弘樹高校3年生
お台場デート
3年生になった俺は、以前よりも雪と一緒に過ごす時間が減り、大学受験に向けて勉強の為部屋に籠っている時間が増えた。
雪も中学3年になり、エスカレーター式の女学校とは言え、あまりにも成績が悪いと簡単に落第してしまうので、彼女も友達と図書館やカフェで勉強に行くことが増えた。
「う〜ん、今日はこれくらいでいいか」
一通り課題が終了したところで俺は机の上にお気に入りのシャープペンを置いた。
一つ大きな伸びをすると、2回規則正しいノックの音が聞こえる。
「どうぞ」
「ひろちゃん、あのね……お願いがあるんだけど……」
申し訳無さそうな雪の声と顔に驚いた。なんだろう、勉強で分からない所でもあったのか?
──そういえば、俺が雪と会話をするのは一週間ぶりくらいな気がする。
新学期の後からクラス編成と担任の変更も重なりバタバタと色々慌ただしく日々が過ぎていた。互いの環境が激変した事で、自然に兄妹の普通と思える距離が出来ていた。
今まで雪が相当なブラコンだったので、こうしてあまり頻繁に会話がなく適度な距離が出来たことは嬉しくもあり、ついに兄離れされたという悲しさもある。
じゃあ結局どっちなんだ!? と言われても上手く答えられないのが今の俺なのだが。
「どうした? 雪。何か欲しいものでもできたか?」
まあ、バイトの回数は減ったとは言えそこそこ蓄えもあるし、母さんの手伝いや子供たちに勉強を教えて小金稼ぎしていたので、そこまで高いものでなければ雪に買ってあげられるだろう。
まだおっぱいについて悩んでいなければ、の話だが。
そんな俺の不安はただの杞憂に終わった。
「ううんそうじゃなくてね、ひろちゃんと一緒に写真を撮りたいの」
「そんなのいつでもできるぞ?」
「違うの。来週の日曜日、ユキと一緒にお台場まで行ってほしいの」
「いいよ。予定空けておくな」
「やった。ありがとう、ひろちゃん」
心底嬉しそうに微笑む雪の顔を見ると、やっぱり可愛いなと思ってしまう。
歳を重ねる毎に雪は女性らしく、可愛さの研究を着々と行っていた。強烈な友達のジェシカちゃんとその妹のマリアちゃんが色々教えこんでいるらしい。
ただ、そんな雪の心配ばかりしていたら今度は俺の方にシスコン疑惑が浮上するだろう。
日曜日。俺は雪と二人でお台場行きの電車に乗った。
ただ写真を撮りたいと聞いていたのに、雪はいつもと違いきっちりメイクをしており、服も見たことのない淡いピンクと白いワンピースを着ていた。
履いているミュールは踝の所に可愛いピンク色のリボンがついている。
寒さ対策なのか、肩には薄手のショールを緩く巻いていた。やはりモデルのジェシカちゃんからデート(?)服について色々聞いたのだろう。普通に可愛い。
雪がお洒落をするので、俺だけが不釣り合いな恰好をしたら申し訳ないと思い、余所行き用のジャケットと、ダークグレーのパンツを出す。
髪をワックスで立てて、以前誕生日で貰ったシルバーアクセサリーをつける。
「はうう……ひろちゃんカッコよす」
「は、はあどうも……」
変な漫画でも読んでいるのか、雪は変な方言を使い目を輝かせて俺を見つめたままウットリしていた。
────
日曜日のお台場は俺達の予想通りに、家族連れとカップルで賑わっていた。
「雪ちゃ~~ん!!」
そんな中、ひと際大きな声で雪を呼ぶ女子の集団がカメラを構えてこっちに来いと手招きしている。
知り合いなのか、彼女達の姿を確認した雪は仲良くハイタッチをしながらきゃあきゃあしていた。彼女らは家で見たことがない。きっと3年生になって新しく出来た友達なのだろう。
「雪ちゃん来てくれてありがとー!! お兄さん超イケメンじゃん! はじめましてっ!」
「私達新聞部なんですけどぉ、雪ちゃんからイケメンお兄さんのお話を聞いてまして、出来れば一緒の写真撮らせていただきたいなぁ~って」
雪は一体学校の友達にどんな話をしているのだろう。しかし断る理由も特に見つからないので引き受ける。
「あのね、新聞部のコンセプトは”仲良し兄妹”だって。雪とひろちゃんにぴったりでしょ?」
「なんだ、そういう目的があるなら最初っからそう言って良かったのに」
新聞部の女子達からは色々なポーズを要求されたが、特に気にする点もなくいつの間にか撮影は進んでいた。
雪とアイスクリームを一緒に食べ、腕を組んで歩く。雪は恋人気分になっているのか嬉しそうに始終ハイテンションだった。
「今日は本当にありがとうございましたっ!」
「ご協力感謝ですぅ~!」
新聞部の子達は、俺達に深々と礼をして先に帰っていった。
「おっ、せっかくお台場来たんだしたこ焼き食うか」
俺は腹も空いていたのであつあつのたこ焼きを買って雪の前に戻った。以前修学旅行に行く時にお土産でたこ焼きが食べたいとか言っていたのを思い出した。
「ひろちゃん、先に食べていいよ」
「何言ってんだよ、たこ焼きは熱いうちに食べないと美味くねーだろ。ほら雪口開けて」
爪楊枝に刺さったたこ焼きを数秒見つめていた雪音は、覚悟を決めたように大きな口を開けた。
ぱくっ。
「O×△□~!!!」
完全に声にならない声を上げて、半分涙目で口を押え、意味もなくその場でぐるぐる回る雪が猛烈に可愛くて仕方がない。
「雪……お前猫舌だったっけ? 絶対に出すなよ、面白いからそのままな」
俺は笑いながら携帯のカメラを雪に向ける。そこには涙目でたこ焼きと格闘している雪が写されていた。
「笑ってごめんな雪。ふーふーしてやるから、もう一個食ってみろよ。美味いんだよここのたこ焼き。前にSNSで上がってたから」
俺が一生懸命冷ましたたこ焼きを雪は嬉しそうに食べ、再び熱い〜! と目に涙を浮かべて飲み込むまで格闘をしていた。
「~~~~~~!!」
あいかわらず声にならない声で俺に猛烈な抗議する雪。その姿を俺が爆笑しながら見つめる姿を新聞部の女子らが遠くから狙っていた──。
数日後、雪は嬉しそうに校内新聞を持ってきた。
そこに写されていたのは俺達の写真だった。
雪音と俺の楽しそうな笑顔と、頼まれて行ったポーズが数点。
そして極め付けは、雪音の口にたこ焼きを入れて笑っている俺の笑顔だ。そうかこんなに笑うんだな俺って。
「この写真、いつ撮られたんだ?」
「わかんない。でもひろちゃんの笑顔が全校生徒に見られるのは嫌だから、新聞部に言ってこの話は無いことにしてもらったし、ついでにネガはもらってきたの」
俺の満面の笑みを学校の新聞として出してしまったら、無駄にライバルを増やすと思ったのだろう。
写真とネガを回収した雪は始終ご機嫌だった。俺の写真を眺めてへらへら喜んでいる雪はやっぱり相当やばいと思う。エスカレーター式の女学校だから男とも接点が無いしどうしたものか。
今度から雪のお願い事を聞く時は、要件と内容までしっかり聞いてから全て判断しようと俺は心に決めた。
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