第6-7話:生と死の狭間で
――一ノ宮が私の肩を叩いているような気がする。
でもまだ目を開けたくない。開けたらまた会議だもの、もう少しだけ眠りたい。
「愛様、起きてください」
今度はゆさゆさと体を揺らされる。これでは眠りたくても寝られない、私はうっすらと目を開いた。私を揺すっているのは一ノ宮ではなく、付き添いのメイドだった。
「おはよう、もう朝なの?」
「おはようございます。お疲れのところ申し訳ないですがお時間です」
「わかったわ」
私は軽く背伸びをしてベッドから抜け出した。寝ぼけたまま窓のそばに置いてある椅子へと腰をおろす。
「失礼します」
メイドがテーブルに置いたのは暖かいトーストと珈琲。寒い冬の朝にはもってこいだ、私は朝食を食べながら眼下に広がる街並みを見下ろした。
「変わったわね」
街を歩いているサラリーマンたちの横に、軍服を着て銃を持った男たちが闊歩するようになった。
「有事ですので」
「わかってるわよ。何か連絡はきてないの?」
「今のところは何もありません」
「そう……」
私はその言葉を聞いて安心はしたが、同時に残念な気持ちになった。何もないということは何も変わっていないことだ。こんなときにのんびり珈琲を飲んでいるなんて褒められたことじゃない。でもいいじゃないか、私はこれから夜遅くまで帰れないのだから。
私はスーツに袖を通してズボンを履いた、スカートではなくズボンだ。女性なのだから女性らしい格好をしたほうがいい、と一ノ宮から言われるがあいにく私は女性扱いなんてしてもらいたくなかった。
そもそもスカートなんて似合わないしね――。
私は薄く化粧をし、長く延びた髪の毛を後ろで一つに束ねた。
「よしっ、行ってきます」
「お気をつけて」
私はメイドに見送られて国会へと足を運んだ。会議室の扉を開けるとすでにいつもの面子が勢ぞろいしていた。私もいつもの席へ腰を下ろすと早速会議が始まった。
「先日決定いたしました玖国側の意向としましては……」
一ノ宮が昨日決まったことに関してなにやら大仰な言葉を並べて話している。私はとても人任せな作戦に昨日から頭を悩ませてばっかりだった。
玖国がとった行動は主に三つだ。一つめは停戦、これは門前払いで終わってしまった。
二つめは防衛、これは随時対応中だ。玖国は島国だから海岸の防衛に七割もの兵力を配置した。これで上陸している弐国の兵にはたった三割の兵力で対応するしかない。私は無謀だと思ったが、他に上陸されてしまえば更に危機的状況になるとの一ノ宮からの進言に断れる理屈がなかった。
三つ目は壱国への救援依頼だ。壱国内での内戦が終われば、すぐに玖国を助けに来てくれるとの約束を取り付けた。もちろん私たちが支持する側が勝てばの話なので、玖国はなけなしの食料や弾薬を提供してしまい、国庫はすっからかんの状態になってしまった。なんだか私まで難しく考えすぎているのかもしれない。要するに壱国が助けに来るまで玖国を守りましょう、って作戦だ。
「愛様」
ああ、なんて無様な作戦なんだろう。いじめられっこが居るかどうかもわからない正義のヒーローが来るのを、ただ指を咥えて待ってよう作戦。こんなもの作戦なんて――。
「愛様!」
「ひゃ、ひゃい!」
私はいきなり名前を呼ばれて変な声がでてしまった。
「愛様、お疲れのところ申し訳ないですが、いまは会議に集中してください」
「すいません……」
私は一ノ宮に言われてすっと背筋を伸ばし、椅子を立って話をしている軍人のほうに目をやる。
「……いたしまして、第一戦の玖国側の戦死者は五十名ほどで、弐国側はおよそ一万名を超える戦死者が出たと思われます」
「え?」
私はまるで夢を見ているかのような報告に思わず驚いてしまった。先ほどからそのような話をしていたのだろうか、驚いたのはどうやら私だけのようだ。
「そ、それはなんで?」
「愛様、お話を聞いていらっしゃらなかったのですか?」
「まぁまぁ。国王はお疲れの様ですので、私から説明致しますよ」
軍人はにこにこしながら手元にある資料を読み上げていく。玖国が大勝利をしたのが面白くて仕方のない様子だ。
「弐国側の装備が旧式であったことから、私たちは弐国の射程距離外から攻撃を開始いたしました。それでも弐国は幾度も突撃を繰り返しましたがすべて迎撃いたしました。その際、最前線の部隊が物量の差で少々戦死者を出しましたが、被害はほぼ皆無と言ってもよろしいかと思います」
「え、えっと……それはつまり」
「玖国の大勝利です」
会議室から大きな歓声と拍手が舞った。まるで戦争に勝ったかのように賑わっている。私も思わず頬が緩んだが、横に座っている一ノ宮の顔がまるで興味なさそうに白けているのを見て顔を引き締めなおした。私は歓声に包まれている最中、小声で一ノ宮へ話しかけた。
「どうしたの?」
「これは愛様、何かありましたか?」
一ノ宮は笑顔を作って私へ顔を向ける。
「質問してるのは私よ、なんだか面白くなさそうじゃない」
「え、ええ……敗色濃厚だったのに逆転勝ちをすると、何か裏がありそうで怖くなりましてね」
「裏?」
「私の考えすぎですね、ともかくこれでは収まりがつかないでしょう。愛様もお疲れのようですし、今日はこれにて終わりにしましょう」
一ノ宮は会議を終わらせようと、椅子から立ち上がった。
「あ、待って。さっきの報告に関しての資料を私に持ってくるように伝えてもらえないかしら」
一ノ宮は驚いたように私を見たが、「了解しました」と会釈をした後、会議を終了させた。
私は官邸に帰ると、さっそく一ノ宮から貰った資料に目を通した。戦の知識なんて持ってない私が読んでも意味ないかもしれない、でも一ノ宮の言葉が気になった。
しかし、
何にもわかんないわね――。
私は資料を持ったままどさっとベッドに横になった。結局私にはわかることなんてひとつもない。しいて言えば今は勝っている、それぐらいのことぐらいしかわからない。私は顔だけ上げて、半ば愚痴っぽく横にいるメイドに向かって口を開いた。
「ねえ」
「はい」
「うち、勝ったみたいよ。最初の一戦だけど大勝利だったみたい」
「それはいい知らせなのでしょうか」
「たぶん、ね」
メイドはそこで口を閉ざしてしまった。私は再度話しかけてみる。
「何か感想は?」
「私は政治や戦争のことは何一つわかりませんので」
「私もよ」
私はメイドが口を開くのを待ってみる。一分ほど経っただろうか、この空気に居心地が悪くなったのかメイドはしぶしぶ口を開いた。
「……亡くなった兵の方々のご冥福をお祈りいたします」
私はその言葉を聞いて何かを取り戻せた気がした。
「そうよね、それが普通の反応……でいいのよね」
私は目を閉じながら横になった。この戦争で早くも一万人が犠牲になったんだ。玖国側の犠牲が極々少ないからといって、両手を挙げて喜ぶ気には到底なれない。これから同じような報告は増えていくだろう。
でも人の命をまるでゲームの駒のように扱う気には、
「ですが」
メイドが口を開いた。私は思わず目を開けてメイドを見る。
「私たち庶民は悲しむことしか出来ません。ですが愛様はこの戦争を終わらせる権力(ちから)があります。どうか国民のためにも、そのことだけはお忘れなく」
彼女の言葉はまるで私を初心に帰らせるように、ストンと私の心の中に染み渡った。私は体を起こしベッドから起き上がる。
「ありがとう、どうかしてたわ。国を変えるため私は此処に座ったのに、もう忘れてた」
私は先ほどまで見ていた書類を手に取り、いつも座る椅子へと腰を下ろした。
「私が止めてみせるんだから」
疲れた体に鞭をうち、私はなんとか和平策を模索していった。
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