第6-3話:生と死の狭間で
「静粛に」
一ノ宮の一声で会議室は静けさを取り戻す。議員たちすべての目が一ノ宮に集中した。
「我々が慌てていてはどうしようもないでしょう。まずは落ち着くことが先決です、私の話を聞いてください」
その一言でみんな落ち着きを取り戻したように思えた。私も一ノ宮の目を見る。
「ひとつだけ言えることがあります。この戦争は……いや、侵略は避けられないでしょう」
「そ、そんな」
私の声を皮切りに、他の議員たちも同じ様な反応を見せた。すると一ノ宮が軽く咳払いをし、会議室を静寂に戻す。静まり返る議員たちを確認すると、一ノ宮が話を再開した。
「順を追って説明いたしましょう、まずは弐国の国内情勢からです」
一ノ宮がモニターのスイッチを入れると、多様なグラフが掛かれたシートがモニターに映し出された。題名には弐国の歴史と記載してある。
「この資料は今年の物ではありませんが、皆様に理解していただくには十分ですので用意させました」
一ノ宮はレーザーポインタを手に取りモニターに向けた。
「愛様もいらっしゃいますので、まずは弐国についてざっと説明いたします。弐国は玖国から一番近い隣国です。ですが近いと言っても海を隔てて三千㎞はあります。総人口は約五億人と発表されておりますが定かではありません。それは弐国が玖国の何十倍もの国土を持ち、移民の受け入れを余儀なくされ、超多国籍国家となり弐国自体も管理できていないからです」
移民の受け入れ、私はその言葉を聞いて、旧B区域で兎谷と話した事を思い出していた。海面上昇という緩やかな天災。兎谷が自慢げに話していたのを懐かしく感じる。玖国は地下に都市を作って住居を確保したが、他の国では何の対策も取れずに沈んでしまった国もあるのだろう。そして、その受け入れ先となってしまったのが壱国の次に大きな弐国なのだ。
「国連が出した移民という強制的な救済措置は、現在紛争の大きな原因でもあります。弐国では人種や差別による紛争が後を絶たないようです。食料や紛争による問題はどんな国でもありますが、弐国は他国から領土を奪う形をとる気なのでしょう……」
一ノ宮の説明が区切りを見せると、一人の議員が口を開いた。
「だが、壱国と玖国は同盟国だ。玖国の小さい土地を奪うのに壱国を敵に回しては分がわるいと思うのだが」
「確かに壱国と玖国は同盟の関係にあります。私はここに来るまでの間に、壱国に連絡を取らせていただきました」
その言葉に議員たちが賞賛の声をあげる。「さすが一ノ宮総理だ」「行動が速い」など、その声には事態を楽観視したような安堵の声をあげる議員もいた。だが、一ノ宮の表情は暗いままだ。
「しかし、もう昨日の事になりますが壱国で大規模な軍事衝突があったようです。弐国の件に関して打診はしておりますが、連絡はまだありません。恐らく玖国に構ってる暇などないでしょう、弐国はこれをチャンスと見たに違いありません」
すぐさま議員から反論意見が飛んだ。
「しかし国連が黙ってはいないだろう」
「現実を見て考えてください。世界で弐国に武力で立ち向かえるのは壱国だけです。他国も苦しいのは同じでしょう。うちを助けてくれと言っても来てくれるでしょうか?」
一ノ宮の発言に「しかし、しかし」と声が上がる。誰だって戦争はしたくなかった。慌ただしい議員をよそに私はまったく別の事を考えてしまっていた。先ほどの説明にもあったように弐国は五億人、対して玖国は五千万人しかいない。国土もそれぐらいの差はあるだろうに、なんで玖国を狙うのだろうか。私は顔をあげて一ノ宮に訊いてみた。
「ちょっとよろしいでしょうか」
「はい、なんでしょう」
「ひとつ疑問なのですが、国土的な面に対して弐国に対して玖国はあまりにも小さいと思います。つまり戦争をしても弐国にはメリットが少ない。なのに何故、弐国は玖国を狙ったのでしょうか」
私の質問は確信をついたようだ、一ノ宮は驚きながら私に向き直る。一ノ宮は何故かすぐには答えず、まるで言葉を選んでいるかのようだった。その間に議員の一人が苦虫を噛み潰したような顔で口を開く。
「一番戦力が無いとでも思われてるのか」
そんなぼやきに、一ノ宮はいち早く反論した。
「いえ、違います。戦力として我が国は決して弱くはないでしょう」
「では何故」
「核ですよ。核爆弾がないから悠々と攻めてこれるのです。こんな殺伐とした世の中で、全て自国内の争いしか起きていないのは、核が原因なのです」
私の頭の中に戦争抑止力という単語が浮かびあがってくる。各国は核爆弾を抑止力の為、自衛の為にとこぞって持ち始めた。だが玖国は憲法上、核の所持を禁じている。
「今までは壱国という巨大な後ろ盾のおかげで戦争なんてありませんでした。しかし壱国の援助が期待できないいま、私たちは絶好の的になってしまったのです」
「でもっ!」
私は勢いよく立ち上がってしまい、椅子が後ろに大きな音を立てて倒れてしまった。近くに待機している従者が急いで椅子を起こしにやってくる。私はひとつ咳払いをし、心を落ち着かせた。
「すいません。ひとつ質問したことがあるのですが」
「どうぞ」
「玖国に……核を作る技術はないのでしょうか」
私の発言に会議室内の動揺は最骨頂となってしまった。まわりの議員たちは騒ぎだし、聞きたくもない言葉すら小さく聞こえてきてしまう。
「静粛に。愛様、そのお言葉は……」
「言葉が不適切なのは認めます。しかし、玖国民を護るために核が必要であるのなら……いち早く着手すべきだと思います」
一ノ宮はしばしの間、すこし顔をふせて顎に指を当てて考えこんでいる。私の言ったことは間違ってはいないはずだ。核という武器が必要なのであれば、玖国もいち早く実装すべきだと思う。単純な考え方かもしれないが、さっき一ノ宮が言っていたことはそういうことだ。一ノ宮が顔をあげて私の目を見た。
「先ほどの質問ですが、玖国も核を持つことは可能です。それぐらいの技術力は充分備わっています」
「では」
「しかし、使用するにはある程度時間が掛かるでしょう。とても弐国が待ってくれるとは思いません」
「わ、私もそうは思います。でも、玖国が核を持てば弐国も引かざるおえないのではないでしょうか」
「愛様……核は持ってもいいですが、撃つことはできません。撃ってしまった瞬間、玖国は全世界から狙われることになるでしょう」
「え」
「例えばここに居る全員が銃を片手に議論をしているとして、愛様だけが持っていないとします。愛様は別の議員から銃を突き付けられながら議論をしていましたが、いきなり隠し持っていた銃を突き返し、相手を撃ってしまった。するとどうなるでしょう」
「……おそらく私は他の議員から殺されるでしょうね」
「大変失礼な例を持ち出し、申し訳ありませんでした」
「いいわ、私の意見が間違っていただけ」
私は少し不機嫌になりながらも着席する。一ノ宮の言うことは間違ってはいないだろう、でも私は何かおかしい気がしてならなかった。私はまだ一ノ宮から目を離さない、それに一ノ宮も気が付いたのだろう。少し間を置いた後、私の名を呼んだ。
「愛様、まだなにか」
「では……戦争なのでしょうか」
私の声は震えてしまっていた。その言葉にほかの議員たちも戦慄し、脅えた表情が漏れ出ていた。それでも何人かの議員が一ノ宮に問いかける。
「仮に玖国全土が弐国の植民地になっても弐国の問題が解決するとは考えられないが」
一ノ宮はその問いに詰まることなく答えた。
「私もそう思います。しかし戦争をビジネスとまでは言いませんが、国の不満を別所に向ける国会対策のひとつとして考えることもできます。弐国は明確な敵を作ることで国内の内乱をおさめ、国民が持つ不満を全て玖国へ向かうように仕向けるでしょう」
一ノ宮の説明を聞いて、私は何故か納得してしまいそうになってしまった。明確な敵が現れれば、自国内で互いにいがみ合うこともなくなるだろう。戦っているほうが平和になるだなんてまるで獣、いや狂っているとしか思えない。
「それに先ほどの電話で、彼はなんと言いましたでしょうか」
私の顔は引きつっていただろう、同時に頭も痛くなってきた。私は震えた唇を抑えることも出来ないまま呟いた。
「間引く……と」
私の悲痛とも取れる呟きに、会議室はいっそう静まり返ってしまう。一ノ宮だけがその表情を崩すことなく、私の呟きに応対した。
「そうです。弐国は私たちを間引く、そう言いました。これはもう降伏の余地などないでしょう。最悪の場合……国家の殲滅戦になる可能性さえあります」
バンッと大きな音を立てて机が揺れた。一ノ宮の発言に激昂した議員の一人が思いっきり机を叩いたのだ。
そしてそのまま立ち上がり、
「そんな馬鹿な! そのような戦争、聞いたことがない」
「今までの戦争には多種多様な理由があります。それは植民地化による自国の繁栄、宗教や思想の違い、単に国家間の意地の張り合いでもあるでしょう。しかし今回は別だと私は思います。この大地には人が多すぎるのですから……」
堂々と正論を述べる一ノ宮に、議員達は反論する気力すら無くなっていく。最後に残るのは、懇願だけだった。
「そんな……我が国にも五千万の民が居るんだぞ。全員殺すというのか」
「過去、そのような大量殺戮がなかったとでも?」
鏖(みなごろし)そんな言葉が頭の中に浮かび上がる。これがもしも現実になってしまったら……玖国はまさに地獄と化すだろう。考えるだけで溜息が漏れてしまう。
玖国と弐国の人口の差はおよそ十倍、兵力や国力に至ってはどれほどの差があるのだろうか。そんな強国から「殺しあおう」だなんて言われても……。
私たちとしては、どうしようもない――。
私は頭を横に大きく振って諦めの芽を消した。私たちがそんな気持ちじゃこの戦争は絶対に回避できない。なにか策があるはずだ。議員たちも同じ気持ちなのだろうか、様々な意見が会議室に飛び交った。
「宣戦布告前の奇襲攻撃だぞ、これだけでも世界各国が味方に付いてくれるのではないか?」
「世論を味方につければ」
「大人しく渡してしまうのはどうか?」
「三割も渡したらこの国は破滅だ、それにそれだけで済むとは到底思えない」
「国連に仲介してもらえないのか?」
会議室は徐々に熱を取り戻し始める。今夜は誰も寝られそうになかった――。
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