第7話
入学式まであと3日。
入学するにあたり、学校の上履きやらジャージやらを購入しなくてはいけない。
その為、久しぶりに外出することになった。
近くにあるショッピングモールに
向かった。
母親と出掛けること自体は決して珍しいことではないが、俺は車中とても気まずかった。
俺の隣に藍さんがいるからだ。
母親から聞いた所、藍さんも同じ高校に
入学するそうだ。
だから、一緒に買いに行くのも分からなくもない。ただ、春休みということでショッピングモールも多くの客で溢れることだろう。
しかも、近くに商業施設がないため、ここに
遊びに来る学生も少なくない。
中学時代の同級生に一緒にいる所を見られたくない。
藍さんは容姿が整っているので周囲から自然と注目を浴びる事が想像に難くない。
俺自身はと言えば自分でいうのもなんだが、顔は中の上くらいはあると思う。しかし、服や髪型などといったオシャレに気を使うタイプではないので、
そんな男が藍さんと一緒にいるのはあまりに不自然だろう。
俺たちの事を知らない人からすればただ単純に兄妹だと思うかもしれないが
同級生の中に俺に兄弟がいない事を知ってる人もいる。そうすると彼女だと思われるかもしれない。
俺にとってみればさして気にすることでも
無いが、藍さんの方はどうだろう、
冴えない男が彼氏と思われるのは。
気にしないかもしれないが、俺が原因で今後の生活に支障をきたすようであれば対処しなくてはいけない。
離れて別行動とか、出来るだけ距離を置くとか、過剰な接触をしないとか。
そんな事を考えているとショッピングモールに着いた。
本屋や映画館やボウリング、多数のアパレルショップ、飲食店など様々な施設が
入っている。周辺の地域では最大規模の
ショッピングモールだ。
俺のお気に入りの洋菓子店もあるため、
休みの日は一人で来ることも少なくない。
なんなら一階から三階までのマップを
ほぼ暗記しているレベル。
早速ショッピングモールに入る。
いつもなら本屋へ直行して新刊のチェックをして、たまに映画を観て、帰りにシュークリームを買う。というテンプレルートに沿って行動するが今日はシューズやジャージなど学校で使用するものを買いに来た。それをさっさと済ませよう。母親と藍さんが話しながら歩くその後ろの位置を取り、ついていく。一人で買い物をする時は気分が高まるが
誰かといると沈鬱になる。二人きりの時は何話せばいいか分からないし、大勢だと自然と除け者にされてしまう。
とりあえず、黙ってついて行こう。
昼前には買い物は終わるだろうし、本屋にも
寄る事ができるだろう。
そうして、二時間くらい買い物に付き合い、必要なものは買い終えた。
俺は母親に尋ねた。
「買い物終わったんなら、本屋に寄っていいか?」
「骨折してて大丈夫なの?」
「まあ、大丈夫だと思うけど」
本屋はちょうど同じ一階にあり、ちょうど良いタイミングだ。それに本屋に両手を使う作業はないはず。そんな大量に本を買うわけでもない。
「そう。じゃあ私も洋服とか見ようかしら。
藍ちゃん。一緒に服選ぶ?」
なに!藍さんのいろんな服が見られるなら俺もそっち行きたい。
だが、自分で言ってしまった手前今更撤回することも出来まい。
さっさと切り上げてダッシュで向かおう。
俺は心中で血の涙を流していると藍さんが
控えめに言った。
「…わかりました」
二人のその会話にはまだ距離がある。
うーむ。まだ遠慮があるのかもしれない。
慣れてない環境にいるんだ。しょうがない事かもしれない。だが、しょうがないで済まして良いのだろうか?
出来るだけ早く生活に馴染めるように
俺にも何か出来ることがあるだろうか。
いや、決して下心があるわけではないことは
先に言っておこう。
ただ、俺にもその気持ちが理解出来るというだけだ。かつて同じような経験をした俺には
痛いほど分かる。
慣れない環境、場所、人間関係。
姉の方はどこへ行っても大丈夫そうだが
藍さんはと言えば、そうでは無さそうだ。
人生に置いて、環境が変わって一番大事な事は最初の一手を間違えない事だ。
誰かと会話をする際、初対面の人間のどこに地雷があるか分からない。触れてしまえば
ゲームオーバー。だから、下手に動けない。
環境が変わっても馴染むのが上手い人間がいるが、そういった人間は最初の一手何を指せば良いか分かる人間だと思う。
どんな人間と仲良くなれば良いか、どういう会話をすれば上手く溶け込めるか。
俺もそれが上手いタイプではないから
藍さんの気持ちに共感してしまうのかも知れない。
ただ、まあこちらから話しかけても余計警戒、遠慮されてしまうかも知れない。
現時点ではどうする事も出来ない。
この案は前向きに検討する方向で善処しよう。そして、俺と母親、藍さんで別れ自由行動になった。
俺はいち早く藍さんの服を見るため急いで
本屋へ向かった。
マップは脳に叩き込まれているため、
時間をロスせず向かうことが出来た。
俺が入院している間に発売していた新刊をすぐに手に取り会計をした。
入院中暇だから母親に買って来てもらっても良かったのだが、内容的に親に見られるのはアウトなので辞めておいた。流石に親に見られたら、しばらく目を合わせることが出来ない。そうして、店を出て、二人が行きそうな、ていうか母親が行きそうなアパレルショップに向かった。本屋へ入り会計を済ませるまで五分かからない、この神業。
ジェバンニ並みの仕事の速さだな。
いや俺には一晩でデスノすり替えるとか無理だな。
そうして、俺が向かったアパレルショップに
母親と藍さんがいた。
俺の予想が当たった。
これで藍さんの服が見れる!
藍さんなら何を着ても似合いそうだな。
俺の選んだ服着てくれるかな?と
俺はドキがムネムネしつつ、声をかけた。
「母さん。本買い終わった」
飽くまでも興味がなさそうに、素っ気なく言った。変に緊張しても怪しまれるしな。
「あら、早かったわね。今ね藍ちゃんに服選んでもらってるの」
若い子に服を選んでもらって嬉しいのか
いつもなら買わない少し高い服にまで手を伸ばしている。だが俺は母親の服には心底興味ない。おれの本命はこっちだ。
「藍さんは服選ばないの?」
俺はにやけそうな顔をこらえて話しかけた。
勘違いされては困るので言っておくが
けっして早く服を見たいから話しかけたのでは無い。いや、見たくは無いと言えば嘘になるが、だが、これを機にもしかしたら距離が縮まるかも知れない。
藍さんは俺に話しかけられて驚いたのか
一、二歩後ずさりをした。
その反応傷つくんだけど?
まあ、仕方がない。俺だっていきなり話しかけられたら警戒もする。
ここで嫌われたら服を見ることが出来ない。
それは何としても阻止したい。
俺はとびきりの笑顔で話しかけた。
詳しく言うと笑顔エネルギー三ヶ月分は消費するくらいには笑顔だった。
「服着てみないの?」
「…服にあまり…興味ないので…」
「そっか。気になるのあったら母さんに
声かけてみな」
ザンネンダナーフクニキョウミナイカー。
これで打つ手なし。
ただ服に興味がないのは俺と同じなので何も言えない。やる事が無くなり、女性客が多い店内にフラフラしてるのも不審者っぽいのでベンチに座り一休みする。
なんなら今からシュークリームを買って来ても良いのだが急に消えたらいらん心配をかけるかもしれない。
それにあまり動きすぎても腕に負担をかけてしまうことになる。後で買いに行こう。
俺はボーッと二人の買い物を見ている。
母さんの方は何度もどの服が良いか藍さんに
聞いている。服に興味がない藍さんは
困ったように答えている。
興味がないのに答えてあげるなんて、優しいなー。あとでシュークリームを奢ってあげよう。ていうか俺の母親浮かれすぎじゃね?
大丈夫?やはり義理とは言え自分の娘と
一緒に服を選ぶ事が嬉しいらしい。
でもね、藍さん興味ないんだよ。
ただこの事実は言わないでおこう。
真実はいつも残酷だしな。
言わない優しさもあるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます