第4-5話:遺産

 ――部下全員が泉の横を通り過ぎていく。久条と泉だけがこの場所に取り残された。


「お前は行かなくてよいのか?」

「あの程度の部下に先生の相手は無理でしょう。部下を減らすのは勿体無いのでね。まずはチップを頂こうと思いまして」


 久条が優雅に西洋の騎士の様に深々と頭を下げる。泉はその仕草が、その余裕綽綽(よゆうしゃくしゃく)とした態度が気に入らない。顔を顰(ひそ)めながら重々しく口を開く。


「ふん。お前が欲しいのはチップなぞではない」


 その一言が久条の顔から余裕を吹き飛ばした。


「さすが先生です。隠居なされたとは聞きましたが……どこまでご存知で?」

「今度はあの娘を王にする気か?」


 久条は間髪入れずに言葉を返す。


「勿論です。あのときの先生のご配慮には、いくら感謝しても足りません」

「貴様があの狂った仕来りに従った罪だろう」

「代々そうしてきたもので。後継者以外を殺し、内部で争いが起きないようにするのは国のため。極々、当たり前のことです」


 久条の流暢な語りに泉は暫しの間、口を閉ざした。二人の間にひと時の静寂が生まれる。動いたらすぐにでも壊れるであろう静かな世界。この広い地下に余計な音は無く、二人の小さな呼吸音だけが微かに聞こえるだけだった。


「それが狂っているとは思わんのか……」

「可笑しいですね先生。貴方は国より個人を選ぼうとしている。これは安定させるためですよ。あなたも同じことをなさったじゃありませんか」

「……」


 久条に言い負かされる形で、またしても泉は黙り込んだ。いや、わざと黙り込んでいるのか。しかし、今度は久条が沈黙を破った。


「それより先生、どういたします? そのご老体で私と戦うのですか?」

「ふん。決まっとろうが」


 紅葉がゆっくり、そして静かに距離をとった。先ほどの会話から推測すれば、久条は泉の教え子のようだ。それが学問なのか、はたして武術なのかは分からない。だが、泉の選んだ事はただひとつ。彼女達を逃がすための時間稼ぎだ。


 しかし、人は老いる。人間にとって老いとは最も恐怖するものだ。長期戦は不利、それでも泉は彼らを逃がすために長期戦を選んだ。久条は動かない。泉を恐れているのか、それとも逃げた二人を追うにはもう遅いと判断したのか。泉は銃を構えるが、それでも久条は動かない。


 不意に一発の銃声が響き渡る、それが合図となった――。

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