第8話 作家の個人情報が知りたい

 ある日のこと。妹がこんなことを言い出した。


「私の知ってる作家の先生が覆面作家なんだけど、ファンレター送りたいんですよ」


 妹が敬語のときは何かお願い事があるときだ。

 俺は妹の敬語が無視できず、作家の個人情報を知るすべを教えた。


「いいか。まず最初に、プロの作家はベテランの作家ほど個人情報がわかりづらい。なぜなら経験値があるからだ。逆に、お前の知りたい作家さんが初心者の場合は非常にわかりやすい」


「ほうほう」


 これはあくまで俺の完全な認識であり、事実は違うのかもしれない。しかし、妹に作家の個人情報を教えるすべを全力で教えた。だって敬語の妹、怖いんだもん。


「まず小説は99%のウソと1%の真実で書かれること。しかし、初心者は別だ。初心者の場合に多いのが、わたくし小説であること、そしてパクリであること」


「どういうこと?」


「つまり実際に体験したことかリアルの知り合いでモデルがいる。もしくは他作品の影響を受けた場合だ」


「メモメモ」


 初心者の小説にありがちなのが好きな人を簡単に特定できること。

 パクリだった場合、その人が小説を書くきっかけになった作品であり、趣味や好きなキャラクターがもろばれする。一番ヤバイのは作品内でリアルの好きな人をモデルにすること。

 俺は渋りながらも敬語の妹がこわいので趣味を暴露する。


「あーエロマンガ先生にもあるんだけど、小説の内容がそのままラブレターになってしまうんだ」


「はぁーーー!!!???」


 妹、驚天動地の動きをする。


 作家は99%のウソをつくる。しかし、初心者にはそれができない。1万文字の小説を書いてみるとわかるがネタが尽きる。最後に行うのが他作品のパクリ(オマージュ)かリアルの悩みや恋愛を小説に取り入れること。

 好きな人をモデルにするなんて典型例だ。当たり前すぎてこわい。ホラーだ。


「人ってのは何百回、何千回、聞かされたことは覚える。逆に言えば、絶対に知りえないことは知りえない、必死で調査しないとな」


 例えば、年齢判別。

 初心者が『論文』と使った場合、大学生以上、高卒ではないことがわかる。

 初心者が『数学』と使った場合、中学生、高校生以上だとわかる。

 初心者が『算数』と使った場合、小学生以下もしくは身近に小学生の影響を受けていることがわかる。


 該当調査で「白書」と聞かれて最初に何を思い浮かべますか、というテレビ企画で「いちご白書(音楽)」と「幽遊白書」二通りに分かれる感じ。最近のは知らないが。


 妹は疑問顔。


「なんで数学と算数で大雑把なことがわかる?」


「それは中学で数学を、小学校で算数を教えるからだ」


「だれでも知ってることじゃない?」


「ほう、じゃあ妹は、図工と美術の違いがわかるか?」


 とっさに、中学生の時、図工でしたか? 美術でしたか? と問われて即答できる社会人は存在しない。それと一緒で、中学で算数だったか数学だったかわかる社会人はいない。


「現に、この小説を書いてるリアル作者は『中学校では算数だったか、数学だったかを調べた』そしたら、数学だった」


 ふつう初心者は中学校で何を習ったかなんていちいち調べない。自分の身近なものを題材とするため、年齢の大雑把な判別ができる。


「大学に入るまで論文の『ろ』の字も知らなかった。残念ながら、小説のありとあらゆる断片的な情報からたくさんの個人情報がもろバレする」


 俺は紀貫之を題材に説明する。


「男もすなる日記というものを。紀貫之は文章のベテランだったんだろうけど、ふつう初心者は性別を装って小説を書かない。主人公が男だったり、一人称が男だったりした場合は、作者は男の可能性が大だ」


「え? ベテランはネカマできるの?」


「たぶんな。男っぽい女がいたり、女っぽい男がいたりするから、文章だけなら性別を偽ることができる。それでも違和感は発生するらしいけど」


 俺の妄想では男性好きか女性好きかも判別可能。

 絵は特に顕著で、好き好んで男性ばかり書く男性は存在しない。

 漫画のキャラクターを書くときはいつも女キャラを模写したし、裸の女の絵を好んで描いた。これは女性が好きな男性だからだ。


「俺は三次元の女の子が大好きで、二次元の女の子も大好きだった。だから、リアル女性の裸を模写したり二次キャラの裸を模写して遊んだ。初心者の時だ」


「きもっ、とは言わないでおくね。ここは」


 これは俺の妄想だから、実験しないと結果は出ないだろうが、たぶん人物絵を1000枚書いてくださいと言われて、男性好きなら男性の絵が多く、女性好きなら女性の絵が多く書かれるはずだ。


「ひとつ言っておきたいのは、女で、リアルは男好き二次元は女好きの子がいるってこと。まあ、人それぞれだけど」


「ふーん、クリエイティブな初心者からは個人情報がダダ洩れなのね」


 妹は話を続ける。


「私から言えば、漫画やアニメ、ゲームのキャラクターのどこがいいかわからない」


「そこだよ。世の中には二次元も三次元も好きって人もいれば、二次元で抜いたことのないオタクじゃない人、三次元の女は絶対に無理っていうオタクな人。二.五次元の声優が良いって人。バラバラなんだ」


 小説は個人情報を心の底からすべてさらけ出す作業ともいえる。

 嫌いなことを一生続けることはできない。俺が絵で食べていくとしたら、あと50年ほど漫画を描くとしたら絶対にかわいい女の子を出したい。小説もそれと同じで、ヒロインのいない男だけの小説なんてありえない。(ただし一部を除き)


 妹は俺の考え方を否定する。


「いやいや、二次元も三次元もロリから三十路まで大好きなストライクゾーンの広いお兄でも、男だけのケータイ小説は書くでしょう?」


「最後にどっかの論文でみたけど、人間って生き物は能動的にした選択を幸福と感じるらしい」


 誰かに命令されたり、強制されたりした選択は幸福に感じない。確信犯という言葉があるように、自らの行為が間違っていようが犯罪であろうがその人にとっては幸せなのだ。

 俺は続ける。


「小学生までは親の言うとおりに習い事をすればいい。けど、中学生からは自分自身で選んだ習い事や部活をするべきだ。なぜなら、自我が芽生える思春期に自分でやりたくないことをやると絶対にうまくならないし、長続きしないからだ」


 好きこそ物の上手なれ。

 好きであればこそ、自然に熱中し、上達する。


「ケータイ小説キチの俺が一時期、乙女ゲームみたいな小説を書こうと思い至った」


「ほうほう、で、結果は?」


「書けるわけねぇわ。経験値が足りない」


 その時、俺は知り合いの女の子に『刀剣乱舞』や『K』、『文豪ストレイドッグス』の何が良いかを必死に聞こうと画策していた。しかし、好きじゃないものは上手になれない。俺の乙女ゲームへの挑戦は、女友達のあらぬ秘密を暴いてしまい、反感を買っただけに終わった。


「ケータイ小説キチの俺が、ケータイ小説のためだけに、女性読者を増やすためだけに女友達や後輩に近づき、乙女の秘密を探ろうとした、どしたら女性が喜ぶケータイ小説ができるのか、その結果が散々だよ」


「お兄ってたまに味方になってあげたいくらい頭のおつむが弱いですね」


 妹に同情された。同情するならアクセス数をくれ、金をくれ。敬語の妹、こわい。

 乙女系、女性向けの小説は趣味で絶対に書かないと誓った、たぶん金銭が発生すれば書くかもしれない、そんなことは一生ないが。


「ケータイ小説で大事なのは身バレしないこと。もし身バレしてしまった場合は配慮すること」


 規約違反にある。他人の個人情報を勝手に書かない。本人だと特定できる情報量を文にする場合はモデルにする人に必ず了承を得ること。人間関係の不和にしかつながらない。


 妹、絶句。


「は? ケータイ小説ひとつで人間関係が壊れるの?」


「ああ、俺はケータイ小説ひとつで進路にまで影響を受けた。高校に行かないとか、大学に行かないとか、それレベルだ」


 小説家は個人情報漏洩の名手だ。リアルをモデルにするときは最新の配慮が必要になる。


「妹よ、実際死人が出るぞ。ケータイ小説で好きな人を特定されて暴露されてみろ」


「それは、、、思春期にとっては、、、自殺レベルだね」


 規約違反にある。自殺の手助けをしたり自殺ほう助したりしてはいけない。

 言葉で人を殺せる。それはイジメなんかがわかりやすい。言語の暴力であるイジメは人の心をあっという間に壊す。


 妹は覆面作家のことなど忘れて放心状態。

 部屋を出ていこうとし、ドアを閉める前に最後、俺に質問する。


「人間不和に陥ったり、イジメの原因をつくったりするケータイ小説を書いてる……お兄って……何なの?」


「だから言っただろ」


 できるだけカッコよく言ってやった。


「――俺はケータイ小説キチガイだ」

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