第4話 魔王

「レズビア、新しいメイドを雇ったのか」

 魔王はおごそかに……いや、わりと軽い調子で言った。

 

 彼もやはり青い肌をしていて、身体に角とかトゲとかいろいろついてる。

 あと、世紀末みたいなトゲのついた肩パッドをつけてる。トゲ好きすぎでしょ。

 ぶっちゃけ気味悪いけど、まあ、魔王だし。何されるかわかんないし。

 僕はレズビアのやや後ろに隠れるように立って、おとなしくしている。


「はい。リリスという淫魔族の少女です。しかし、これには事情があるのです」

 レズビアは、僕に言うのとはまるで違う口調で言う。

 さすがに父親の魔王にはあんな大仰な口のききかたはできないんだろう。


「事情?」


「はい。人界の人間共が『伝説の勇者』を召喚しようとしているという、あの件です」


「ふむ。それと新しいメイドとどういう関係があるのだ?」


「人間共は、ペロンチョ界から山田たかしという人間を、『伝説の勇者』として召喚しようとしていました。それで私が山田たかしをこの魔界に先に召喚し、淫魔族の少女に変身させました」


「え? マジ? そんなことできるの?」

 魔王が目を点にする。


「はい。私の召喚術の研究の成果です。これで魔界は救われます。私はすばらしい仕事をしたでしょう、お父様」


「たしかにこんなにうまく召喚・変身を成功させるなんてさすが私の娘だ。それはそれですばらしいんだけどさ、でもさ、レズビア、あれって『週刊魔界』とかの週刊誌とか、タブロイド紙のネタでしょ? レズビア、それ本気にしちゃったの?」

 魔王はちょっと呆れたような声で言う。


「お、お父様、火のないところになんとかといいますし、こうしておけば安全です」

 レズビアが焦った様子で言う。今までの高飛車な態度はどこへやらだ。


「でも、本当かどうかわかんないのに、種族も性別も変えちゃうとか、かわいそうじゃない?」


「かわいそうとかそういったことは言ってられません」


 僕が「伝説の勇者」っていうのもガセネタみたいなこと言ってるし、これって、もしかして元の世界に帰れるかもしれないって状況? もしかしてワンチャンある?

 ここは僕もアッピールしなければ。


 僕は前に踊りでて、

「魔王様、そうです、僕はかわいそうです。いきなり女の子の、しかも淫魔族の姿にされて困ってるんです。元の世界に、元の姿に戻してください」

 と主張する。


「ううむ」

 魔王は腕を組んで考え込む仕草をする。


「お父様、例の話が真実であれば、この事態は万々歳ですし、もしガセネタで間違っていたとしても、特に不都合になることはありません。それに、私は彼――今は彼女ですけど――を元に戻す方法を知りません」


「「え?」」

 僕と魔王が同時に声を上げる。


「召喚術を適当な感じにいじっていたら、偶然できたのです。だから、ちょっと元に戻す方法とかはわかんないですね」


「そ、そんなぁ」

 僕はがっくりとひざをつきそうになる。 


「レズビア、それってちょっとひどくね?」

 と魔王。


「でも、お父様。これは魔族のためです」


「しかしまあ、たしかに得をすることはあっても、損をすることはないか」


「僕は損です。僕だけめっちゃ割りを食ってるじゃないですか!」


「こうなった以上、君はもう淫魔族の女の子として魔界で生きてもらう」

 魔王が僕のことをぎろりと見る。


「ちょっと待ってください」

 僕は懇願する。


「いや、待たない。これは決定事項だ。君はもうただの魔族の少女、私に口答えする権限はない」


「そんな!」


「とりあえず、この件は我々だけの秘密だ。それでだ、君はとりあえずレズビアと同じように『魔界学園』に通ってもらうことにしよう」


「魔界学園?」


「魔界の少年少女たちを教育する機関だ」


「そういうのがあるんですか」


「もちろんだ。魔界のことをバカにしているのか?」


「そんな滅相もございません。で、ですが、えっと、それで、その学園に通うとして、僕はこれからどうなるんですか」


「どうもならないさ。さっきも言ったように、君は淫魔族の少女として、魔界学園の生徒としてこの魔界で生活する。あとはたしか、レズビアのメイドだったな。その仕事もやる。以上だ」


「ま、魔王様、ぼ、僕は……」


「何だ淫魔族? おい、レズビア、このデカパイ女をさっさと連れて行け。私は忙しいんだ」

 そう言うと、魔王は扉の奥に消えていった。


 デカパイ女って僕のこと? さっきまでかわいそうとか言ってたのに。どうして。態度急変しすぎでしょ。ちょっといいひとかなって思ったけど、やっぱり畜生だ。勇者にでも駆逐されてしまえ。


「あんまりお父様を怒らせないほうがいい。なにせこの魔界で最強なのだからな」


「全部なにもかもレズビアのせいってことじゃないか」

 僕は口を尖らせてレズビアに言う。


「まあ、そうだがな」

 レズビアは開き直った様子で言う。


 はぁ……。

 僕は長い溜息をつく。

 とりあえずはおとなしくしておくしかないみたいだ。


「帰るぞ、リリス」


 ううっ、わかったよ……。

 だから尻尾引っ張るのはやめて。

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