうことは絶対にないですからね。


「こんなところで何をしてるんだい?」 

 彼が僕に話しかけてきた。


「ええと、中庭に行こうと思って、道に迷っちゃったんです」


「どうやらメイドみたいだけど、まだ新人?」

 彼は僕のかっこうを見て言う。


「は、はい。レズビアのお付のメイドです」


「ああ、レズビアの……。俺の名前はベリト。いちおう魔王の息子だ。レズビアのお兄さんってことになるかな」


「え、あ、お兄様……。そうなんですか」

 とりあえず頭を下げておく。


「かしこまらなくてもいいさ。中庭なら、反対の廊下をまっすぐ行って右だ」


「ありがとうございます」


「レズビアのメイドって大変だよね」

 と、ベリトさんが言う。


「そう思いますか?」


「何人もメイドが替わってるみたいだし」


「そうなんですか」

 たしかにレズビアのあの態度についていける者は少なそうだ。


「あ、そうだ。僕のところに来れば、すっごく優しくしてあげるよ。今僕のところはメイドは五人いるんだ。みんないい子でね、友達になれると思うよ」


「ええと、その……検討しておきます」

 レズビアよりも優しそうだ。

 ただ、五人もメイドいるとかハーレムじゃん。

 僕がそのハーレム要員のうちのひとりに加えられるとか、なんか癪だ。男にかしずきたくなんてない。


「まあ、考えておいて。そうそう、その立入禁止の向こうは、危険だから絶対に入らないほうがいいよ」


「そうなんですか……」


「中にはすごく強い魔物がいるらしくてね。探検するとかいって入った僕の弟のうちのひとりも行方不明さ」

 と、ベリトさんは笑いながら言う。笑い事じゃないと思うんだけど。


「僕はこれから洗濯物を干しに行くんで、これで失礼します」

 と、ベリトさんに言って、その不吉な廊下から離れた。



   ※   ※   ※



 どうにかこうにか中庭にたどり着いた。

 中庭にはいくつもの物干し竿が並べられていた。

 そして、そこには洗濯物が干され、風になびいていた。


 ちょうどメルビーさんが洗濯物を干していた。

「おはようございます、リリスさん」

 メルビーさんは僕に微笑みかける。


「おはようございます」


「手伝いましょうか?」

 メルビーさんは僕が持っているかごの中を見て言った。


「いいえ、大丈夫です」

 僕はそう言うと、洗濯物を干し始める。


「あの、リリスさん、ここに下着を干すのは……」


「え?」


「盗られちゃいますよ」


「そうなんですか?」


 魔界にも下着泥棒っているんだ。

 くわばらくわばら。

 

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