第4-2話:遺産

 十分ほど車を走らせると、ありふれた古臭い定食屋が目に付いた。Cランクの町に駐車場なんてない、車なんて贅沢品だからだ。路上に車を置いて定食屋に入った。


「結構いい感じじゃん」

「これが?」


 外見と同じく中も小汚い。塗装が剥がれた壁に、メニューがずらりと張り出されている。中には客がおらず、店員だけが暇そうに扇風機の風を浴びていた。私たちは四人掛けのテーブルに腰を下ろした。


「全然わかんねーな、愛ちゃんわかる?」

「私も魚の名前なんてわかんないわよ」


 メニューをみると魚の名前ばかりが並んでいた。


「俺は日替わりね」

「あ、私もそれでいいわ」


 私も兎谷と同じものを注文した。なんの魚かわからないけど、私がいつも食べていたものと変わりないようだ。


「Cランクつってもそこまで寂れてるわけじゃないのな」

「Bに比べれば充分寂れてるわよ」


 私は兎谷と途切れ途切れの会話をしながら箸をつける。味は悪くない、でも店の中は相当蒸し暑く長いは出来そうもなかった。私たちはいち早く会計を済ませ、外へ出た。


「あっちーな」

「さっきから暑いしか言ってないわよ」


 私たちは店を出て街中を歩こうとするが、Cランク街に娯楽なんてあるはずもなかった。当てもなく寂れた商店街を歩いていると、運よく開いている喫茶店が見つけた。私たちはそこで時間を潰すことにした。

 

 扉を開けると、カランカランと来客を告げるベルが店内に鳴り響いた。シャッター商店街の中に喫茶店なんてよく見つけたものだ。私だけだったら諦めて車にでも居る事だろう。兎谷がシャツをバタつかせながら席に座る。


「ふう、ようやく落ち着けそうだな」


 さっきの定食屋よりかは幾分涼しい。店内には私と兎谷しかいないようだけど、車の中で待つよりかはずっといい。兎谷はオーナーと思われる人物に飲み物を注文する。


「俺、アイスコーヒーね。愛ちゃんは?」

「私も同じで」


 カウンターの中にいる人物はそれを聞くと、何も返答せず一礼して奥へと入っていく。チリンチリン、と風鈴の音が鳴る。夏を感じさせる気持ちのいい音が店内に反響する。Cランクではクーラーなんて贅沢品だ。この店も窓を全て開放しているが、風通りがよく中々気持ちが良い。


「こんな場所があるなんて、知らなかったな……」


 ちょっと勿体ない。でもC区域に居た時は町に行く理由なんてないし、行っても何もないと思っていた。だけど此処みたいな素敵な場所もある。B区域に比べると寂れた田舎町って感じで、そこまで生活が困難な印象も受けない。


 あれ? 何かおかしい気がする――。


 何かが矛盾している。仮にDランクを死とするならば、Cランクは生きている内の最下層のはず。前に兎谷が言っていた。「試験が終わっても終わりじゃない」BランクになってもCランクに落ちることがある。

 なら逆もあるはず。CランクからBランクに行ける事だってあるだろう。でもCランクは確かに贅沢ではないが生活はできる。


「ああ、そういうことか」


 私は自分の疑問に、ふと自分で答えを出せた。どうもこの政策を作ったやつは馬鹿じゃないらしい。


 『妥協』 そう、人生とはどこまで妥協出来るか? 

 

 そんな問いを突きつけられている様だった。Cランクがあまりにも酷過ぎたら? 毎日のご飯にもありつけなかったら? そうなればまた大神さんの言ったような内戦が起きる。内戦が起きないとしても、Cランクで息が出来なかったら。皆、BランクやAランクを目指して動くだろう。

 

 そうなれば区域分けした意味が無くなる。川を流れる水のような変化ある生活環境ではなく、大きな湖やダムのような。何も変化がなく、何も起こらない。そんな生活を最下層のCランクに与えたのだろう。それはまるで……。


「飲まないの?」

「あ」


 私は不意に現実に戻された。考えに熱中しすぎたせいで、目の前に置かれている珈琲の存在にすら気が付かなかった。


「頂きます」


 冷たい珈琲が、私の喉を潤してくれた。


「また難しいことでも考えてたんじゃない?」

「あ……うん、そうかも」

「いいんじゃない?」

「なにが?」

「考えることを止めたら、人じゃなくなるって。 よく大神さんが言ってたよ」


 人じゃなくなる、か――。


 何を持って人なのか人じゃないのかよく分からなくなってくる。あんまり考えすぎるのもよくない。せっかくだから兎谷と話でもしてみようかな。


「みんなあの家に住んでるの?」

「あー、大神さんはあまり帰ってこないからな。あの人は違うかもね」

「貴方達って家族、なのかしら?」

「血はつながってないけど、ん~家族みたいなもんかな。まぁ、俺は日が浅いんでよく知らないけどね」

「……」

「……」


 一昨日会ったばかりだから会話が難しい。兎谷も話題を振ってくれるけれど、奥には触れないように。また、私も触れないように言葉を返している。あんまり居心地のいいものじゃないけれど、無言よりはマシだと思いたい。


 ボーンと店内の時計が音を鳴らし、十八時を指した。時計の音を聞くと、兎谷が椅子から立ち上がる。


「そろそろ行こうか」

「そうね」


 兎谷が会計を済ませて外へ出る。私もあとを追った。外はゆっくりと陽が落ちはじめ、昼間よりかは涼しくなっていた。近くに止めておいた車に乗り、情報屋から買った場所へと向かった――。

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