第3-2話:玖国

 扉をあけると外は快晴、窓から漏れていた日の光りが暑いぐらいだ。空は今日も青く……。


「ここ……どこ?」


 私は真上を見上げて驚いた。そらは青くなく、白く眩い照明で埋め尽くされていた。

 雲ひとつ見えないのだから、天気がどうというわけでもない。私がいつも見慣れた青空はそこにはなかった。眩しくてずっと見ることはできないけれど、機械的で人口の太陽らしきものが街中を照らしていた。


「Bエリアに来たのは初めてだろ? びっくりするよなぁ」

「ま、まぁね」


 私が驚いているのがそんなに面白いのか、兎谷は満面の笑みを私に向けた。


「訊きたいことあるだろ? 今日はいい天気だ、そこの公園にでもいこうぜ」


 兎谷は私の返事も待たずに先を歩き始める。私も兎谷の一歩うしろを歩いた。


 きっちりと舗装された道路が見えた。碁盤の目のようになっているのだろうか、区切られたまっすぐな道を歩いていく。

 歩行者だけが利用するような少し狭まった道だ。道の端には街路樹が均等に並べられている。辺りをきょろきょろと観察しながら歩いていくと、道路を走り回る子供の声や、母親たちの井戸端会議が目に付いた。


 穏やかな朝の風景が私の目にはいってくる。やがて木々に囲まれた公園が見えてきた。兎谷は公園の端にあるベンチに腰を掛ける。


「座る?」

「いい」

「あっそ」


 兎谷はベンチの中央に座りなおし、胸元から煙草を取り出して火を点けた。清々しかった朝の空気に煙草の臭いが濁っていく。どうやら兎谷は私の言葉を待っているのだろう。あれだけおしゃべりだった男が、何も言わずにただ煙草を吹かしている。

 

 私はというと、正直あたまの整理ができていない。何を聞くか迷うが……まあいい。時間はたっぷりとありそうだ。


「訊きたいことは山ほどあるけど、とりあえずここは何処なの?」

「ここはBエリアの第四十六区画、街の名前は別にあるかもしれないけどね」


 そんな地名だけ言われてもわけわかんないわよ――。


 そんな私の不満そうな顔が目に入ったのか、兎谷は足を組んで話を続けた。


「愛ちゃん、『D』は覚えてる?」

「たぶんね、でも教えて欲しいかな。十代の刑罰とか聞いたことなかったし……」


 兎谷は私の質問が嬉しかったのか、元気よくベンチから立ち上がった。


「よっしゃ、ちょっと長くなるから座っててよ」

「え、あんたが座ればいいじゃないの」


 兎谷は人差し指を左右にふりながら、


「先生は立って授業するもんだろ? いや~講義とかしてみたかったんだよな~」

「教職になりたいんだったら、まずは身なりからきちっとしなさいよ」

「はいはーい、私語は謹んでくださ~い」


 兎谷は手のひらを叩きながら、私の目の前に立った。


「まずは歴史の勉強からだな。この国がなんでこんな風になっちまったのか、それは今から約百五十年くらい昔のことが原因だ」

「なにがあったかしら……」

「二〇四一年に南極の不可侵条約ってのが廃止されたんだ。

 いままで南極はほぼ手付かずの状態だったからね、資源が有り余ってたらしいぜ。 そこに世界中がわんさか群がった。

 この頃には発展途上国って言葉が無くなっちまうくらい世界中が発展した。

 まぁ、みんな裕福になったんだな」


 兎谷が生き生きと話しはじめた。私は顎を手のひらで支えながら、兎谷の言葉に耳を傾ける。


「人が裕福になった途端、今度は地球の調子が悪くなっちまった。

 環境問題ってやつだ。いままで貧乏だった国が急に発展しはじめた。

 その際環境にまったく目を向けなかったツケが回ってきたのさ」

「ツケ、ねぇ」

「そそ。そのツケってのがいま俺たちのいる現状、『海面大上昇』ってやつだ」

「そんな地表に影響でるまでほっといとくなんて、昔の人はなんとも悠長で迷惑な話ね」

「ん~俺はなんとなくわかるぜ」


 兎谷は指で顎を触りながら、なにやら考えている。


「地球が危ないから発展を止めろ、だなんて先進国の連中が言っても無駄だろ。

 先進国も同じ様に地球を汚して発展してきたのに、途上国だけしちゃいけないだなんて、そんなの止まるわけないじゃん」


 兎谷の言うことに、私はなんとなく頷いた。


「結局何が原因だったのかよくわかってないらしいしな。

 地球温暖化で南極の氷が溶けただとか、様々な説はあるが現実に海面の推移が急上昇を起こした。大地は徐々に海へ飲み込まれ、国が無くなることもあった」

「国ごと海の中……ねぇ」


 なんだか現実味のない話のような気もする。あまり興味がなく、どこか呆けたような私の顔に兎谷は気がついたのか、


「愛ちゃんの思ってること分かるぜ、『嘘くせぇ』だろ?」

「別にそんなこと思ってないわよ……少ししか」

「ふっふっふ。分かるぜ、誰だってそう思うのが普通だからな」

「そうなの?」

「だって俺たちの国を見ても、海に削られてるなんてイメージはわいてこねぇだろ?」


 兎谷からの質問に、私は黙って頷いた。


「実際にいまでも削られてるんだぜ。でも住んでいる俺たちはそんなこと思えないくらい、それは非常にゆっくりとした災害だったからだ」

「その災害が『D』とはどう繋がるの?」

「非常にゆっくりとした災害だからこそだ。

 人的被害はなしに等しく、住む場所だけがなくなっちまった。

 人口密度の増加、いままで十の場所に十人で住んでた場所に二十、三十人で住む必要ができた。玖国は様々な解決方法を試したが、根本的な打開策にはならなかった。 そこで国民を選別する法案、通称『D』ってのが出来たんだ」


 兎谷は話は徐々に熱を帯びていった。私たちが時折口にしている『D』とは、簡単にまとめると国民を四つのクラスに分ける法案だ。


 一、国民の寿命は六十歳。

 二、二十歳以上の国民は、国の試験を受けなければならない。

 三、試験の結果にて区分けされ、これを拒否することはできない。


「主なのはこの三つだな」


 兎谷は私の目の前に指を三本立て、説明と同時に指をおっていった。


「んで、次に重要ってか愛ちゃんももうすぐ受けると思うけど、この区分けってのが一番大事だな」

「AからDまでクラスを分けるんでしょ?」

「学校のクラスわけみたいなのだったらどうでもいいんだけどな。この二十歳になったときに受けるテスト、この結果が大学入試なんかよりも大事になったんだ」


 国民を選別するテスト。兎谷が言うには、この結果によりAからDまでのラングに分けられる。各クラスによって居住区が異なり、生活が大きく変化するらしい。


 Aクラス――地上に住むことが許される。

 各分野において有能な人間のみ選ばれ、総人口の約二割がこのランクに位置づけられる。他の地域に行くには簡単な通行許可のみで行き来ができ、主に議員や研究者、その他企業の役員たちが名を連ねる。彼らはこの国をリードする存在だが、その分規制は厳しい。


 Bクラス――地下に住むことが義務付けられる。

 総人口の約六割がBクラスに属しており、地上に出るには特別な許可が必要になる。一般企業に属している者が主であり、国を支える基盤となっている。


 Cクラス――海上またはその周辺に住むことが義務付けられる。

 総人口の約二割がCクラスに属しており、周辺からは隔離された状態になっている。


 Dクラス――二十歳以上の社会不適合者。


「とまぁ、この四つだな。愛ちゃんはCなんだろ?」

「え、ええ。一応ね」

「ふ~ん、親がなにしたのか知らないけど、大変だな」

「親は関係ないでしょ」

「……ふーん、まあいいか」


 兎谷はなぜか不満そうな顔をしつつ、煙草を灰皿へ押し付けた。


「んで、ほかに聞きたいことは?」

「何言ってるの、最初の質問に答えてすらいないわよ」


 兎谷は目を大きく開いて、思い出したかのように話し始めた。おそらくは本当に忘れていたんじゃないだろうか、そんなリアクションだった。


「『D』が始まり、政府は国民をランク別けした。

 AからDまで四種類に別けられたが、ここはBランクの街。

 地上から追い出された奴等の街なのさ。大地は海に侵食され、人で溢れかえった。 それを解決するために国は地下に街を作ったんだ。

 地下にシェルターを作った国は沢山あるが、街を作ったのはこの国が初めてらしい。まぁ、どでかいシェルターには違いない」

「ここが地下……すごいわね、地下には見えない」

 

 私は周りを見渡す。地下と言われれば上空にある地面もにも納得がいく。私がキョロキョロしているのが面白いのか、兎谷から笑みがこぼれた。


「この災害は何十年も前に予想されてたからな。

 政府は何年も掛け、地下に街を作りまくった。その数九拾六区。

 大きさはまちまちだがここはその中の四拾六区目だな。

 国民の約六割がそのいずれかに住んでいる。

 世界各地を見渡してもここまで大規模なシェルターを作った国はないだろうな。上を見てみろよ」


 私は言われたとおりに天井を見上げる。眩しい光が私の視界を遮るがここは地中だ。太陽なんて見えるはずが無い。見えるはずなんて無いのにまるで地上の様な明るさ。眩しい光の正体は、無数に散らばる照明だった。


「天井には太陽光電灯を何万個と設置し、時間や季節を計算して傾きや発行量を制限する。

 照明だけじゃない。区画内の二酸化炭素を還元し酸素の量を地上と同等に保つシステムもある。

 これらを安定しかつ安価で作った。この国の技術力が地中国家を誕生させたのさ」


 兎谷は何故か自慢げだ。確かに凄い技術だとは思う。だけど、私が聞きたいのはそんなことじゃない。


「ここが何処かはわかったわ。もうひとつ、なぜ私をさらったの?」

「勘違いしてもらっちゃ困るが、俺は国だの政府だのそういう奴等との関わりは一切ない。単なる一般市民さ。それにあんたをさらったのだって、俺の意思じゃない」


 兎谷の意思じゃない――? 


 さらに疑問が増えた。兎谷に指示した誰かがいるのだろう。私は兎谷を見ながら頭を悩ませる。

 しかし、「俺の意思じゃない」と言われては、何を訊いても答えはもらえないだろう。私は思わず大きな溜息をついた。


 なんだか妙なことに巻き込まれちゃったな――。


「まぁ夜になればわかることさ。夜までこの街を案内しよう。俺の名前は」

「兎谷、でしょ?」


 兎谷はひゅうと口笛を鳴らし、また笑顔を見せた。ようやく私は普段の落ち着きを取り戻せたような気がする。おそらくこの男は私の見張り役なんだ。今は兎谷の言った通りに夜を待つしかない。


「でも私はCランクの人間よ。ここに居てはいけない存在のはず」


 Cランクの人間は海上周辺に住むことが義務付けられている。そこから出るには国からの許可が必要で、無断で外にでると罰せられる。どのような処分があるのかわからないが、Dに落とされるかもしれない。


「大丈夫だって、ここに役人はめったに来ないし。それに俺の彼女だって言えば誰も疑わないさ」


 兎谷は私の肩をつかみながら言い寄ってきた。思わず眉間に皺がよる、私はそのまま兎谷を睨み付けたが、すぐに溜息を吐いてしまった。


 仕方がない。見つからないためには兎谷に従うしかない――。


 諦めの言葉しか頭に浮かんでこない。私は肩においてある兎谷の手を払いのけて呟いた。


「今日だけよ」

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