駄菓子屋
家の近所には腰の曲がったおばあちゃんが1人で経営している駄菓子屋さんがある。
もう今の時代ではなかなか見ないレアなお店で、建物もあちこちボロボロで相当古い。そう言えば、2年くらい前はおじいちゃんも居たような?
「おおおおぉ……」
雪音は大量に並ぶ駄菓子に目がキラキラ輝いていた。
「ねぇねぇ、ひろちゃんっ! これなぁに?」
「それはう〇い棒って奴だな」
「これは?」
「えぇっと、確かヨーグルって奴だな」
「ヨーグルト?」
「味はヨーグルトっぽくて、食べた感じがムースみたいな……」
「すごいすごい! これはなぁに?」
雪音は次々と違うものに興味を惹かれてしまうので聞かれた事に答えても説明がちっとも追い付かない。
「ひろちゃん、こんなにおっきい妹さんができたんだねぇ。こんにちは」
「こんにちは! おばあちゃん。ユキです」
「ユキちゃんかい、ひろちゃんと一緒でめんこいねぇ〜」
きちんと挨拶するように言われている雪音は初対面誰に対しても礼儀正しい。いつもの満面の笑みでおばあちゃんに挨拶していた。
「ひろちゃん、ユキめんこ?」
俺は方言というものが分からないのだが、別に悪い意図ではないと思うのでとりあえず頷いた。
「最近はこの辺り一帯建て直しの要請が来ててね。みぃ〜んな引越しして来なくなったけ。ひろちゃんもそろそろかい?」
「はい。俺も来年から中学に行くので、新しい家の方に引越しすることになりました」
「そうけ、そうけ。本当おっきくなったねぇ、卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
交代で店番をしていたおじいちゃんの事を聞こうと思って店の中を見ると、奥のおばあちゃんが生活スペースとしている居間部分の奥側に花の添えられた仏壇が見えた。
「おじいちゃんは、もしかして……」
「あぁ……ワシを置いて先に上さ行っちまったよ。ここはじいさんがひろちゃん達みたいな子の為に始めた場所だからねぇ。ワシが動ける間はもう少し頑張らんといけんね」
おばあちゃんは少しだけ寂しそうに笑っていた。俺達が引越ししてしまったら、同じ世代の子供達は相当少なくなる。
微妙に学区内からも遠い場所にあるこの駄菓子屋はなかなか行きにくい。
「ひろちゃんっ! おばあちゃんのお菓子買おう!」
「うん、何がいい?」
俺は引越しする挨拶の為にここに来ていたので、事前に母さんからお小遣いを300円もらっていた。駄菓子店は1個単価が非常に安いので雪がいくらねだっても大体のものは買える。
「うーん、うーん」
「そんなに悩まなくても、何でも買えるよ?」
「ヨーグルを6つ!」
さっきの説明で気になったのだろうか。これはフタにあたりがついていたらもう一つもらえるやつだ。欲張りにしても数が合わない。
「でも何で6つ?」
「パパと、ママと、ひろちゃんとユキでしょ」
指折り数えているので4と6を間違えたのだろうか。俺は雪が多く取った2つを棚に戻そうとした瞬間、雪に止められた。
「あとの2個はおばあちゃんの!」
「はぁ!? おばあちゃんに迷惑だろ、違うのにしろよ」
「ヤダヤダ! おばあちゃんと一緒に食べるの! おじいちゃんも!」
「……ユキちゃんは優しい子だねぇ、どれワシもちいと一休みしようかね」
「おじいちゃんも呼んできていいよ! ユキ、じーじもばーばも大好き。みんな一緒が楽しいよ」
雪音は勝手にレジ横に座りながら、おばあちゃんの顔をにこにこ見つめてヨーグルを既に開けていた。
「ひろちゃんも! 一緒に食べよぉ」
「ちょっと、先にお金払ってからな。おばあちゃんごめんなさい、180円」
「確かに受け取ったよ。ありがとうね、じいさんも今日はめんこいお客さんが2人も来てくれて喜んどるわい。これは新しいお客さんのユキちゃんからお前さんにって」
おばあちゃんはゆっくり腰を下ろして座布団の上に正座していた。真横には店番をしていた時のおじいちゃんの写真が並ぶ。そこに雪はおじいちゃんの、とヨーグルを置いた。
3人並んでヨーグルを食べ、俺達は日が暮れる前に新しい家へ戻らないといけない。バスの時刻表は何気に暗くなると分かりにくいからだ。
「ひろちゃん、ユキちゃん。今日はあんがとねぇ」
「おばあちゃん、また来ます! 今度は中学に入ったら報告しますから」
おばあちゃんに見送られ、俺たちはバスで家へと戻り、その日の夜に残りのヨーグルの蓋を確認する。
雪が最後に開いた蓋にはくっきりと『アタリ』と印字されていた。
「あたりってなぁに?」
「ああ、「あたりが出たらもう1個」ってことだよ」
「じゃあ、明日もおばあちゃんのとこに行こう!」
俺はどう返答すべきか悩んだ。はっきり言って遠い。今の家からは1時間以上かかるし、バス代だって割引とは言えタダではない。
「雪、おばあちゃんの駄菓子屋はそんなに毎日行ける距離じゃないんだよ」
「ぶーぶー」
「ふてくされてもダメ。また次の休みでいいだろ」
「むぅ〜」
何とかその場で雪をなだめたものの、俺はあたりのついた蓋をどこかに無くしてしまった。
間違ってゴミに捨てたのかいくら探しても「あたりの蓋」は見つからなかった。
結局、俺は泣く雪を説得しきれず翌日もおばあちゃんの駄菓子屋を訪れる事になった。
「おや──ひろちゃん遠いところ、またよぉ来たねえ」
「あのねっ! おばあちゃんのお菓子、アタリがあったよ!」
「ユキちゃん、何がでたんだい?」
おばあちゃんの袖を引っ張っている雪音の言葉は足りなさ過ぎてさっぱり分からない。
俺は苦笑しながら雪音の言葉を補足をした。
「昨日買ったヨーグルの蓋に当たりが出たってこと。でも俺が蓋を無くしてしまって、それと交換出来なかったんだけど……」
「ちゃんとアタリって書いてたよ! おばあちゃんに見せたかったのにひろちゃんが無くしたの」
「おお、そうけそうけ。じゃあ、ユキちゃんにアタリあげんとね」
おばあちゃんが嬉しそうに笑いながら居間の奥にある冷蔵庫から持ってきたのはモナカのアイスだった。
ほれ、とそれを渡してくれるのはありがたいのだが当たったものが違う。
「おばあちゃん、俺達が当たったのはヨーグルだよ?」
「いんや、ユキちゃんはワシとじいさんに昨日ヨーグルくれたけねぇ。たんとお食べ?」
「ひろちゃん! これ、4個にして?」
雪音は何かひらめいたのか、おばあちゃんが持って来たモナカを俺に4等分にするように言ってきた。元々割って食べられるように線が入っているので力も要らない。
半分になったモナカを受け取った雪は満面の笑みでおばあちゃんに渡していた。
「おばあちゃん、今日も一緒に食べよう! おじいちゃんもみんな一緒の方が嬉しいよ?」
俺と、雪音と、おばあちゃんと、3人並んでモナカアイスを食べる。
もしかして、雪音にはこの駄菓子屋を見守るおじいちゃんが見えているのだろうか?
「おばあちゃん、ひろちゃん、このモナカ、おいちいね?」
「あぁ。おじいちゃんも喜んでるといいな」
無邪気な雪の言葉に、おばあちゃんは微笑みながらそっと涙を流して喜んでいた。
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