ヒーロー
今日も玄関に可愛い靴が置いてある。どうやら、雪の親友である麻衣ちゃんが遊びに来ているようだ。
ちらっとリビングを覗いてみると、雪と麻衣ちゃんはキッチンで何かお菓子を作っているようで女子トークに花を咲かせていた。
「雪ちゃんの中でヒーローっているの?」
「もちろん! 雪のヒーローは最初っからずぅ〜っとひろちゃんだよ?」
そんなのは愚問と言うくらいの即答だった。ただ、これは冗談ではなく雪の解答は至って真面目だ。
新しい母さんと一緒に連れて来られた雪。それから今に至るまで人生の半分以上を一緒に暮らしているわけだが……。
残念な事に、俺に対する雪の妹としてではなく尋常じゃない愛情は全くブレることなくここまで成長している。寧ろ悪化している気さえする。
両親共々雪のブラコン脱却は完全に諦めているので、雪を止めることが出来るのは全て友人達にかかっている。
友人と言ってもこの麻衣ちゃんを初め、ジェシカちゃんと言い、その妹のマリアちゃんも強烈なキャラが多い。
麻衣ちゃんは見た目はクールな知的美少女で、あれだけ自由奔放な田畑の妹とは思えないくらいの常識人なのだが、彼女までまさかのブラコンという事態が発覚した。
田畑は麻衣ちゃんの気持ちを知らないのだろうか? いや彼女の事だから絶対に知られないように隠している気もする。
「弘樹さんは年々カッコよくなってるよね。雪ちゃんが羨ましい」
「ひろちゃんは雪のだから! 麻衣ちゃんがいくら可愛くてもひろちゃんは絶対にあげないよ。それにマリアちゃんも中学に上がったら益々可愛くなっちゃうだろうし……雪の周りは敵しかいない〜!」
確か何年か前にもこんなやり取りを聞いた気がする。
あれは雪が中学校の修学旅行から帰って来た辺りで、その時も麻衣ちゃんと一緒だったはず。
あの時から今に至るまで、二人の気持ちは残念な事に変わっていないらしい。そもそも、女学校に2人とも進学したのがスタート地点の間違いだったのではないだろうか?
麻衣ちゃんは過去のトラウマから男に対して不快感と嫌悪感しか持たないようで、今でも父親とはほぼ接点なし、唯一田畑だけが男として触れられる存在らしい。
だから彼女が女学校に行ったのは理解出来る。
でも雪と俺は3年違うのだから、同じ共学に行った所で何も問題無かったような気もする。
母さんがもしかしたら俺と雪が苗字違う事を気にしてそうしたのか。
学校関係は雪と母さんだけの話し合いだから俺にはよく分からない。ただ、雪に俺以外の男の免疫をつけて欲しいと切に願う。
「麻衣ちゃんは、おにぃちゃんに気持ち伝えたの?」
「む、無理だよ。兄貴にそんな……絶対言わない」
耳まで真っ赤になっている麻衣ちゃんはかなりウブらしい。
田畑が格好いいところを見せたら、麻衣ちゃんも兄貴に対して素直になれるのだろうか。
いや……素直になるの良いが、常識人の彼女まで雪と同類レベルのブラコンになられても困る。
俺はこの話はブラコン悪化にしかならないと思い雪に見つからないようこっそりと2階にある自室へ戻った。
────
「弘樹。昨日お前ん家に麻衣が行ったと思うけど、なんか言ってたか?」
翌日、俺はクラスの変わった田畑に移動教室の前に声をかけられた。
3年になりクラスが全然違うメンバーになってしまったので、時々田畑が理系教室に来てくれるのは正直ほっとする。
「雪とお菓子作ってたみたいだけど、持って帰らなかったのか? 俺、甘いもの好きじゃないからてっきり持って帰ったのかと……」
「いや、そうじゃなくてよ。アイツ、最近S高校の不良に絡まれてるみてぇで。雪ちゃんは帰り何ともないのか?」
そんな話は一言も出ていなかった。そもそも、雪が変な男に絡まれたらいの一番で俺に報告が来るはず。
「マジか。田畑、現場解るか!?」
「あ、あぁ。でもお前のクラスって7限まであるんだよな?」
「今日は水曜日だから6で終わり。帰りに案内頼む」
俺は今日ほどホームルームが長いと感じた事は無かった。祈る気持ちで終わった瞬間すぐさま就職クラスの田畑と合流し、S女方向へ向かう。
最近雪は学校の後のカフェがブームになっているらしく、必ず麻衣ちゃんか誰かととある喫茶店に寄って帰る。そのルートを模索して俺達はとにかく久しぶりに走った。
「あれじゃねえか? S高校の不良」
先を走っていた田畑が足を止めた。確かに細い道に頭をガッチガチに固めて制服をだらしなく着こなしたヤンキーが4人。その前には黒髪の美少女が2人。
「ゆ、雪!? やっぱり絡まれてるんじゃないか!」
「待て待て弘樹。あれがもしかして求愛されてたらどうするよ。俺とお前じゃS高校の不良に勝つのは厳しいぞ、現場抑えたらすぐ警察呼ぶのが一番だ」
「でも……!」
「お前、母さん看護師だろ。俺も栄養士の母さんだから分かるけど。子供が事件起こしたり巻き込まれんのは良くねえんだよ」
「……」
もしもあの不良が雪の顔に傷でもつけたら、俺は母さんには申し訳ないけどあいつらをボコボコにしないと絶対に気が済まない。
しかし事態の収集は意外な方向であっさりと片付いた。
「今日こそおめぇの返事聞かせてもらうぜ田畑麻衣!」
「キモイ。私はあんた達みたいなキモイのと付き合う気は一切無いの」
「うるせぇ! 春日さんがおめぇみたいなブスに頭下げてんだ、ちっとは──あだっ!!」
「馬鹿野郎! 天使の麻衣様に何たる言い草。すいませんねぇ、この馬鹿共が気性荒くて」
リーダーらしいリーゼントヘアの男は麻衣ちゃんの前に膝をついて頭が地面につくほど土下座していた。
「麻衣様! 俺達のリーダーになってくだせぇ……貴女のような強く気高く美しい方は初めてなんでさあ。是非とも俺とお付き合いを……!」
「目障りだから消えて」
「……てんめぇ、春日さんに……!」
先程からリーダーを擁護していたチビヤンキーがついに麻衣ちゃんに向けて拳を繰り出した。
「正当防衛、でいいよね」
「ぐおっ……!?」
麻衣ちゃんは持っていたバドミントンのラケットを取り出すや否やすぐさま男の拳に角を打ち付けた。
忘れていたが、麻衣ちゃんは兄貴の影響で小学校の後半から今もバドミントン部に所属している。
しかも兄貴同様、抜群の運動神経と反射神経を持ち今やS女のエースまで成長していた。
「ああっ……我らの天使麻衣様に殴られるとは……」
「し、幸せ……」
「も、もっとラケットで殴ってください」
「うるさいんだよあんた達! いちいち私に付きまとわないで!」
更に追撃で男達の尻目掛けて麻衣ちゃんは何発か練習用に買ったシャトルを打っていた。かなり手加減していると思われるが、男達は恍惚の表情のまま地面に這いつくばって伸びていた。
「……」
「……なあ田畑」
「何も言うな弘樹……俺は何も見なかった」
顔を押さえる田畑を連れて帰ろうとした矢先、見られたく無かったと麻衣ちゃんが硬直したまま持っていたラケットを地面に落とした。
そりゃそうだ、年上のデカ男達をラケットだけで撃退するなんて、ハートが強くないととてもできない。
「あ、兄貴。こ、こわかった……」
「嘘つけ! お前の方が断然怖いわい!!!!」
田畑が半泣きしながら俺にくっついてきたが、俺には田畑を慰めるしかできなかった。
今度から、麻衣ちゃんだけは敵に回さないようにしよう。
万が一雪を泣かせてしまったり、彼女を敵に回した時──俺のケツにもあのラケットが飛んでくるのかと考えると、不安でこれから眠れなくなりそうだ。
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