第6-8話:生と死の狭間で
いつの間にか昼が過ぎ、徐々に日が落ち始めていた。私は椅子から立ち上がり、窓から街並みを見下ろしながらメイドに珈琲を依頼した。
「あ、あと一ノ宮さんを此処に呼んでください」
「かしこまりました」
メイドが扉を開けて部屋を出て行く。私は珈琲をすすりながら眠たい頭を叩き起こす。十五分ほどで扉をノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」
「失礼します、お呼びでしょうか」
「早いわね、昼間はよく眠れた?」
「いえ、私はそんなに寝なくても問題ないので」
「あら。でも体には気をつけてね、あなたは玖国にとって大事な人なんだから」
「了解しました……なにかありましたか? 朝とはまるで別人のようですが」
「昔に戻っただけよ」
私が椅子に座りなおすと、扉の前にいた一ノ宮も目の前の椅子に座った。私と一ノ宮は机をひとつ挟んで向かいあうように座る。
「貴方の考えをもう一度聞きたいわ。この戦争を終わらせるにはどうすればいいの?」
「それは和平ということでしょうか」
「そうね。そう捉えてもらって結構だわ」
「弐国の様子から見ると和平は極めて難しいと思われます」
「それは分かっているわ。ならどうやって戦争を終わらせようと思ってるの?」
「戦争を終わらせるにはどちらかが泥を被る必要があります。被りようによっては国が亡くなるかもしれませんし、どちらも被りたくはないでしょう」
「なら?」
「二つの国で無理ならば、他の国に仲介してもらう必要があります。壱国の紛争が収まるまで被害を少なくし、徹底防衛に努めるのが最良かと思われます」
「それが貴方の考えなのね」
「はい」
私は一ノ宮の返答を聞き、先ほどまで読んでいた資料を机の上に置いた。
「これを読んでちょうだい」
「これは、朝に話しをした陸軍の資料ですか」
「そ、ここを見て」
私は資料の隅を指差した。
「我が軍は二キロメートルの転進と陣地の再構築、とありますが」
「これはまずいんじゃないかしら」
「まずい、と申されますと?」
「海岸から首都までは四百キロしかないのよ。戦果は出ても勝ちとは言いがたいわ。それに私たちに必要なのは壱国が来るまでの時間のはずよ」
「そ、それは確かにそうですが……」
「一ノ宮さんにはそこを調べてほしいのよ。相手の兵量と残弾薬、そしてこの進行速度ならいつまで耐えることが出来るのか。その現状次第では壱国を悠長に待つのは危険だわ」
「はっ、承知いたしました」
一ノ宮は急ぎ足で部屋を出て行った。私は扉が閉まるのを確認してから、大きくため息を吐いた。すっかり冷めてしまった珈琲に口をつけ、少しの間だけ目を閉じる。
なるべく戦死者を出さず、戦争を終わらせるには――。
私一人の頭では案は出そうにない。なら今の案が正しいのか、それだけでもしっかりしとかなくては反論すら出来ない。私はいつのまにか椅子に座ったままうとうとと、船をこいでしまっていた。
「愛様」
「は、はいっ」
「愛様、お疲れのところ申し訳ありません」
目の前には書類を持った一ノ宮の姿が見えた。時計を見るとすでに二十一時を回っており、夕日で染まっていたはずの街は明るくライトアップされている。どうやらうとうとしながら寝てしまっていたらしい。私は口元を拭って一ノ宮に目を向けた。
「ごめんなさい、早かったわね」
「どうしましょう、明日にしましょうか?」
「いえ、今お願い」
「かしこまりました」
一ノ宮は持っていた書類を机の上で広げ始める。なにやら数字がたくさん書いてあるが、こんなものはどうでもよかった。
「個々の説明はいいわ、どうだったのかだけ教えて」
「はい、関係者に確認したところおそらく一年ほどで首都まで到達するだろうと」
「一年か、その数字は正しいのかしら」
「私は概ね正しいと思います、ですが」
「ですが?」
私は一ノ宮の言葉をオウム返しで問い詰めた。一ノ宮は髪をいじり、なにやら考えている。
「ここからは私の妄想に過ぎないのですが」
「結構よ、教えて」
「わかりました。今回の弐国との戦闘ですが、矛盾しています」
「矛盾?」
「はい、一つ目は上陸地点です。上陸されたのは旧C区域ですが、此処から上陸するよりも首都に近い海岸はたくさんあります」
「警備が薄いとか、そういう理由じゃないの?」
「いえ、お恥ずかしながら海上の警備はどこもそう変わりません。それに壱国の援護が来れば不利になるのは弐国側もわかっているはず。それでもあえて一番遠い海岸を選んでいます」
「いったい何故……?」
「それだけではありません。戦果については報告どおりですが、問題は兵の質です」
「兵の質?」
「相手は歩兵だけで装備も旧式、戦闘行為も無謀な全員突撃のみのようです。これではまるで三百年前の戦争ですよ」
一ノ宮の報告を聞いていくと、確かに矛盾がある。弐国側は余計な邪魔が入らないうちに、短期決戦をしかけてくると思っていた。そして我が国は壱国が支援にくるまでの時間稼ぎが目的だ。
しかし弐国はあえて遅れるような行動を取っている。それに戦果も期待できないような兵を送り、無謀な突撃を繰り返すだけ。私には弐国が何をやろうとしているのかまったくわからない。
「これは妄想です、私の勝手な妄想と思ってお聞きください」
一ノ宮が何度も口をすっぱくして言う。
「大丈夫よ、わかったからお願い」
一ノ宮は手で口を覆い、頭を捻りながら静かに言った。
「もしかしたら弐国は、人を減らすのが目的なのではないでしょうか?」
その言葉に、私は思わず息が詰まってしまう。
「先代のD政策、それに限りなく近いものがあるのではないでしょうか」
「ば、馬鹿言わないでよ。これは戦争なん……」
そこまで言って私はようやく気づくことができた。
「そうです、戦争では人を殺しても、人が殺されても当たり前のこと。しかもDより」
「言わないで、それを言われてはあまりにも悲しすぎる」
「失礼しました」
一ノ宮ならずっと前から気がついていたはずだ。口が滑ったのはこの事態に一ノ宮も焦っているからだろう。何も考えなしに口減らしをしたいなら戦争が一番手っ取り早いだろう。
もし勝てば国にとって有益だし、負けても目的は達成できる。しかしそんなことが言えるのは弐国のような、負ける要素がないほどの大国家でないと無理だ。負けてもと言ったけど、こんな時代に負けた後立ち上がれるはずがない。だから久条はDなんて最悪な政策を取らざる終えなかった。
私は大きくため息を吐き、下を向いて黙っている一ノ宮に話しかけた。
「最悪なのは変わらないわね、一年以内に壱国の内戦は終わりそうなの?」
「それは……わかりません」
一ノ宮は心底申し訳なさそうな表情をした。私も意地悪な質問をしてしまったものだ、だってそんなこと誰もわからないのだから。
「うん、わかったわ」
「あ、愛様」
「でも和平と根回しだけはしててね。壱国がやっぱりやーめた、とか言っちゃったらもうどうにも出来ないから」
私はお茶らけた様に手を軽く振りながら、一ノ宮に下がるよう命じた。
「それは承知しております。しかし弐国側は和平に応じるとは思えません」
「いいのよ、ポーズだから」
「それを聞いて安心しました、失礼いたします」
一ノ宮は私に一礼して部屋から出て行った。パタンと小さく扉が閉められる。一人になり、部屋の中が静まりかえると私はなんだか凄く興奮していた。
不謹慎だとは思うけど、私はようやくこの国の役に立てるかもしれない――。
そう思うとどんどん心が高揚してしまい、眠たかったはずの目は冴えてしまい、中々寝付けないでいた――。
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