ツンデレ


 今日も麻衣ちゃんが遊びに来ていた。

 彼女はバドミントン部で忙しいはずなのによく雪と遊んでくれている。こちらとしても雪はそんなに友達の多い子ではないから有難いと思う。


「麻衣ちゃんいらっしゃい。ゆっくりしていってね」


「弘樹さんこんにちは」


 雪がキッチンでお茶の準備をしているうちに麻衣ちゃんがコソコソと俺に声をかけてきた。


「弘樹さん、実は相談があるんです……」


 珍しくそう囁かれ、俺は少しだけ嫌な予感がした。

 彼女は雪の親友。それにバドミントン部のエースである。だがそれ以上の恐怖──俺と田畑は先日ヤンキーをボコボコに撃退した彼女の裏の顔を見てしまったので、あまり無下には出来ない。


「どうかした? 田畑──兄貴の事?」


「い、いえ……それもそうなんですけど。ちょっとここだと話しにくくて」


 よく分からないが、麻衣ちゃんは俺にだけ相談したい事があるらしい。確かに雪が居ると何も話ができないだろうし、麻衣ちゃんは田畑以外の男は極力ダメだと聞いている。


「分かった。俺の部屋においで。雪〜、麻衣ちゃんが俺に相談事あるみたいだから、ちょっと借りるぞ」


「えええ〜! なになに、ひろちゃんと2人きりなんてずるいよ麻衣ちゃん!」


 上手く引き下がってくれるかと思いきや、雪は残念なくらい食いついてきた。お前の親友を襲う訳無いだろと俺はため息をつく。


「……麻衣ちゃんは自分の兄貴が好きなんだから、俺と2人きりになろうが何もない。ちょっと男の相談みたいだから、雪は30分だけ下で待ってろいいな?」


「ぶー」


「分かった、じゃあ10分だけ待ってろ、いいな?」


「ぶー……」


 かなり渋々といった様子だが、これ以上短い時間で麻衣ちゃんの相談を解決出来るとは思えない。

 俺は不貞腐れた雪をそのままに麻衣ちゃんを部屋に案内した。


「あの、相談なんですが……私も雪ちゃんみたいに上手く兄貴と話がしたいんです」


「田畑……っとと。忍は家だとキャラが変わるのか?」


 よく考えたら麻衣ちゃんも田畑だ。俺はいつもの癖で親友を苗字で呼んでしまい、慌てて名前に言い換えた。


「い、いえ……多分、弘樹さんが知っている兄貴と一緒だとは思うんですが」


「学校での忍の様子が聞きたいってこと?」


「い、いえ……そうではなくて……」


 何だか麻衣ちゃんらしくないと言うか歯切れが悪い。


「あの……私……いつも兄貴の事大嫌いって言ってしまうんです」


 麻衣ちゃんは見た目普通の美少女だ。しかし唯一の欠点は激ツンデレ。

 どうやら麻衣ちゃんは素直になれず、今も兄貴なんて大嫌いと言い続けるのを貫いている。

 勿論本当に嫌いな訳ではなくつい口を突いて出てしまうらしい。

 田畑自身は今までそれも全く気にしていない様子だったが、最近は麻衣ちゃんに構う事もなくなってしまい、もしかしたら本当に嫌われたのかを悩んでいるようだ。


「私……兄貴に嫌われたらもう……どうしたらいいか」


 麻衣ちゃんは突然泣き始めた。まさかそこまで兄貴の事が好きなのか!? しかしこの光景を雪に見られでもしたら、俺が麻衣ちゃんを泣かせたと別の問題が発生してしまう。


「そ、そうだなあ、俺を麻衣ちゃんの兄貴と見立てて簡単な話でもしてみる?」


「えっ! い、いいんですか?」


 麻衣ちゃんは泣くのをピタリと止めてすぐに微笑んだ。


「俺で役に立てるのならいくらでもいいよ」


 麻衣ちゃんは何を話そうか少し考えた後、ほんのりと頬を赤らめた。


「私、兄貴のことが好き」


「……え?」


「兄貴のことが好きなの。この気持ち、どうしたらいい?」


 そんな、うるうるした瞳で見つめられても非常に困る。

 ええと俺は今、田畑の立場なんだよな。あちらは本当の兄妹だから真面目な返答にも困るし、それにこの状態を雪に見られたら。


 嫌な予感というものはすぐに的中してしまう。雪は下でウズウズしながら待っていたに違いない。もの凄い速度で階段を駆け上がり、時間ピッタリに俺の部屋に侵入してきた。


「麻衣ちゃん……これは、どういうことですか?」


 俺と麻衣ちゃんが今にもキスしそうな距離で居るものだから、雪の怒りボルテージは一瞬でぶっ飛んでいた。喋り方からいつもの雪と違う。

 普段怒らない人間が怒ると怖いとか聞いた事はあるが確かにこれは怖い。


「あのな雪。これには深い理由が」


「ひろちゃん……雪にもそんなことしてくれないのにどうして麻衣ちゃんなのっ!!」


「いや、だからそうじゃなくて……ほら麻衣ちゃんもきちんと雪に事情を……!」


「私は兄貴のことが好きなの。この気持ちはどうしたらいいの!」


 麻衣ちゃんは演技なのか本当に俺を田畑に見立てているのか、完全に世界に入っている。

 ダメだ。

 このブラコンフレンズに何を言っても今は通じない。


「ひろちゃんが浮気したぁ〜!!」


「兄貴が好き……どうしたらいいの」


 左を見ると雪はびーびー泣いてるし、右を見ると麻衣ちゃんは兄貴が大好きすぎて溢れる思いをどう伝えたらよいか悩んでるし、この場をどう収集したら良いか分からない。

 俺は無言のまま携帯で田畑に電話して麻衣ちゃんを今すぐ迎えに来いと呼びつけた。流石に一分一秒でも早く麻衣ちゃんに帰って貰わないと家が困る。


 翌日、田畑に麻衣ちゃんが昨日何か言ってたか聞いてみると、相変わらず兄貴なんて大嫌いの一点張りで、迎えに行ったことも気に入らなかったのかいつも以上に不貞腐れていたという。

 雪のようなデレデレの妹も大変だが、ツンデレの妹もなかなか扱いに困るようだ。


 麻衣ちゃんが兄貴と仲良くできる日はまだ遠いのかもしれない。

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