第10話 明日やろうはバカやろう

「お兄、めっちゃ良い動画見つけた」


 夜、パジャマを着た妹が俺の部屋に入ってくる。ネットでエロサイトを検索していた俺は即座に最小化を押してエロサイトを隠す。


「どどど、どうしたんだマイシスター」


 どもってしまう。仕方ない。男はエロ動画探しで半日潰せる。


「えとね、ユーチューブで5秒の法則、もしくは、5秒のルールで検索してみて」


 妹は自己啓発に夢中だ。書籍を買ったり、ネットの自己啓発を調べたり、四六時中を自己の研鑽けんさんに費やしている。


「5秒の法則……ね……」


 俺は検索してユーチューブを見る。時間経過。なるほど面白い。


 人は何かをやろうとしたとき5秒間を過ぎると、できない言い訳を考える。例えば夏休みの宿題をやろうとか、朝早起きようとか。5秒を過ぎると、宿題は明日やればいいや、二度寝すればいいや、などの自己防衛が働く。


 つまり、人間はやろうとした行動を5秒以内に起こさなければ次に持ち越される。だったら、5、4、3、2、1、はい! やろう! と自分を鼓舞すればいい。


 お風呂上がりのかぐわしい匂いの妹は宣言する。


「宿題をやろうと思ったら5秒数えて、朝早起きしようと思ったら5秒数えて、5、4、3、2、1、はい! やろう! って思ったらできちゃうんだよ」


 俺が調べたユーチューブの動画内では5秒ルールを適用し2週間で早起きが習慣化した人が映っていた。


「お兄ってケータイ小説やウェブ小説書いてるじゃん。きっとエタることあると思うんだよね」


「あるね」


 現にこのウェブ小説は20日も30日も放置することがある。ひどいときは連載中の小説が半年とか1年とか更新しない時だってある。みんな現実が忙しくなってリア充になり、架空世界の執筆がとどこおるのだ。


「そんなとき5秒の法則を使うの。お兄だったら、そろそろ執筆するか……5、4、3、2、1、はい! 書こう! ってPCの電源をいれるんだよ」


 昔は毎日欠かさず1000文字(約1時間)書いていた。今はどうか。ひつがのらない。毎日は書けない。


 妹の言葉が痛かった。


「5秒のルールは俺にはぴったりかもな」


「自己啓発って読むだけじゃダメなんだよ。実践しないと」


 5秒ルールを適用して朝早起きをする。そんな成功体験を積み重ねていかなければ自己啓発は真の意味で成功しない。


 ぼさぼさと頭の髪をかく。妹の言っている自己啓発もたまには素直に受け止めようと思った。ファーストチェスの理論というものがある。チェスの10秒で出した手と60分しっかり考えた手が、86%の一致率だったという理論だ。


 テストで10秒考えて分からなかった問題は86%の確率で1時間考えても回答できないのと同じ理論である。直感はだいたい正しい。


 俺は直感する。


「わかった。5秒ルールを取り入れてみせるよ」


「じゃあ情報量ちょうだい♪ 5、4、3、2、1、はい! 1万円!」


 5秒ルールを取り入れた俺はすかさず財布を取り出し、中の1万円を妹に差し出す。


「おう1万」


「まいどあり~♪」


 そそくさと妹は部屋を出ていく。あとにはぽつねんと空になった財布を持った俺がたたずんでいた。


「――だ、だまされたぁ!?」


 しっかりオチはついただろうか。悲しさのあまり、俺は徹夜でラノベを読んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る