第13話

部屋に戻り結構な時間が経過した。

時計の針も十二時を回ろうとしている。

体は相当疲れているはずだが不思議と眠気がしない。することもなくただベッドに横になる。するとドアをノックする音が聞こえた。

母さんか?と思ったが俺の予想は外れた。

「…お邪魔します…」

ドアから見えたのは藍さんだった。



俺の部屋に入ってきた藍さんの開口一番は

謝罪だった。

「ごめんなさい。今日はご迷惑おかけして、

それと助けてくれてありがとう」

いつもの途切れ途切れの言葉ではなくはっきりと言った。

それだけで誠実さは伝わった。

だからこそ俺もはっきりと言うべきだろう。

「今日のあれは別に助けたとかじゃない」

「俺が早く帰りたかったから、そのために動いただけだ」

だから、と続ける。

「自分のためにやっただけだ」

「感謝されたくて、助けようと思って助けたわけじゃない。だから礼を言う必要は無い」

「それでも、私を助けてくれました」

藍さんが今まで聞いたことがない力強い声で

そう言った。

「それとも…」

さっきの声とは裏腹に急にか細い声で問うてきた。

「私を助けてくれたのは私の事が好きだったからですか?」


一瞬思考が停止した。


へ?まさかあの時聞かれてたのって藍さん?

最悪だー!

よりにもよって本人に聞かれてたなんて!

くっそー、もっと注意を払うべきだった。

告白された男に助けられたんだ。そりゃ自分の事が好きだからと勘違いもするわな。

もういっそこのままで良いんじゃね?と思ったが誤解は解くべきだな。

「あ、あのですね。藍さんの事を好きだと言ったのはその、いろいろあってですね?」

しどろもどろな喋り方になってしまう。

「色々って?」

可愛く小首を傾げながら聞かれてしまった。

こうかばつぐんだ!あかねはめのまえがまっくらになった!

はっ!!あぶないあぶない。意識を持ってかれるところだった。

今の攻撃は童貞男子には耐えられるものじゃない。必死に言い逃れしようと今までで一番脳を使ったと言っても過言ではないレベルで思考を張り巡らせる。

流石に瑠璃さんの事は言うべきではないだろう。いや、瑠璃さんと話してた事はもうバレてるんだよな。瑠璃さん本人もそう言ってたし。言って良いのか?いや、それはリスキーな気がするしな…

一人黙って考えてると不意に声をかけられる。

「あ、あの茜くん?」

やばい、話を逸らさなきゃ!

「あ、あのー藍さん、くん付けはやめません?義理とはいえ家族になんだし」

なら俺のさん付けはなんだって話なんだが。

藍さんは少し考え込んでいる。

「そっか…じゃあ、茜?」

ぐふ!!

今まで可愛い女の子に下の名前を呼び捨てで呼ばれたことがなかった分、ダメージが直撃する。

今までそんな経験無かったもんなー、とつい遠い目をしてしまう。

もうやめて!俺のライフはもうゼロよ!

いやむしろ回復してるな。

俺が昇天しかけていると藍さんがジト目で

こちらを見る。ていうか前と態度違くない?

ねえ違くない?

「それじゃあ…私のことも…呼び捨てで良いよ」

恥じらいながらそう言った。

いやまあそうなるわな。俺の方はさん付けだし。

それでも女子の下の名前を呼び捨てにする勇気は俺には持ち合わせてないのでここは

拒否をする。

「いや、ちょっとあれだから。

女子の下の名前を呼び捨てとか、あれだし…」

そう言ったが我ながら言い訳が下手すぎる。

「呼んでくれないの?」

上目遣いで不満げな声を出す。

キッ、キタ〜。上目遣い攻撃〜。

並みの男子が受けたら悶え死ぬところだったが俺の鋼の心でなんとか耐える。

それよりさっきから俺にダメージ与え過ぎでしょ。絶対わざとやってるな。じゃなきゃ俺がこんなにダメージを喰らうわけない。

そう言いたい気持ちを抑え下の名前を呼ぶため腹をくくる。

あんな声と態度で頼まれたらどんな男も断れないって。

「ら、藍」

つい口ごもってしまう。いやこれはしょうがない。男子諸君ならわかるはずだ。

ただそれでも藍は満足してくれたようだ。

「これからもそう呼んでね」

家に来てから初めて見た、笑顔だった。

まあ、しょうがないな。

お互い少しずつだが距離は縮まったような気がした。

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