第5-1話:正義
朝日が窓から射し込んでくる。時計を見ると六時を指していた。私は何度も寝返りを打ちながらベッドで眠気を待っている。でも全然眠れない。目を閉じると昨日の事を思い出してしまう。私はなんとなく水を飲みに部屋を出た。
「すごいよこれ」
リビングから鈴の声が聞こえる。持ち帰ったデータとまだ奮闘していたのか、私はゆっくりとリビングの扉を開けた。
「これさえあればAクラスどころか、国の機能すら止めれるかもしれないよ」
鈴がパソコンの前で驚きの声をあげていた。横では大神が真剣に鈴の話に頷いていた。
「愛ちゃんおはよ~よく眠れた?」
鈴が私に気づいて声をかけてくれる。私は目を擦りながら二人に近づいた。
「愛ちゃんのお父さんは、国の偉い人だったの?」
「え」
鈴からの思わぬ質問に私は驚いてしまった。そういえば父がどんな仕事をしていたかなんて訊いたことがなかった。覚えているのは三人での幸せな暮らしだけ。
「とにかく、これで中に潜入できるってことだな」
大神が不敵に微笑みながら、私と鈴の間に入った。鈴はすぐさまパソコンの画面を切り替える。
大神と鈴が私に気を利かせてくれたのを感じてしまった。なんだかありがたいような、申し訳ないような気持になってしまう。私は寝ぼけた顔をパンッと両手で叩き、目を覚ました。
父さんと母さんが残してくれたもの、これさえあれば――。
「官邸の見取り図を出してくれ」
「ほいほい」
鈴が慣れた手つきでキーボードをたたく。すると、パソコンの画面には立体的な建物が浮かびあがってきた。
「防衛機能を停止できる時間は?」
「停止だけなら十分ぐらいじゃないかな。すぐ上からセキュリティを被せられると思う」
「充分だ」
大神は椅子に座って胸ポケットから煙草を取り出し、火を点けた。
「ん? おい、兎はどこにいった?」
兎谷が居ないことに今頃気がついたようだ。それほど熱中していたのか、それとも存在感がないのか。
「兎は足が切れちゃったから病院だよ。切断面が綺麗だったからすぐ繋がるっておじさんが言ってた」
「ふむ……」
大神は兎谷のことを心配しているのかいないのか、神妙な顔つきで何か考えている。
「音疾」
「え、私?」
いきなり大神からの呼びかけに、思わず背筋を伸ばしてしまった。
「お前以外に誰がいる。今日は一日自由だ、暇だろうから兎の見舞いにでも行ってこい。すぐ帰ってこいと伝えとけ。明日の十四時からA区域に行くぞ」
「は、はい。分かりました」
足が切れても休みはないのか。動けるのか心配する半面、兎谷が不憫に思えてきた。それにしてもブラックな仕事だ。
「はぁ~あ、どうせナンパでもしてるよ~おやすみ~」
鈴が大きな欠伸をしながら部屋へと入っていった。鈴の欠伸につられて、私も欠伸が出てしまう。ようやく眠気が来てくれたらしいやっぱり疲れているんだ。私も鈴の後に続いて部屋に戻ることにした。リビングでは大神が独りでパソコンとにらみ合っていた――。
――蒸し暑い夏の日差しで目が覚めた。時計を見ると午後一時を少し回ったところだ。
私はベッドから飛び起きて身支度を急いだ。
少し寝過ぎちゃったな――。
私は入院した兎谷のもとへ行くために家を出る。外に出ると眩しい偽物の太陽が、私を出迎えてくれた。昨日も海沿いの田舎町でたくさん太陽を浴びたばかり。曇りの日ぐらいあってもいいと思うのだが、残念だがこの街では晴れしかないらしい。
「今日も暑いわね」
私は鈴から貰ったメモを頼りに駅を探して歩いた。兎谷と話た公園を越え商店街の少し先に大きな駅はあった。
私は駅の構内に置いてある路線図を見上げる。車が使えないB区域では電車が主な交通機関だ。そのせいか街中を線路が蜘蛛の巣状に張り巡らされていた。
病院のある駅名を探す、どうやら二回も乗り換えが必要らしい。私は戸惑いながらも、なんとか病院にたどり着くことが出来た。
「迷わなければ便利よね」
私は電車を降りて、メモに書いてある病院へと向かった。十分ほど歩くと病院が見えてきた。こじんまりとした小さな病院に見えたが、高さがないだけで幅は何十メートルもあり、周りはたくさんの花が植えられている。兎谷はどうやらまともな病院に入れられているらしい、少し安心した。
私は受付に兎谷の病室を訊き院内へと入った。昼間の病院は看護師たちが忙しそうにしている。私は邪魔にならないよう、廊下の隅を歩いた。
兎谷の病室にたどりつく。私は空いている扉から中を覗き込んだ。兎谷は暇そうに横になりながら、火の点いていない煙草を咥えていた。
「さすがに禁煙ってわかってるようね」
冗談交じりのご挨拶。私の見舞いが意外だったのか、兎谷は嬉しそうに笑った。
「愛ちゃんが来るなんて驚いた、俺のこと心配になったの?」
「……まーね」
へらへらした態度はいつものことだが、私にとって兎谷は命の恩人だ。いつもの態度に怒る気もなくなってしまった。私は手土産を置いて、病室の脇に置いてある車椅子を手に取った。
「煙草、吸いたいんでしょ? ほら、外にいくわよ」
私は兎谷の体を抱えようとするが、
「だ、大丈夫だって! 自力で歩けるから」
兎谷は顔を真っ赤にして断ってきた。同じ病室の人たちがクスクスと笑っているような気もするが、私には関係ない。
「何言ってるのよ。ほら、肩かして」
私は半ば強引に兎谷を車椅子に乗せて病室を出た。看護師に喫煙所の場所を訊くと、どうやら中庭にあるようだ。
車椅子を押しながら中庭に出る。病室に居るよりも、外に出たほうが気持ちいい。中庭にある喫煙所に着くと、兎谷は嬉しそうに煙草に火を点けた。
「ほんとヘビースモーカーよね。美味しいの?」
「もう癖みたいなもんだな」
そういって兎谷は紫煙を吐き出した。私は兎谷の少し後ろに立ち、大きく背伸びをしている彼を見つめていた。
そんな私の視線に気が付いたのか、
「愛ちゃん、どうしたの?」
私は昨日の……あのシーンを鮮明に思い出しながら、兎谷に問いかけた。
「あ、足は大丈夫なの?」
兎谷の切れた足。骨まで見えてしまったあの生々しさは、一日で消せるはずもなかった。
「あ~大丈夫大丈夫。すぐ治るらしいよ、もうだいぶくっついてるしね。鈴が足を拾ってくれたおかげだ」
兎谷は同時に傷口を見せてきた。足首一面に縫われた痕があるが、大丈夫そうな兎谷の笑顔を見てほっとしてしまう。
「って、鈴ちゃんが足を拾ってきたの?」
「そうだよ。いや~末恐ろしいガキだな、はっはっは」
兎谷は笑顔のまま笑い始めた。それに釣られて私も口元が緩んでしまう。でも、心から笑えることはなかった。だって、その痕は私のせいで出来てしまったのだから。そのことを思い出すと謝らずにはいられなかった。
「あの……ごめんね」
「なんで謝るんだ、謝るようなことでもあったか?」
兎谷は紫煙を吐きながら目を閉じた。いつもの兎谷ならお茶を濁されそうな会話。でも、今日は笑いもせず、冗談なんてなく、真剣に私と向き合ってくれている様な気がする。
「愛を守るために俺はついて行ったんだ。愛は生きてるし、俺も生きている。目的の物もある、最高の結果じゃないか」
「で、でも私は」
「足の事なら気にするなよ。おかげで可愛い子ちゃんが見舞いに来てくれたんだからな」
そういって兎谷は、いつもの笑顔に戻っていった。私はなんだか頬のあたりが熱くなっていくのを感じる。
「きゃっ」
「あだっ」
スコンッといい音が中庭に響いた。兎谷からお尻を触れた瞬間、勢いよく手が出てしまっていた。
「あんたねぇ……全く、心配して損した」
「おーい、俺はけが人だぜ? もっと優しくしてくれよ~」
兎谷の冗談に思わず笑顔が出た。私の笑顔に、今度は兎谷が釣られて笑い始める。つい最近会ったばかりなのに、何気ない会話にすごく安心してしまう。人との会話が、こんなにも楽しいとは思わなかった。
「兎」
「ん? 今度はなんだ」
「また、珈琲飲みに行こうよ」
喫茶店で過ごしたあの時間。今なら、今の私たちのような楽しい時間が過ごせるような気がした。私の言葉に兎谷が目を丸くして驚いている。でも、すぐに真剣な顔になった。
「ああ、行こう。すべて終わってからな」
真剣な兎谷の顔。先ほどと少しだけ違ったのは口元が少しだけ笑っているところだった。
私たちはそれから他愛のない会話に夢中になった。先日までの緊張感は、嘘のようになくなっていた。会話に花が咲いた私たちは面会終了時刻まで話し合っていた。
病院内を小さなチャイムが鳴り響いた。面会時間の終了を告げるチャイムだ、私は兎谷を病室まで送り届ける。そしてベッドの脇に置いておいた手土産を渡した。
「大神さんから」
「え?」
兎谷は中身を確認すると、頷きながらベッドに入っていった。
「じゃあ、私は帰るね」
「うん。今日はありがとうな、気を付けて帰れよ」
私は軽く手を振って病院を出た。外はもう夕方、ゆっくりと夜の帳が下りていく。大神からは明日A区域に行くと伝えられている。明日が上手くいけばこの国から出られるんだ。
でも、昨日のような気持にはなれなかった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます