第6-4話:生と死の狭間で

――陽も昇り始めた朝方、ようやく会議は終わりを告げた。


 私は自室に戻り、窓の外からいつも通りの日常を送る街並みをみて、大きくため息をついてしまった。


「はぁ……平和ね」


 街は平和そのものだった。スーツを着て歩いているサラリーマンたち、ベビーカーを押しながら歩いている女性。あの人は夜勤上がりなのだろうか、眠そうに大欠伸をしている。


 私もつられて欠伸をしてしまった。コンコン、と扉をノックする音が聞こえた。


「どうぞ」

「愛様、お疲れ様です」


 一ノ宮が私の部屋に入ってくる。私と同じく疲れているはずなのに、その顔はいつとも変わらぬ精悍(せいかん)な顔つきだった。


「一ノ宮さん……どうだったの?」


 私は会議中に再度和平を申し出ていた、その答えが返ってきたのだろう。


「駄目でした、和平をするには無理な条件ばかりで話にもなりません」


 一ノ宮は私に書類を渡してくる。それには一ノ宮とヘルマンの会話の内容が記されていた。私はそれを読んだ後、力が抜けたように椅子に座り込んだ。


「こんなの……国民を飢えで殺すか、戦争で殺すかの違いじゃない」


 私はまた大きく溜息を吐いてしまう。


「一ノ宮さん、私は……どうすればいいの?」


 一ノ宮は私の質問に珍しく考えているようだった。


「人は、人は誇りがなくても食料さえあれば生きてはいけます。逆もまた然り。ですがどちらもなくなった場合、戦って取り戻すしかないのです」


 私はその言葉に驚いてしまった。いつも合理的な意見ばかりの一ノ宮が、珍しく精神論すら唱え始めたのだ。


「しかし、力が違いすぎるわ。まるで大人と子供の喧嘩よ」

「そうです、まさに大人と子供の喧嘩でしょう。もしそれが本当にあった場合、大人が喧嘩を止める時はどのような時でしょうか」

「子供が泣き叫んだときでしょ」

「そう。ですが、泣いても終わらない場合は?」


 泣いても終わらない。玖国が泣き叫んでも、弐国は決して止めることはないだろう。


 もしもそうなってしまったら――。


「子供は、狂うか……死ぬしかないのね」


 一ノ宮は私の言葉にゆっくりと頷いた。もう玖国にはそれしか残されていないのだろうか。私は半ば諦めたように一ノ宮の背中を追うこともなく見送ってしまう。一ノ宮は部屋の扉を開け、私に向かって一礼しながら呟いた。


「私に考えがあります。ですが、それは狂った考えです」


 そんな微かな希望を秘めたような言葉に私は飛びついた。


「それは?」

「子供が大人に勝つには、大人が恐れるような武器を持てばいいのです。失礼いたします」


 一ノ宮が部屋を出ていく。バタンと音を立てて扉がしまった瞬間、どっと疲れがおりてきた。私はふらふらとしながらベッドへと倒れこんだ。


「武器……か」


 それが無いから苦労してるのに――。


 思えばこの半年間は問題続きだった。やっとの思いでD政策を終わらせたのはいいけど、D政策を終わらせたせいで様々な問題が浮上してきてしまった。


 以前からあった食糧問題、増え続ける人口問題。まだ半年もたっていないからそう明るみには出ていないけど、根本的な解決策はまだ出ていない。このまま五年、十年と過ぎてしまったら前に大神が言っていた悲劇があるかもしれない。


 ああ……D政策は、なんて残酷なまでに画期的な政策なんだろう。さすがあんたが考えただけはあるわ、このくそ親父――。


 私は頭を大きく左右に振って、久条の顔をかき消した。あんな醜悪な政策なんて認めるわけにはいかない。そして新たな弐国との問題、戦争なんてやりたくないけど止める術がない。私の頭の中はかつてないほどにぐちゃぐちゃだった。


「もう八時か」


 昼からまた会議の予定が入っているから少しの間だけで眠っておきたい。


 今日は大変な一日になりそう、私はそう思いながら目を閉じた――。

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