第6-6話:生と死の狭間で

 ――弐国の侵略が始まった。


 ニュースが流れている。内容は侵略を続けている弐国についてだ。何万という兵が旧C区域に上陸、そのまま首都に向けて徐々に進軍しているらしい。兎谷はチャンネルを切り替えるが、先日まであったはずの娯楽番組はなく、どれもつまらないニュースばかりだった。


「暇だねえ」


 兎谷はソファーに座わり、煙草を咥えたままつまらなそうにニュースを見ていた。


「鉄さんも今日は休みなんすか?」


 兎谷は椅子に腰かけている鉄に向かって話しかける。


「いや、今日は午後からだ」

「あらら、忙しいっすね」


 兎谷はテレビのリモコンを手に取りチャンネルを切りかえる。局が一周したところでテレビの電源を消した。


「戦争っても実感わかないっすね。向こうではドンパチやってんのかもしれないけど、ここは静かなもんだ」

「うむ……今の内はな」

「今の内っすか」


 鉄は何か考えるかのように腕を組みながら目を閉じた。その仕草に兎谷も口を閉じる。部屋には静寂が訪れた。しかしそれは長く続くことはなく、玄関を勢いよく開ける音が二人のいるリビングに聞こえてくる。


「たっだいまー」


 鈴の声だ。鈴はドタドタと廊下を走り、慌てた様子でリビングへと入ってきた。


「お、二人とも休みなの?」

「俺だけだよ、鉄さんは午後から仕事だってさ」

「ふ~ん、なら兎でもいいや。ちょっとあんた手伝ってよ」

「俺でもいいやって酷くない? 俺の心が深く傷ついたわ~」

「そのまま壊れちゃえばいいのよ。ってそんなのどうでもいいから手伝ってよ」

「はいはい、何するんだ?」

「買い物よ!」


 兎谷は鈴に手を引かれながら慌ただしく家を出て行った。兎谷は鈴の走るペースに合わせながら付いていく。ついた先はいつも行っている商店街だ。そこには沢山の人がスーパーの前に並んでいた。


「なんだこりゃ、安売りセールでもやってんのか?」

「どっちかというと、高売りセールかな」

「なんだよそれ……」


 兎谷はスーパーの外から中を覗き込んだ。まだ昼前だというのにスーパーの商品は売り切ればかり、ほとんどの物がなくなっていた。


「買占めか、でもこれってすぐに規制されちまうんじゃないの?」

「まだ規制されてないからいいの。それにこれから毎日買えるかわかんないんだから」


 鈴は人混みをかき分けながら中に入り、兎谷にカゴを手渡した。その中にお米が何袋も入れられていく。


「おもてぇ~」

「ほら、頑張ってよ」

「まったく……大丈夫かよ」


 兎谷が呟いたのは何に対してだろうか。兎谷は大量の荷物を抱えながら鈴のあとを追う。買い物が終わるころにはとても手では持ちきれず、仕方なくスーパーの台車を借りて家へと向かった。


「なんでこんなに買ったんだよ」

「なにいってるのよ、ニュース見てないの?」

「そりゃ見てるけどさ」


 兎谷はぼやきながら台車を押していく。


「まったく、戦争なんてほんと迷惑だわ」

「……そうだな、でも実感ないんだよなぁ」

「私もそんなのまったくないよ。でもせっかく自由に出歩けるようになったのに、有事ってことでまた封鎖されちゃったし、軍人は偉そうだし嫌になっちゃう」


 鈴はぷんぷんと頬を膨らまし、手に持っているバックを振り回す。


「危ねえよ」

「別にいいじゃない、当たるのはあんただけなんだし」

「それが危ないって言ってんの」


 鈴は兎谷をからかうことで笑顔になっていく。はしゃぎ回る姿は十代の女の子そのもので、二人の姿は仲のいい兄弟のようにも見えた。今度はくるくると横に回りながら鈴は笑い続ける。しかしその姿はどこか無理をしているようにも感じた。


「はぁ~それにしても何考えてるんだろうね」

「愛か?」

「そ、愛ちゃん。玖国の一番になったんじゃないの?」

「なったかもしんないけど、そんなに口を出せる立場でもないんじゃね? よくわからないけどさ」

「ふ~ん。政治のことはよくわかんない。でももっと私たちのこと考えてほしいよね」

「……そうだな」


 兎谷と鈴はその会話を最後に口を閉ざした。がらがらと台車がコンクリートを進む音だけが辺りに聞こえる。鈴はうつむきながら、兎谷はどこか空を見上げながら家路を辿った。


 兎谷は家に帰り着き、扉を開けると出るときにはなかった靴に気がついた。


「あれ、大神さん帰ってきてるんじゃね?」

「え、ほんと?」


 途端に鈴の表情がぱあっと花ひらいた。靴を乱雑に脱ぎ捨て、鈴は急ぎ足でリビングへと向かう。


「ただいま~」


 リビングの扉を開けると、そこには神妙な顔つきで話合う大神と鉄の姿があった。それに構うことなく鈴は大神に飛びついた。


「お帰り~どこ行ってたの? 連絡もないから心配したんだよ」

「鈴か、悪かったな」


 大神の声はいつになく低く、とても疲れているようにも聞こえた。


「大丈夫?」

「問題ない。それにまたすぐ出かける、今度は長くなるかもしれない」

「ええ~いつ帰ってくるの?」

「わからん」

「兎に行かせればいいじゃない」

「兎も鉄もお前も仕事があるだろう、それに今回は俺一人でも十分だ」

「むぅ~」


 鈴はまた頬を膨らませてむくれ始める、大神はそんな鈴の頭に手を置いてあやし始めた。その光景はまるで子供をあやす父親のようだ。


「危険なの?」

「危険ではない。だが、気乗りしないのは確かだ」


 大神は鈴の頭から手を離し、小さなバッグを肩に担いだ。


「鈴、家のことを頼む」

「うん!」


 鈴は笑顔で大神を送り出した。大神がリビングを抜けて玄関に向かうと、荷物を搬入していた兎谷と出くわした。


「あ、大神さんお疲れっす」

「兎谷か、しばらく家を空ける」

「了解です」


 大神は兎谷の横を通り過ぎる。かかとを踏み潰した靴を履いてドアを開けた。そして兎谷に背を向けたまま大神は小さく呟いた。


「兎、いま何歳だ?」

「え、二十一っすけど」

「はっは、ついてねぇな」

「何すか急に、ついてないってこの戦争のことですか?」

「まあな」

「大丈夫っすよ、俺は兵隊じゃないし」

「でも、もし行くことになったら?」


 兎谷は少し間を置いて、頭を軽く掻きながら答えた。


「そりゃついてないって言葉だけじゃ済まされないっすね」

「くっくっく」


 大神は肩を震わせながら笑い始めた。兎谷は自分のいった事のどこが面白かったのか、まるでわからないといった表情だ。


「そうだよな。運がないってだけじゃ済まされない……よな。行ってくる」

「いってらっしゃい」


 兎谷が大きな声で大神を見送った。大神は小さく手を振り替えし、駅へと向かって歩いていく。


 その足取りは決して軽くはなかった――。

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